願いは届く
直後、グライザード陛下が目を見開いた。
「貴様は……まさか……」
さっきまで私を退けようとしていた腕から、段々と力が抜けていくのを感じた。
これなら――
「陛下から離れろ化け物ッ!」
横から飛んできた声。
そちらを見れば、さっき放り投げたフォニマス宰相が物凄いスピードで迫ってきていた。
流石に両腕が塞がっている状態じゃフォニマス宰相の相手は厳しい。
私はグライザード陛下の腕から手を離すと、その場から飛び退って距離を取る。
「陛下! ご無事ですかな!?」
フォニマス宰相は私とグライザード陛下の間に立ち、私の動きを警戒しながら自らの主君の様子を確認する。
そして、仰向けになったグライザード陛下が大きなダメージを負ったと推測したのか、フォニマス宰相は折れた剣を私に向けて構え直す。
「っ、私が時間を稼ぎます。陛下はその間に体勢を整え――」
「――撤退だ、フォニマス」
今まさに、私へ攻撃を仕掛けようとしていたフォニマス宰相の動きが止まった。
「陛下……?」
「貴様も既に理解しているだろうが、奴の力は俺達のそれを上回っている。このまま戦っても死ぬだけだ」
グライザード陛下が立ち上がりながら、続けて口を開く。
「幸い、奴はまだ俺達以外に興味を示していない。軍の被害を最小限に抑えるためにも、ここは撤退だ」
グライザード陛下の言葉を聞いて、フォニマス宰相は一度強く剣を握りしめたように見えた。
ただ、すぐに決心したように頷く。
「承知いたしました。では、殿は私が……」
「いや、俺がやる。お前は撤退の指揮を取れ」
グライザード陛下はそう言いながら、フォニマス宰相の前に歩み出てきた。
「陛下っ!?」
驚くフォニマス宰相。
まあ、そうだよね。一国の主が軍を逃がすために後ろに残るなんて、聞いたことがない。
「貴様のその折れた剣で、あの化け物を相手にできると思うか? 他に奴の相手をできる者がいない以上、俺が適任だろう」
「ならば、私もお供を……」
「駄目だ。軍を統率するものがいなければ撤退もままならん。貴様がその役目を果たせ」
「しかし、陛下――」
「くどい!」
グライザード陛下が振り返り、サンドルク帝国軍に向かって剣の腹を向け、そのまま横薙ぎに振るう。
直後、サンドルク帝国軍を足止めしていた私の氷が砕け散った。
(なるほど、剣の風圧で氷を砕いたんだね)
心の中で一人納得したけど、あの人も中々の化け物だ。
魔法ならともかく、剣一本で私の魔法を打ち消すなんて。
「戦場では迅速に判断し行動せねば兵が死ぬ! 迷っている時間はないぞ! フォニマス!!」
グライザード陛下のその言葉を聞いて、ついにフォニマス宰相は意を決したようだ。
「……どうか、ご武運を」
フォニマス宰相がグライザード陛下に背を向け、サンドルク帝国軍の方へ駆けていく。
そして、兵士達の中へ消えていった後、サンドルク帝国軍が徐々にウォルデス山脈の方へと移動を開始した。
状況を飲み込めないまま動けなかった軍を即座に撤退させるなんて、フォニマス宰相は流石だ。
「さて、貴様には軍が撤退するまでの間、俺との戦いに付き合ってもらうぞ」
気づけばグライザード陛下が剣を構えて、いつでも戦える状態で待機している。
うーん、私は軍が撤退してくれるのなら、これ以上戦う必要は無いんだけど……。
「いきなり戦いを止めれば、不思議に思ったフォニマスが戻って来てしまうやもしれん。俺が無事であると証明するために、派手に戦ってやろう」
あ、そうか。
グライザード陛下の意図がやっと分かった。
なら、私もそれに乗らないとね。
「では――いくぞ!」
そう言ってグライザード陛下は、何度目か分からない突撃を仕掛けてきた。
私もその突撃に合わせて、グライザード陛下に向かって突進する。
そこからは互いに暴れ回った。
剣閃が山肌を抉って、地面を殴りつけてクレーターを作って……このまま戦い続ければ辺りの地形が変わってしまうんじゃないかと思うぐらいに。
サンドルク帝国軍はもう私の視界からいなくなっていたけど、私達の戦いはそこからしばらく続いた。
そして、どれぐらい時間が経ったか分からない頃。
「…………ふう」
グライザード陛下が息を吐き出して動きを止めた。
私も攻撃するのを止めて、グライザード陛下の次の動きを待つ。
「これだけ経てば、軍もかなり離れたことだろう。殿としての役目は果たせたな」
サンドルク帝国軍が撤退していった道のりを見ながら独り言のように……けれど私に聞こえるように、グライザード陛下は言った。
これ以上、戦闘音を響かせる意味は無い。そういうことだろう。
「さて、後は俺が無事に撤退できるかどうかなのだが……」
グライザード陛下がこちらをチラッと見てくる。
ここで化け物よろしく、生かして帰さない、なんて言うつもりはない。
帰りたいならどうぞ。私はそう伝えるべく、一歩後ろに下がろうとした。
「もう少しだけ、付き合ってもらおうか」
この戦闘狂陛下め。
もう戦う必要が無いって言外に言っておきながら、自分が戦いたいからまだ続けようとする。
(……いいですよ。それなら、もう戦えないようにしてあげます)
私は腕に分厚い氷を纏って、できる限りの魔力で体を強化する。
これで終わらせる。その考えはグライザード陛下にも伝わったみたいだ。
「ははは! 良かろう! 次の一撃で決着を付けるぞ!」
グライザード陛下が大上段に剣を構えた。次の攻撃に、出せる全力を込めてくるだろう。
辺りが静かになって、小さな風が通り過ぎる音だけが聞こえてくる。
その風も段々と弱まってきて、ついに周囲が無音となった瞬間、私とグライザード陛下は同時に地面を蹴った。
「うおおおおお!」
グライザード陛下の気迫と共に振り下ろされる剣。
それを目掛けて、私は氷の拳を叩き込んだ。
金属がぶつかる音。氷が砕け散る音。そして、何かが折れる音。
いくつもの音が一瞬の間に混ざり合って辺りに響く。
そして、私とグライザード陛下がぶつかった位置から少し離れた所に、ザクッと何かが突き刺さった。
それは――グライザード陛下の剣の刀身だった。
「こちらは貴様の腕の氷を砕くのが精一杯、か……俺の負けだな」
グライザード陛下の言う通り、私の方は腕に纏っていた氷の大部分が砕け散っていた。薄っすらと籠手を覆うぐらいの厚さしか残っていない。
(危なかった……)
あれだけ魔力を込めたのに、もう少しで私の身に剣が届いていた。
氷に拘らずに金属で覆った方が良かったかもしれない。まあ、無傷で済んだのだから良いんだけども。
「しかし、まさかこの剣が折られるとはな」
刀身の真ん中ぐらいから先が無くなった剣を見て、グライザード陛下がそう呟く。
よく見れば、折れた剣を握る手が震えている。ぶつかり合った時の衝撃が強かったからね。
「サンドルク帝国の名匠が作った剣だったのだが」
……あれ、もしかして結構お高い剣だった?
(えっと、折っちゃったんですけど、弁償……?)
私が持っていた財産は未だに雪山の中。収納袋の中身をばら撒いた場所なんて覚えていないし、捜索して見つかる気がしない。
いや、もしそれがあったとしても払い切れる額なんだろうか。
……よし、とりあえず一旦、化け物っぽく振舞って距離を取ろう。
「もう正体を……いや、そういう願いだったな。『何も気付かないことにして撤退してほしい』と」
後ろに飛び退った私を見ながらグライザード陛下が口にしたのは、さっき私が耳元で囁いた言葉だ。
戦争の大義名分を与えないためにも、私はサンドルク帝国側に正体がバレてはいけなかった。
けど、グライザード陛下にだけ伝えて、それを忘れてもらえば問題ない。武闘会の優勝者の権利を使えばそれができる。
それに気づいた私は、邪魔だったフォニマス宰相を引き離してグライザード陛下にだけ私のお願いを伝えられる状況を作り、さっきのお願いをしたのだ。
「貴様の願いを叶えるため、俺もここを去る。……が、一つだけ確認させてもらう。何が起きているのかは、後で知らされるという理解で良いのだろうな?」
折れた剣の刀身を拾いながら、グライザード陛下が問いかけてくる。
私はその問いに小さく頷くことで返答した。
「……なら良い。その時まで、俺は帝国で待つとしよう」
私の答えを見たグライザード陛下は踵を返し、ウォルデス山脈へ向けて歩き出す。
それ以上の言葉はなく、私は段々小さくなる背を見送り続けた。
化け物の勝利。




