化け物の覚悟
――時間は少し遡り、サンドルク帝国軍がウォルデス山脈を進んでいた頃。
洞窟でフルンとシャルテは、訝しそうな目で同じものを見ていた。
『おい、あの人間は何をしているのだ?』
『……分からん。今身に着けているものより、もっと良いものがないか探しているのではないか?』
フルンとシャルテの視線の先にあるのは、この山で命を落とした冒険者の遺品の山。
そして、その遺品の山の中に、何かを探そうと漁り続ける恵菜の姿があった。
「ん~、ちょっと大きすぎるかな……あっ、これならいけるかも!」
恵菜は遺品の山から何かを見つけ、両手でそれを掲げる。
それは黒い金属で造られた、フルフェイスヘルメットだった。
恵菜はフルフェイスヘルメットの汚れや匂いが気にならないかを確認した後、それを被って装着する。
「――うん、やっぱり私でも被れる」
少し大きいものの、被る分には問題ない。
期待通りのサイズ感だと分かった恵菜は、近くにあった鎧も身に着け始める。
そんな奇行に疑問しか感じなかったのか、フルンが恵菜に問う。
『小娘、一体何をしているのだ?』
「さっき言ったでしょ。サンドルク帝国とフリフォニア王国が戦い始めるのを止めに行くの」
少しくぐもった恵菜の声が帰ってくる。
彼女はそう答える間も手を止めず、甲冑を身に着けようとしていた。
『確かに貴様はそう言っていたな。ついでにそれを我らに手伝ってほしいとも言っていた。が、今の行動はそれと関係があるのか?』
「あるよ。だって、止めに入る時に、私が私だってバレないようにしないといけないんだから」
『何故だ?』
「私が片方の国に属しちゃっているから。その国は私の味方だけど、もう片方の国からすれば私は敵だから攻撃してくる。それを見た味方の国は私を守ろうとして相手の国を攻撃する。そうなったら、結局戦いが止められなくなるでしょ?」
そう説明している間に、恵菜は甲冑の全てを身に着け終わる。
フルンの方へ振り返った恵菜は、全身を甲冑に身を包んだ姿に様変わりしていた。
背丈だけはそう変わらないが、見た目で恵菜だと判別するのは困難だろう。
「だったら、こうして正体を隠しちゃえばいい。私が属している国は味方に見えない私を守ろうとはしないだろうから」
『なるほどな。だが、正体を隠した小娘は間違いなく敵視されるだろう。その敵が立ち塞がるということは、相手の国に味方していると捉えられるのではないか? それに小娘が止めている間に、小娘が所属する国が攻め込むかもしれんぞ』
得体の知れない相手が自分達の邪魔をするということは、今から戦おうとしている国の人間なのではないか。
そう思われてしまうと、恵菜がサンドルク帝国軍を止めようとする行為自体がフリフォニア王国の作戦だと勘違いされる恐れがある。
また、恵菜がサンドルク帝国の進軍を妨害している時に、フリフォニア王国側が好機と見て攻撃を仕掛ける可能性も捨てきれない。
そう、フルンの懸念はどれもあり得る話だ。
「そうなるかもね。だから、フルンとシャルテには、私が所属している方の国の人達を止めてほしいの」
フェンリルとクリスタリアドラゴンが立ちはだかれば、流石にフリフォニア王国側もサンドルク帝国側へ攻撃を仕掛ける余裕など無いだろう。
また、フェンリルもクリスタリアドラゴンがサンドルク帝国軍の味方だと思われる可能性もほとんど無いだろう。どちらも人間に従うような存在ではない、というのが普通の人間の考えだからだ。
『断る! 何故そのような面倒な事を我がやらねばならんのだ! 人間の争いに巻き込むでないわ!』
恵菜とフルンの会話を聞いていたシャルテが割り込み、怒り混じりに拒否の意思を示す。
そのシャルテの言っている事も一理ある。
シャルテとフルンは、サンドルク帝国とフリフォニア王国とは何の関係も無い。例え二国間が争い始めたとしても、自身に直接の害が無ければどうでも良い事だ。
「あら? 私はあなたの子供を無事に返してあげたのに、シャルテは手伝ってくれないの?」
『借りのつもりか? だがな、元は貴様ら人間が――』
「うん、卵を盗んだのは人間だと思う。でも、その人間が誰なのか私は知らないし、当然だけど無関係。それでも、私はそれを取り返してあなたに返したんだけど?」
『むっ……だが、我は貴様の命を救ったぞ。それで帳消しになるだろう』
「その命を落としかけたのだって、子供を無事に返すために私が囮になったから起きた事。言わば必要経費みたいなもので、私の命を救ったのはその補填。そう考えられない?」
『くっ、変な理屈ばかり並べおって……!』
恵菜の主張を前にシャルテが怯む。
少し屁理屈っぽい主張ではあるが、シャルテにはそれをひっくり返す主張ができなかった。
『シャルテ、諦めてこの小娘に一度手を貸してやれ』
『だ、だが、我が大人しく人間に従うなど……というより、フルン! 貴様は手伝うつもりなのか!?』
『そのつもりだったが』
フルンからの援護射撃を期待するシャルテだったが、返ってきたのはその期待とは真逆の答えだった。
『な、何故だ! 貴様はこの人間に借りなど――』
『あるから断れんのだ。この小娘の慈悲が無ければ、我は今この場にいない』
フルンと恵菜の間に何があったのか、シャルテは知らないだろう。
しかし、その時に受けた恩を返すつもりのフルンは、恵菜の頼みを聞き入れる気満々である。
そんな中で自分だけ恩を返さないというのは、高貴なドラゴンを自負するシャルテには受け入れがたいことだった。
『ぐぬぬぬぬ…………良かろう、手伝ってやる。が、この一度だけだからな!』
ついにシャルテが折れる。
フルンとシャルテの強力な力があれば、フリフォニア王国軍相手でも足止めは可能だろう。
「ありがとう。あ、シャルテが協力してくれている間、子供は水華に任せようと思うの。――水華、お願いできる?」
『ウン、分カッタ』
恵菜に頼まれた水華が二つ返事で了承する。
人間の言う事を何の疑いもなく大精霊が聞いている光景を見て、眷属であるシャルテは何とも言えない気持ちになるが、それよりも一つ気になることがあった。
『おい、それなら我と大精霊様の役目が逆でも良かったのではないか?』
「いや、この方が良いの。水華をあまり人の前に晒したくないし、あとシャルテの方が体格がデカいから、威圧感があって足止めに向いてそうでしょ?」
『ふむ……まあ、そういう事であれば』
もっともらしい理由が返ってきたので、シャルテも納得して引き下がる。
だが、恵菜の考えている理由はそれだけではなかった。
(私達が止めに入った時、絶対に私達と軍の間で戦いが起きる。その様子は水華に見せられない)
水華に人間を傷つけてはいけないと言い聞かせておきながら、フルンやシャルテには人間を傷つける行為を許容する。
そんな矛盾した自らの姿を見せたくないという、自分勝手な理由。
当然、恵菜も自らの考えが最低だとは自覚している。理にかなっていない事をしようとしている事に気付いている。
だが、恵菜は自分が最低だと自己嫌悪しながらも、今だけはそれから全力で目を背けると決めていた。
「それじゃあ、シャルテとフルンが手伝ってくれると決まったところで、少し作戦を――」
『待て、小娘。我が懸念したもう一つの方はどうする? 我らが止める方……フリフォニアだったかは、我らの事を敵の軍の仲間とは思わんだろうが、そっちは小娘を敵の仲間だと思うのではないか?』
恵菜の今の見た目は、恵菜だとはバレずとも人間であると思われる可能性が高い。
そして、この人間はどこの者かと考えた場合、サンドルク帝国側の者達はフリフォニアの人間と予想するだろう。それでは恵菜が正体を隠した意味は無くなってしまう。
「ああ、そっちも考えてあるよ。鎧を凍らせたり、立ち方や姿勢を変えたりして、人間っぽく見せなくするとかね。要は、自分を魔物っぽく見せれば良いの」
『ふん、そう上手くいくものか。所詮、見た目を変えたところで人間は人間。明らかに人間でない要素があれば話は別だがな』
「シャルテもそんなに不安? ――じゃあ、今見せてあげる」
未だに怪訝そうな様子のフルンとシャルテを納得させるため、恵菜はその場で自らの考えを体現させる。
その瞬間、凍るような寒気がこの場を駆け巡り、恵菜の足下の地面が徐々に凍っていった。
恵菜が一歩踏み出すと、足を着けた場所も徐々に凍っていく。
また、一歩一歩進む度に、フルンとシャルテはズシンと身が重くなり、その場に釘付けにされたかのように感じる。
さっきまでは何とも無かったはずの人間。
それが今は、圧倒的強者のプレッシャーを発していた。
『っ……人間、一体何をした?』
「ちょっと化け物らしい雰囲気を作ってみたの。魔法で地面を凍らせたり、重力をちょっと操作したり。あと、魔力を体の外に薄っすら放出して散らせば、威圧感も出せるかなって。どうだった?」
気づけばさっきまでの雰囲気が消え、いつも通りの恵菜に戻っている。
しかし、先程の恵菜は間違いなく、人間という種族を逸脱している存在に思えた。
『……そうだな。先程の小娘であれば、本当に人間かと疑われるだろうな』
「そう言われて喜ぶべきなのか悲しむべきなのか……まあ、今は前者かな」
今までは人間かどうか疑われるのが少し悲しかった。
少し腕が立つとはいえ、見た目や心は人間なのだから、変に扱ってほしくはなかった。
しかし、これからやる事を考えると、今だけは考えを変えなければいけない。
そう恵菜は決心する。
「――私は、今回だけ化け物になるよ」
人間辞めました。




