圧倒
「ふっ!」
グライザード陛下がまた突撃してきて剣を振るってくる。
左上からの袈裟斬り、横薙ぎ、上段からの振り下ろし。
私の動体視力も随分上がったのか、グライザード陛下の太刀筋が全部見えるようになった。それも最小限の動きだけで躱せるぐらいには余裕がある。
でも、グライザード陛下にも隙が無い。常に剣の間合いで戦われているせいで、素手の私が攻撃できるチャンスが生まれない。
このまま素手で剣の対処をし続けても埒が明かないし、失敗すると危ない。
(なら、こっちも武器を使おう)
私はグライザード陛下の次の攻撃を躱すために、後ろに大きく跳んで距離を取る。
(――『凍れ』)
グライザード陛下から離れていることを確認して、小声で詠唱。
直後、氷で出来た棒が地面から突き出してきた。長さはグライザード陛下の持つ剣とほぼ同じで、太さはその柄ぐらい。
それを右手で引っこ抜いて、グライザード陛下に向けて構える。
「何だ? まさか、それが武器だとでも?」
そうです。武器です。
たぶん、グライザード陛下の剣と打ち合ったら砕けると思うけど、氷だから仕方ない。
「ナメるなよ!」
グライザード陛下が何故か怒りながら、突っ込んでくる。
ただ、怒ったところで速さが劇的に変わるわけでもない。
私は迫りくる横一閃を屈んで躱しながら、右手に持つ氷の棒をグライザード陛下の胴目掛けて振るう。
ついでに、皇帝陛下の足裏を凍らせながら。
「なん――グハッ!?」
グライザード陛下の苦しそうな声と、氷が砕け散る音が混ざって響く。
グライザード陛下の馬鹿力があれば足裏の氷なんてすぐ砕けるけど、それでも若干の足止めにはなる。
それが隙となったグライザード陛下は、私の攻撃を躱しきれずその身に受け、勢い良く吹っ飛ばされた。
「お、おのれ……!」
グライザード陛下は何とか地面で受け身を取って、剣を支えに立ち上がる。
死ぬことはないと信じてたけど、思っていたよりダメージが入っていなさそうだ。
直撃と同時に棒が砕け散ったせいで多少威力が下がったのかな。死なないようにするために武器を脆くし過ぎたかも。
「皇帝陛下を守れッ!」
突然横の方から声が上がった。
そっちを見ると、離れた所から戦いを見ていたサンドルク帝国軍の兵士達が一斉に、私の方へと突撃してきていた。
グライザード陛下の方が劣勢と判断して、助力に来たのかな。
うーん、そのまま見ていてくれれば良かったんだけど……仕方ないか。
「馬鹿者! 手を出すな!」
私が距離を取ったところで、グライザード陛下が兵士に向かって叫ぶ。
でも、ごめんなさい。放っておくとまた邪魔をしそうだから、止めさせてもらいます。
(――『凍れ』)
誰にも聞こえないボリュームで詠唱する。
直後、私の手から放たれた冷気が兵士達の方へと飛んでいき、彼らの足下で弾けた。
「な、何だ!?」
兵士達の突撃が不自然にピタッと止まる。まるで、その場に足が縫い付けられたかのように。
彼らは足元を見て、その理由に気づいただろう。
自分達の足が地面に接している箇所から徐々に凍っていっていることに。
「う、うわあああああ!」
「助けてくれ! このままじゃ全身氷漬けだ!」
一気にパニックになる兵士達。
いや、凍らせるのは膝くらいまでで、全身氷漬けにするつもりはないんだけど。
まあ、恐怖感を抱いてくれた方が化け物らしく見えるから、いっか。
「貴様! 相手を間違えるなよ!」
グライザード陛下が怒りの声を上げながら突っ込んできた。
上空から跳びかかり、落下の勢いそのままに振り下ろされた剣を、私は即座に作った氷の盾で防ぎながら上に押し返す。
「ぐっ……!」
私に押し負けたグライザード陛下の態勢が崩れる。
あれだけのダメージを受けながら、相変わらずここまで動けるのはビックリだ。
(なら、武闘会と同じぐらいの力でやっても問題ないかな)
空中で態勢を崩したグライザード陛下のがら空きになった胴目掛けて、私は右手を振りぬいた。
「がッ!?」
氷の盾で殴られたグライザード陛下が『く』の字になって後ろに吹っ飛ぶ。
うわ、さっきより勢いよく地面に激突したけど、大丈夫かな……? 治癒魔法用意した方が良いかな?
「おのれ……」
あ、起き上がった。良かった。
でも、まだ戦う気は止めなさそうに見える。
勝てないと思って撤退してくれた方が助かるんだけど、そう上手く事は運ばないね。
(……うん? 何か来る?)
さっき足を凍らせて足止めしたはずのサンドルク帝国軍の中から、こっちに向かって高速で迫る何かの気配を感じる。
それを把握しようと視線を向けると、兵士達の中から飛び出してくる人影が見えた。
「陛下ッ! 助太刀いたします!」
飛び出してきた人影――フォニマス宰相は叫びながら、一瞬で私の目の前まで距離を詰めてきた。
(速い……けど、見える)
武闘会の時はほとんど見えなかったフォニマス宰相の動き。それが今では当たり前のように目で追える。
「はあああああ!」
勢いよくフォニマス宰相が剣の連続突きを繰り出してくる。
でも、剣による攻撃である以上、同時に二点以上の攻撃は飛んでこない。
一つ一つ順番に躱していけば当たることは無い。
(武闘会の時は全く反応できなかったけどね)
以前の私からの変貌ぶりに内心苦笑いしつつ、剣を躱しながらどうしようか考える。
このまま攻撃を躱し続けても状況は変わらない。
とりあえず、フォニマス宰相の態勢を崩せるか試してみて、できたらカウンターを入れてみようかな。
フォニマス宰相の剣は細身で突きに特化している形状だから弾きやすそう。もし失敗しても、籠手で守られた手を大怪我することはないはず。
そう思って、私は自らの喉元に迫る剣の腹を、右手で横から弾く。
その瞬間、パキィンという甲高い音が響いて、私が弾いた箇所から剣が折れた。
「なっ!?」
驚くフォニマス宰相。でも、私もビックリだ。
あの、本当にごめんなさい。折るつもりは無かったんです。後で弁償……は私だってバレるから駄目か。
「くっ……!」
剣を折られたフォニマス宰相は一度私から距離を取り、グライザード陛下の傍まで下がっていく。
「……フォニマス、何故来たのだ」
「あのまま陛下がやられるところを黙って見ていられる程、薄情者ではありませんので」
「馬鹿者め。だが、よく時間を稼いだ」
私がフォニマス宰相と相対している間に、グライザード陛下は体勢を立て直したみたいだ。
ただ、さっきと違って即座に突っ込もうとはせず、私から視線を離さないまま小声で話し合っている。
「フォニマス。あれはフリフォニアからの刺客だと思うか?」
「……恐らく、違うかと。あのような化け物がいるという話は聞いた事がありませぬ」
「技術は拙いが、俺以上の怪力に氷を操る能力。新種の人型の魔物と見た方が良さそうだな」
二人して好き勝手言ってくれるなぁ……。
まあ、人と思われるより魔物扱いしてもらった方が都合が良いんだけども。
「陛下、この後どうされるおつもりで?」
「戦うしかあるまい。あれほどの魔物、放置するのは危険過ぎる。勝てるかは分からんがな」
いやいやいや、勝てるか分からないなら撤退してください!
今は仕方なく陛下と戦ってますけど、誰かを襲うつもりなんてありませんから!
「やれやれ……陛下はいつも無茶を仰いますな」
「そうは言っても、貴様はその無茶についてくるだろう?」
「当然でしょう。私は常に陛下の傍におります」
あー……フォニマス宰相もやる気だ。
最初から圧倒して、私に勝てないと思わせればすぐに撤退すると思っていた。けど、グライザード陛下もフォニマス宰相も簡単に引き下がるつもりはないらしい。
どうすれば撤退してくれるだろう。お願いしたら下がってくれないかな。
(…………あっ、そうか)
ふと思いついた案。
本当に大丈夫そうかを再度考えて、たぶん大丈夫だと判断する。
そのためには、まずフォニマス宰相を引き離さないと。
「っ!?」
本気で距離を詰めたせいで、いきなり目の前に現れたように見えただろう。
驚愕するフォニマス宰相だったけど、反射的に折れた剣を私目掛けて突きこんでくる。
(フォニマス宰相は流石だね。でも、ちょっとあっちに行っててください!)
私は突きを躱して、フォニマス宰相の手首を取ってこっちへ引き寄せる。
そして、服の襟を掴み――背負うようにして放り投げた。
「フォニマス!」
サンドルク帝国軍の方へ飛んでいくフォニマス宰相を心配したのかな。
でも、私から一瞬でも目を離してくれたのは好都合。
私は自分の足でグライザード陛下の足下を横から払い、バランスを崩させた。
それに加えて、私はグライザード陛下の胸を甲冑の上から手で押さえつける。
「ぬおっ……ガハッ!?」
力任せに地面へ押し倒されたグライザード陛下が苦しそうに息を吐き出す。
頭は打っていないから、ダメージはほとんど無いはずだ。
「貴様っ!」
グライザード陛下は倒れながら剣を振るおうとしてくる。
このまま暴れられると危ないので、私は剣を持つ腕を掴むと、もう片方の腕を押さえつけながらグライザード陛下に馬乗りになる。
「くそっ……! 放せ、化け物がっ!」
(大丈夫、放しますよ)
でも、その前にやる事がある。
私は暴れようとする陛下に顔を近づけた。
「――――」
この娘、主人公です。




