エピローグ
「あぁ~、やっぱこの家は快適だわ~……」
横長のソファにぐでーんと寝転がっているリアナが、欠伸交じりにそう呟いた。
その隣に座るエリスは、その様子を見て笑いながら口を開く。
「ふふっ、リアナちゃんはいつでもリアナちゃんのままですね」
「そりゃあ、あたしはあたしだもの。いつでもどこでも、こんな感じよ」
「流石はリアナちゃん。私も見習った方がよろしいでしょうか?」
「やめてください、王女様。変な習慣が身に着きますから」
リアナの悪影響を受けそうになっているエリスを、後ろに控えていたクレリアが必死に止める。
そのついでに、肘でリアナを軽く突いて注意を促すが、リアナはどこ吹く風だ。
「別にいいじゃねえかよ、クレリア。この際、王女様に冒険者流を身に着けてもらうっていうのも悪くないんじゃねえか?」
「身に着けるかはともかく、慣れてもらうのは悪くないかもな。それとガンザ、お前の番だが、たぶん詰みだぞ」
「なあっ!? おい、ちょっと待て! 少し戻さねえか!?」
その様子を見ていたガンザとケインスはリアナ擁護派のようだ。
二人はエリスが持ってきた貴族の遊戯物――交互に盤上の駒を動かして相手の駒を全滅させるというゲームで対戦している。
「ガンザさんとケインスさんまで……ああ、もうっ、皆さんがいつも同じ態度でいられるのが不思議でなりません!」
「むしろ、クレリアがおかしいのよ。この家にいる間は、身分とか諸々忘れて過ごさないといけないんだから。ほら、立ってないで座りなさい」
そう言って、リアナはのそっと身を起こしてスペースを空けると、ポンポンとそのスペースを叩いて、クレリアにソファへ座るよう促す。
「いや、王女様の隣なんて恐れ多いことを……」
「大丈夫ですよ。むしろ、ずっと立っていられるよりは、こちらに座っていただいた方が気になりません」
「そうだぞ、クレリア。お前は普段から堅すぎるんだから、これを機に俺達を見習ったらどうだ?」
「まあ、クレリアがどうするのもクレリアの勝手だが、俺も座った方が良いとは思う」
「え、ええ……? 確かにここではそれが正しいのかもしれませんが、これは私がおかしいのでしょうか?」
混乱するクレリア。
リアナやガンザだけでなく、常識人のケインスやエリスからも諭され、自分が間違っているかのような錯覚に襲われている様子だ。
もちろん、彼女は間違っていない。どちらかといえば、王女を前にして普段通りの態度を貫き通している他三人の方が間違っているだろう。
だが、彼女達が今いる場所――恵菜の家に限っては話が変わる。
それが何故かと言われれば、恵菜が得た褒賞があるからだ。
恵菜が望んだもの。
それは、自身の家とその敷地内における自由な自治権である。
家庭内のルールを築くだけなら、わざわざ褒賞として望まずとも勝手にして問題はない。
が、恵菜が望んだのは、フリフォニア王国の法とは別に、独自の法を適用することだった。
現在、この家に適用されている法は次の三つ。
『この家の中に入れる者は、家の所有者が認めた者のみである。無断で侵入した場合は強制排除の後、フリフォニア王国の法によって裁くこととする』
『この家の中はフリフォニア王国ではなく中立地域として扱い、この家の中にいる間は所属国家や種族を問わず平等な立場とする』
『この家の中における武力的な争いや、身分及び権力で相手に強要を迫る行為は禁止する。もし揉め事が起きた際は、家の所有者個人の判断で解決を図る場合がある』
こうして見ると、フリフォニア王国内に別の国が存在しているようなものである。
当然、恵菜が要求したこの自治権に対しては反対の意見が出た。
しかし、家の中だけという限られた敷地内にしか適用されない事と、恵菜の人間性を鑑みて悪用される心配は少ないだろうという判断から、最終的にはルーガンスが認めて無事承認されたのである。
結果、恵菜の家は実質的に独立国家となり、この中では誰もが平等に接して良いという独自の法が適用されている。
だからこそ、こうして冒険者流を貫く三人は何のお咎めも無いのだ。
もっとも、エリスはそんな法が無くとも許しそうではあるが。
「――あら? 誰か来たみたいよ」
家の呼び鈴が全員のいる部屋まで響き、来訪者の存在を告げる。
しばらくすると、玄関の扉が開き、その来訪者が家へと入ってきた。
「失礼するぞ。……おや、先客がいるな」
「こ、国王陛下!?」
突如目の前に現れたフリフォニア国王を見て、ソファに座りかけていたクレリアが飛び上がる。
が、他の者は相変わらずの態度だった。
「お父様!」
「国王様じゃん。久しぶりね」
「うっす、国王様。またこの遊戯のコツ教えてくれよ」
「どうも」
「はっはっは。ここに来ると新鮮な雰囲気を味わえて良いな」
ルーガンスは賑やかそうな様子を見て笑う。
どうやらこの国の王も冒険者流に慣れつつあるらしい。
その事実を目の当たりにしたクレリアは頭を抱えているが、それを気にする者は誰もいなかった。
「お父様。今日はどうしてこちらに?」
「この後に会談の予定があってな。護衛の用意も必要ないこの家は、時折会談に使わせてもらっているのだ。相手もそろそろ来るだろう」
ルーガンスがそう言った直後、再び家の呼び鈴が鳴った。
だが、玄関からは誰も入って来ない。
「ふむ、来たかな?」
ルーガンスは玄関ではなく、部屋の奥にある扉に視線を向ける。
その部屋は、いくつもの転移魔法陣が用意された部屋だ。
恵菜が認めた者達へ渡した転移の魔法陣は、全てこの部屋へと通じている。フリフォニア国外から来る者は皆、この部屋から恵菜の家を訪ねて来るのだ。
ちなみに、転移の魔法陣は個人専用に改造されており、許可のある者しか通れないようになっている。
そんな国外からの訪問者が来る部屋の扉が勢いよく開き、中から一人の男が姿を現した。
「弟子よ! 我が弟子はおるか!?」
大きな声が部屋に響き、その場にいた全員の視線がその男――フィレクトルの方へ釘付けになる。
「お父様。会談相手と言うのは……」
「いや、別人だな」
ルーガンスは首を横に振る。
ルーガンスの会談相手でないとすれば、フィレクトルはタイミング良く訪ねてきただけなのだろう。
「……むぅ、弟子の姿が見当たらんな。 せっかく面白い物を持って来たというのに」
「爺さん、どうしたんだ?」
「ぬ? ああ、ちょっと待たれよ」
ガンザに話しかけられたフィレクトルは自らの服のポケットを漁り、何かを取り出してガンザに投げる。
それは小さい円形の板で、片面に魔法陣が掘られていた。
「何だこれ?」
「フリフォニア語とリルシャート語を相互翻訳する魔道具じゃ。これで会話できるじゃろう」
「うおっ、まじだ、凄え!」
突然、フィレクトルがフリフォニア語を話し始めたように聞こえたガンザが驚く。
それを見て満足そうに頷くと、フィレクトルは全員に同じ物を投げ渡した。
「これでよし。それで儂は弟子を探しに来たのじゃが、おらんようだな」
「弟子って、エナのこと?」
「そうじゃ。新しい魔道具を作ったから、それの改良やテストをしようと思っての。だが、おらんようなら日を改めるか」
「新しい魔道具? フィレクトルみたいな事をしているな」
「ああ、儂がそのフィレクトルだ」
フィレクトルが本人だと認めたことに全員が驚く。
「じ、爺さん、フィレクトルなのか!? あの収納袋を作ったっていう……」
「いかにも。あと、この家にある魔法陣のいくつかも儂が作ったものじゃ。許可の無い者が入ってきた時に追い出す魔法陣や、不在時のメッセージを残す魔法陣とかな」
「あ! この前来た時、誰もいないのに声が聞こえてきたのはそれのせいだったのね! 何かの魔物かと思ってビックリしたんだから!」
「設置したのは弟子じゃから、文句は弟子に言ってくれ。しかし、弟子がおらんのなら仕方ない。日を改めるか。」
自らの弟子へ苦情の窓口を押し付けたフィレクトルは、恵菜の姿が見つからないことに少し肩を落とすと、リルシャートへ帰ろうとする。
その背中に向けて、ふと気になったガンザが声をかける。
「なあ。さっき言ってた新しい魔道具ってのは、一体どんなやつなんだ?」
「空気中の魔力を集めて衝撃波を生み出し飛ばす魔道具じゃ。護身用にと作ってみたものなのじゃが――」
「何だそれ凄えじゃねえか! 爺さん、俺に試させてくれよ!」
ガンザがテスターに立候補すると、明らかにガッカリしていたフィレクトルの目が新しい玩具を見つけたかのように輝く。
「ほう……見た所、お主は中々頑丈そうだから、試してもらうのも良いかもしれんな」
「あの、その魔道具は安全なのでしょうか……?」
フィレクトルの言い方に違和感を覚えたクレリアが尋ねる。
その質問に対しフィレクトルは、当然のように胸を張って答える。
「それを今から試すんじゃ」
「ガンザさん、今すぐ辞退してください。危険ですから」
「俺は頑丈だから大丈夫だって。万が一があっても、クレリアが治せるだろ」
「その万が一を避けるために辞退を勧めているのですが!?」
止めようと必死に忠告するクレリア。
しかし、出会って間もないのに妙に息が合っている二人は言うことを聞きそうにない。
「よし、ならばさっさと試すとするぞ! この家の地下に、弟子と共に収納袋の魔法陣を応用して作った亜空間があるから、そこで実験じゃ!」
「何その場所、とても面白そうじゃない。あたしも行くわ。エリスも行かない?」
「そうですね……気になるので、私も行きます」
「私も行こう。自治権があるとはいえ、国内の事情は知っておかねばなるまい」
謎の場所に興味を惹かれ、リアナ、エリス、ルーガンスの三人も同行を表明。
ケインスは特に何も言わなかったが、その場から立ち上がったのを見るに、彼も行く気なのだろう。
せめて王族の二人には危ない事に首を突っ込まないでほしい。そう思うクレリアだが、どう止めれば良いか分からず右往左往するばかり。
と、そこへまた呼び鈴が鳴り、転移部屋の扉が開いて二人の人物が現れる。
「む? 賑やかなことになっているな」
「おお、グライザード殿。それにフォニマス殿も」
現れたサンドルク帝国の皇帝と宰相を見て、クレリアは胸を撫でおろす。
彼らがここに来たという事は、フリフォニア国王はこの二人と会談をするつもりだったのだろう。
これから会談になれば危険な場所へ国王を行かせなくて済む。
そう思っていた彼女だったが、その期待はあっさり裏切られる。
他でもない、フリフォニア国王自身によって。
「これから新開発されたという魔道具の実験を見学しに、エナ公爵が作った亜空間へ行こうと話していたところだ。会談前にお二人もどうだろうか?」
「ほほう、それは興味深い。陛下、いかがしましょう?」
「その亜空間は訓練にも使えるかもしれんな。一度見てみよう」
会談が延期され、全員が亜空間へ向かうことが決定し、クレリアがその場に膝を付いて崩れ落ちる。
「何をしてんの、クレリア。万が一のために、あなたも来た方が良いんじゃないの?」
クレリアの奇行に首を傾げながら、リアナが呼びかける。
この場で治癒魔法を使えるのはクレリアだけ。彼女がいなければ、万が一誰かが怪我をした際に処置ができない。
「……もちろん、行きますよ。ああ、どうしてこんな事に……」
胃がキリキリと痛む錯覚に襲われながら、クレリアは全員の後に続いて部屋を出る。
……しばらくして、家の二階からゆっくりと誰かが降りてきた。
「……うーん? 何か騒がしい声が聞こえたですが、誰もいないです」
「わぅ?」「あぅ?」「くぅ?」
修道服に身を包んだ少女――クルーエルと、彼女が連れた三匹の犬のゴーストが首を傾げる。
「不思議です。エナさんの好意で、寝る場所に困ったら転移してベッドを使って良いと言われていたですが。も、もしや幽霊とかいるですか……?」
「「「わん!」」」
「そんな気配はないです? はぁ、良かったです……。とりあえず、安心ということであればもう少し眠るです。まだ日も高いみたいですし」
安心した彼女はまた二階へ消えていく。
身分も所属国も違い、果てには人間ですらない者も訪れながらも、一切の争いが起きずに全員が過ごせる。
まるで理想郷のような場所だが、恵菜は決してそれを目指していたわけではない。
今まで知り合いに渡した転移の魔法陣でフリフォニア王国に飛ぶと、不法入国になる恐れがあったため、それを回避したかったというのが最初の目的。
そこから好き勝手やっているうちに、憩いの場だったり会談の場だったり、実験場や休憩所として利用されるようになっただけだ。
今では家の主が不在でも、こうして自由に使われている。
人によっては自分の家を勝手に使われる事に忌避感を覚えるかもしれないが、プライベートスペースは厳重に守っているので恵菜は気にしていない。
それに、せっかくの家を有効に活用したいという思いも彼女にはあった。
ふらっと帰ってくることはあれど、不在の時の方が多い。
その間、この家を誰も使わないのは勿体ないという考えもあって、彼女は一部を除いてこの家を共用化しているのである。
では、何故彼女は不在の時が多いのか。
それは――
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「――良い天気だね」
恵菜は草原を歩きながら、日の光が直接目に入らぬ様、顔に手をかざしながら空を見上げる。
空は綺麗な青空で、天気が崩れそうな心配は無い。
ここはフリフォニア王国から離れた、初めて訪れる国の見知らぬ土地だ。
そこを恵菜は一人で歩いている。
何をしているのか……説明する必要は無いだろう。
「ふふっ、何か新しい出会いや発見があると良いなぁ」
恵菜は世界を旅する。
今までも、今日も、これから先も。
楽しいことや嬉しいことだけでなく、辛いことや悲しいことがあったとしても。
彼女は自分の体を自由に動かせる間は、ずっと旅をし続けるだろう。
楽しい人生だったと、そう最期に思えるようになるために。
今も恵菜は旅をしているでしょう。私達が知らない場所で。




