自覚した化け物
(――さて、ここまでは予定通り)
着地した山の斜面から滑り落ちないよう、片手を岩肌に着いてバランスを取る。
シャルテとフルンを説得することに成功した私は、すぐにシャルテの背に乗って国境を目指した。シャルテの背に乗せてもらったのは、空を飛んだ方が早いと思ったからだ。
私も飛ぼうと思えば飛べたけど、シャルテに運んでもらった方が魔力の節約になる。シャルテは最初、私の提案を渋っていたけど、自信が無いのかと聞いたら余裕だと言い返してきたので、そのまま乗せてもらった。
国境上空に着いた頃には、サンドルク帝国軍とフリフォニア王国軍が向かい合う形になっていた。もう戦いが始まる寸前だと察した私は、互いの間に氷の壁を作って戦闘が始まるのを防ぎ、当初の取り決め通りにフリフォニア王国側をシャルテとフルンに任せて地面に降りた。
(それにしても、こんなに強く投げなくてもいいのに……)
着地の時にできた足下のクレーター。本当はこんなに強く着地するつもりはなかった。
あらかじめ私は、着地する前に一度私が降りるタイミングを作ってほしいと、シャルテに言ってあった。シャルテはその通りに地面へ降りる少し前で速度を落としてくれた。
ただ、私はタイミングを見計らい過ぎて、降りるのを躊躇してしまった。
いつものように空を飛べば安全に着地できたけど、それをやったら私だとバレる可能性があった。だって、私は武闘会でその魔法を使うところを見せてしまっているから。
だからこそ私は自力で降りるしかなかったんだけど……やっぱり怖いものは怖かった。
身体能力が上がっているから、氷壁を一度足場にして地面に降りれば大丈夫。そう自分に言い聞かせたけど、中々足が進まなかった。
それがシャルテの不満を買ってしまったのかもしれない。まあ、自分の背中でいつまでも降りるか降りないか悩んでいる人がいるのは、見ていてイライラすると言われても仕方なかったと思う。
けど、まさか『そう簡単に死なん。さっさと降りろ』って言われた後に、尻尾で掴まれて投げられるなんて思わなかったよ?
おかげで余計に勢いが付き過ぎて、足場にしようと思った氷壁も通り過ぎて、そのまま地面に着地することになった。
悲鳴が出そうになるのを何とか堪えて、全力で身体能力を強化して着地したことで死なずに済んだところは自分を褒めたい。
……いや、本当にどうして無事なんだろう。
シャルテから血を貰って強くなったっていうのは薄々自覚はしていた。それは別に指二本で石を砕けたからとかじゃない。
目が覚めてからずっと、体の内側から力が溢れてくるような感覚があるからだ。
その力がどれだけのものなのか、さっきまでは全然分からなかったけど、実際に使ってやっとその異常性に気付いた。
「――貴様、一体何だ?」
見下ろす視線の先にいたグライザード陛下が、私に問いかけてくる。
(何、か……)
どうやら、グライザード陛下は私が誰なのかはおろか、私が人間なのかもまだ判断が付いていないみたい。
まあ、勢いよく地面に落ちてきてもピンピンしてて、鎧の隙間から冷気を出してて、異常なプレッシャーを放っている私だもんね。自分で言うのは悲しいけど、これを目の当たりにして人間判定できるかと言われたら怪しいところ。
それでも、グライザード陛下とは一度戦ったことがあるから、私の外見以外で判断される可能性があるんじゃないかという不安があった。
ただ、その不安は杞憂で済んだみたい。グライザード陛下の目にも、目の前の私は化け物っぽく見えているようだ。
「……答えぬか。どうやら、それが不敬とも理解していないらしい」
私が何も言わないのを見て、グライザード陛下が不愉快そうに眉をひそめる。
そりゃあ何も言わないよね。何か答えたらグライザード陛下の言葉を理解していることになるし。それに、喋ったら声で私だってバレるかもしれない。
今の私は化け物だから、人間っぽさは少しでも無くさないと。
「この氷壁を作ったのは貴様なのか聞きたかったが、話ができん以上はそれも叶わぬな」
(はい、私がやりました)
とりあえず心の中で白状しておく。
でも、グライザード陛下はたぶん読心術なんてできないから、私の心の声なんて聞こえていない。
さて、言葉は通じない不敬な相手を目の前にしたグライザード陛下が次にどういった対応を取るかと言われれば、大体想像が付く。
「これ以上は時間の無駄だな。何なのかは知らんが、貴様の様な存在を生かしておくのは危険過ぎる」
そう言って、グライザード陛下は剣を構えると、私に対してその切っ先を向けた。
得体の知れない化け物に手を出すのは危険。そう判断して撤退してくれないかという期待が若干あったんだけど……やっぱりそうなるよね。
「陛下! 我々も――」
「お前達の手出しは無用だ。我が一人でやる」
加勢しようとしたサンドルク帝国軍の兵士を制止するということは、グライザード陛下は私と一対一で戦うつもりらしい。
私としても、その方が戦いやすくて良いから願ったり叶ったりだ。
「我の前に姿を現した事を後悔しながら――死ね」
グライザード陛下が一気に距離を詰めると同時に、私の首元目掛けて剣を横薙ぎに振るう。
武闘会で戦った時と同じ速さ。
そのはずなのに、私にはそれが遅く見えた。
上半身を横に傾けるようにして、グライザード陛下の剣を躱す。
そして、その剣を握っていたグライザード陛下の腕を掴んで、正面に放り投げた。
「っ!?」
グライザード陛下は宙で回転しながら態勢を立て直すと、両足で地面に着地する。
「貴様……」
何ともなさそうな感じに見えたけど、グライザード陛下の表情には驚きの感情が入り混じっていた。
(たぶん、今まで同じようなことをされた経験が無かったんだろうなぁ……)
自分でも非常識なことをやっている自覚はある。でも、そうしないと化け物っぽく見えないから。
でも、これで分かった。
今の私は、グライザード陛下に負ける気がしない。
化け物らしく化け物らしく……。




