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帰還とその後

『……あの人間、やってくれるではないか』


 脅すように止めてきた氷壁の上の存在をシャルテが睨みつける。


 その様子を見ていたフルンは、自業自得だと笑いながら口を開く。


『脅しで良かったな。貴様が飛び立っていれば、今頃その翼が切り落とされていただろう』


『馬鹿が。我の翼に傷を付けられる訳がなかろう』


『本当にそう思うか?』


『…………』


 当然だ。


 その短い言葉を言うだけでいいのに、シャルテは即答できなかった。


 認めたくないが、アレの強さは以前のそれとは違う。

 今戦えば、いくら自分であっても簡単には勝てない。


 その自覚があるからこそ、シャルテは答えに窮してしまった。


『……そんなことより、奴が姿を見せたということは、もう付き合う必要は無いという事で良いな?』


 その躊躇が自分の答えだと悟られる前に、シャルテは話題を変えた。


『まあ、そうなるだろうな』


『ならば我は帰るぞ。――人間! これで貸し借りは無しだからな!』


 氷壁の上へ向かってそう吠えながら、シャルテは翼を広げて空へと羽ばたく。


『フルン! 行きは仕方なく乗せてやったが、帰りは自分で何とかしろ! そこまで面倒見る気はないからな!』


 シャルテは最後にそう言い残すと、一気に上空へと飛び立つ。


「うおっ!」


「飛ばされるぞ! 気をつけろ!」


 翼によって強風が起き、辺りにいた全員が吹き飛ばされぬよう身を屈める。


 それが収まって全員が顔を上げた時には、上空のシャルテの姿はもう小さくなっていた。


「……何とか引いてくれたか」


 上空の脅威がウォルデス山脈へと消えていくのを見て、ケインスが安心したように息を吐く。


 が、共に戦っていたステンはまだ警戒していた。


「気を抜くな。まだフェンリルがいるぞ」


「そうだな。皆の方へ行こう」


 フルンと戦っている三人の方へ、ステンとケインスが合流しようとする。


 だが、まだ戦おうとしているのは彼らだけで、脅威扱いされている側に戦意は無かった。


『やれやれ……我だけで戦う気も無いのだがな』


 ここに残っていると面倒な事になる。


 そう悟ったフルンは、戦闘が再開される前に撤退すべく、氷壁へ向かって跳び上がって氷壁を登り始める。


 そうして氷壁の頂上に辿り着いたところで、傍にいた依頼人(エナ)に向けて声をかける。


『これで良かったか?』


「うん。ありがとう、フルン」


『以前の借りを返しただけだ。が、感謝は素直に受け取っておこう。――では、さらばだ』


 短い会話を済ませ、フルンは氷壁の反対側へと降りていく。


 そのまま地面に着地し、勢い良くウォルデス山脈の岩肌を登っていき、山の中へと姿を消した。


「……さて、あとは私の仕事だね」


 フルンを見送った恵菜は、眼下にいる仲間の姿を見やる。


 シャルテだけでなく、フルンも突然去ったことに困惑している様子の彼ら。


 早く事情を説明して安心させるべく、彼女は地面に向かって飛び降りた。


「お、降りてきやがった!」


 勢いよく地面に着地した恵菜の姿を見て、全員が一歩後ろに下がりながら武器を構える。


 そこでようやく、恵菜は自分が鎧で身と顔を隠したままであることに気付いた。


「すみません。警戒させるつもりは無かったんです」


 そう言いながら、恵菜はフルフェイスヘルメットを脱ごうとする。


 だが、その前に警戒を解いた者が一人だけいた。


「その声……まさか」


 魔法で攻撃すべく後ろに控えていたリアナが歩み出てくる。


 信じられないといったような表情の彼女へ向け、恵菜はヘルメットを取って素顔を晒す。


「――ただいま」


 ちょっとそこまで行ってきて戻ってきたかのような挨拶。


 しかし、それは強く待ち望まれていたものだったのだろう。


 帰ってきた親友に抱き着くリアナの姿が、彼女に遅れて走り寄ってくる仲間の姿が、それを物語っていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 フリフォニア王国へと帰還して仲間と合流を果たした恵菜は、若干荒々しい歓迎を受けた後、ウォルデス山脈で一人別れた後に何があったのかを全員へ伝えた。


 ドラゴンの子供を親に返しに行こうとしたこと。


 道中で襲ってきたサンドルク帝国軍の兵士が偽物で、彼らが戦争を引き起こそうと目論んでいたこと。


 危なかったところをドラゴンに助けられ、その後、二国間の戦争を止めるために動いていたこと。


 水華のことやドラゴンの血を得たことなど、いくつか秘密にしたことはあるものの、筋が通った説明をするために必要なことは全て話した。


 そんな恵菜の話を聞いた皆は驚きつつも、事態が最悪の方向へ進みかけていたことを知り、すぐに対応へ動き始めた。


 まず、重要な情報である恵菜の話は、王都ランドベルサにいる国王ルーガンスまで届けられた。二国間に生まれた誤解を早急に解消する必要があると分かり、ルーガンスは再度サンドルク帝国へ書簡を届けるよう命令を下した。


 その書簡を届ける役目を与えられたのは恵菜だった。


 ウォルデス山脈を飛び越えることで移動時間の短縮しながら危険を回避することができる。さらには皇帝グライザードとの面識もある。


 そんな彼女以上の適任は他にいなかった。


 恵菜から情報を受け取ったグライザードの動きも早かった。


 彼は書簡の内容と恵菜の話を見聞きした後、フリフォニア王国への謝罪と可及的速やかに会談の場を設けたい旨を文にしたため、恵菜に無事持ち帰るよう頼んだ。


 それと並行する形で、グライザードは今回の悪事を首謀した者達の特定と粛清も行った。


 宰相フォニマスが恵菜の情報から怪しい人物をリストアップし、即日サンドルク帝国軍が捕縛に動く。そのスピード対応は武器商人や傭兵の情報網が察知するよりも早く、首謀者を全員捕縛することに成功した。


 捕まった武器商人達は無関係を主張したが、傭兵達は罪の軽減を求めて早々に自白。


 また、隠滅が間に合わなかった戦争を引き起こす計画書や首謀者間の利益分配を記した証拠物が見つかり、武器商人達は全員が処刑されることとなった。


 その後、フリフォニア王国とサンドルク帝国は何度か書簡でのやり取りをした後、国家元首同士の会談を実施。グライザードがフリフォニア王国へ訪れる形で実現し、彼が今後同様の事が起きないよう対策を約束したことで、二国間に生まれかけていた軋轢(あつれき)は完全に解消された。


 それからフリフォニア王国とサンドルク帝国は、交易の計画についても話を進め、長い時間をかけてようやく交易を開始する。


 それは念願だった二国間の国交が芽生えた瞬間であり、フリフォニア王国の関係者は歓喜に沸いた。


 そして、その交易開始に貢献した者達には莫大な褒賞が与えられた。


 ケインス、リアナ、ガンザ、クレリアの四名には、当初の護衛依頼の報酬だけでなく追加の報酬が支払われた。その額は、彼らが数年は仕事をせずとも贅沢に生活できる程だったという。


 ステンには金銭ではなく、フリフォニア王国貴族の爵位を与えるという話が上がった。しかし、国に仕える身として当然の仕事をしたまでと、彼はそれを辞退。結果的にケインス達同様、追加の報酬が支払われる事となった。


 最後に恵菜だが、彼女に対する褒賞をどうするかはかなり議論された。彼女は国交への貢献だけでなく、二国間の戦争を防いだという功績もあり、金銭を与えるというだけでは足りないという意見が多かった。


 しかし、既に公爵の爵位を持つ彼女にこれ以上の爵位を与えることはできず、冒険者という身分もある彼女は領地に興味を示さない。


 結局、誰も彼女に相応(ふさわ)しい褒賞が思いつかず、恵菜が望むことをフリフォニア王国側が叶える、という褒賞で意見が一致したのだった。


 それから、時は少し流れ――

彼女は何を望んだのか。


次回、最終話になります。

更新は明日、2023/11/13 の予定です。

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[一言] 最終話、明日が待ち遠しいような、寂しいような
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