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両軍、相まみえる

「偵察より伝令ッ! フリフォニア王国へ向けて、ウォルデス山脈を移動するサンドルク帝国軍を発見したとのことです!」


 ウォルデス山脈から戻ってきたフリフォニア王国軍の兵士は、展開された陣の中にある天幕の中で報告する。


 それを聞いたステンは、大き目の机に広げられた地図から兵士の方へと視線を移す。


「やはり来たか……敵の位置はどこだ? それと数も報告を」


「はっ! サンドルク帝国軍が進軍していたのはこの辺りで、私はこの位置からそれを視認しました! 数はハッキリとは分かりませんが、およそ千人かと!」


 偵察兵が地図を指差しながら報告する。


 彼が指差したサンドルク帝国軍の位置は、フリフォニア王国側の山道入口まで半日程の距離。発見してから報告までの時間を考えると、山道傍に展開したこの陣からは、あと数時間もすれば視認できるだろう。


「千人……他国を攻めるにしては少なすぎないか?」


 ステンが相手の兵数を聞いて訝しむ。


 フリフォニア王国側は三千人近くがここに集まっており、王都やそこに至るまでの主要地点には合計で七千人程の兵が配備されている。


 それに対して千人の軍で攻め込むのは無謀に思えた。


「別動隊はいなかったんだよな?」


「他地点にも偵察はおりますが、別動隊の情報は入っていません! しかし、行軍していたサンドルク帝国軍の中には、グライザード皇帝及びフォニマス宰相らしき姿がありました!」


「なるほど、それを聞いて納得がいった」


 ステンは先程までの少なすぎるという評価を撤回する。


 グライザードとフォニマスの強さは、その辺の兵士と比べられるようなものではない。一人で戦況を大きく変えるだけの力を持つ、まさに一騎当千と言える戦力。


 そんな二人が進軍してくる相手の中にいるとなれば、兵数だけで単純に戦力を決めるのは危険過ぎた。


「全軍に戦闘準備を整えさせろ! ただし、サンドルク帝国軍を視認したとしても、相手が攻撃してくるか、山脈から出てフリフォニア王国領に入ってくるかするまでは、絶対に手を出すなよ!」


「「「はっ!」」」


 ステンの命令を聞いて、机を囲んでいた者達が天幕を飛び出していく。


 サンドルク帝国とフリフォニア王国の国境は、ウォルデス山脈の間ということになっているものの、明確な国境線は曖昧だ。

 ただ、二国を移動する者の多くは、ウォルデス山脈に至るまでの所を互いに国境と考えており、二国ともそれを暗黙の了解としている。


 よって、行軍してくるサンドルク帝国軍が正当な理由なく山道を抜けた先へ足を踏み入れた瞬間、侵略行為と見なすことができる。


 あくまで先に仕掛けたのはサンドルク帝国側。ステンの命令は、そういう状況にするための命令だった。


「偵察任務、ご苦労だった。引き続き偵察を……ああ、その前に一つ頼む。冒険者が待機している所へ行って、金ランクのケインスという者にここへ来るよう伝えてくれ」


「はっ! すぐに!」


 ステンから別の命令を受けた偵察兵が天幕を出ていく。


 その後しばらくして、呼び出した人物が天幕にやって来た。


「呼んだか?」


「ああ。さっき偵察兵から連絡があったが、サンドルク帝国軍がこちらに向けて進軍中で、その中にはあの皇帝と宰相もいるらしい。もし戦闘になった際にその二人が出てきたら、俺と一緒に二人を止めてもらいたい。頼めるか?」


 それを聞いたケインスは、少し驚いた顔で問い返す。


「構わないが、あんたも戦うのか?」


「そりゃあ、軍人だからな。何だ、俺抜きでも大丈夫ってか?」


「いや、俺一人だと荷が重すぎるから、あんたが戦ってくれるのはありがたい。ただ、この軍の司令官が前線で戦っても良いのか?」


 ステンはここにいる軍どころか、フリフォニア王国軍のトップ。


 そんな彼が危険な前線で戦って倒れるようなことがあれば、指揮系統が一気に乱れて軍が瓦解する可能性だってある。


 そんな心配をするケインスだったが、ステンは「お前の言うことも一理あるが……」と前置きしながら言葉を続ける。


「お相手の司令官様が前線で戦うのに、俺は後ろで引き籠っていたら、軍全体の士気に関わるからな。あとは単純に、俺とお前以外にあの二人を止められそうなのがいないってのもある」


「フリフォニア王国軍にもいないのか?」


「いないな。他の団長でも皇帝には勝てん。もしかすると、この作戦に参加している冒険者の中に実力者がいるかもしれんが、そんなのに期待するよりは、実際にこの目で見た実力を信じたい」


 ステンから高い評価を得ていたことを知り、少しむず痒い気持ちになるケインス。


 ただ、そこまで実力を買ってもらっていることに、嫌な気はしなかった。


「……分かった。できればあの皇帝とはもう戦いたくないというのが本音だが、期待に応えられるよう、精一杯頑張るとする」


「ああ、頼んだぞ」


 互いに握手を交わした後、ケインスは戦闘準備を整えるために天幕を出て行った。


 その姿を後ろから見送ったステンは、一人残った天幕の中でため息を零す。


「戦いたくねえのは、俺も同じなんだがな……」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「定期報告! 我が軍は予定通り、ウォルデス山脈を進行中! このまま行けば、もうしばらくでフリフォニア国境に辿り着くと思われます!」


 行進する軍の前方から走ってきた兵士からの報告。


 それをグライザードは、犬ぞりの中でふんぞり返りながら耳に入れる。


「念のため聞くが、兵士の疲労状況は?」


「ほとんどありません!」


「なら良い。他に報告が無ければ下がれ」


「はっ!」


 報告に来た兵士は一度姿勢を正した後、再び軍の前方へと戻っていく。


「……久しぶりの遠征だが、兵士の質は落ちてい無さそうだな」


「それだけ、毎日欠かさず訓練しているということでしょう。いつ戦争がまた始まるかは分かりませんからな」


 犬ぞりの同乗者――フォニマスの言葉を聞き、グライザードは視線を彼へと移す。


「別に今から戦争に行くわけではないのだが」


「こちらにその気が無くとも、向こうがその気という事もありましょう」


「フリフォニアが戦争に前向きか……考えたくもないな」


「おや、陛下ともあろう方が珍しく弱気で」


 あまり見たことのない主人の様子に、フォニマスが意外そうな表情をグライザードへ向ける。


 が、彼の表情は言っている事と真逆のものであった。


「ああ、フリフォニアは大国だからな。さぞ多くの強者がいるに違いない。そう思うと、気が滅入ってくる」


「……ここまで言っている事と考えている事が真逆の人も珍しいですな」


「勘違いするなよフォニマス。俺は戦いが好きなのであって、戦争は好きではない。もっと平和的な、例えば武闘会のようなイベントで腕を競い合えた方が良いと思っている」


「左様でございますか」


 何とも面倒な話になりそうだと思うフォニマスは、適当に会話を受け流そうと心に決める。


 そして、グライザードの持論展開が始まろうとした瞬間、遠くから「報告!」と声を上げながら兵士がこちらへ駆けてきた。


「陛下! 本隊から先行していた者達より、ウォルデス山脈を抜けた先でフリフォニア王国軍が陣を張っているとの報告がありました!」


「何だと? 規模は?」


「こちらの三倍程度とのこと! また戦闘準備を整えていたとも報告が!」


 それを聞いてグライザードは考え込む。


「山脈の先に軍を置く……フォニマス、どう思う?」


「考えられるのは二つ。一つは先程言った通り、フリフォニア側に戦争の意思がある。もう一つは、陛下の存在を察知して警戒態勢を整えた」


「そこまで警戒する程に強さを評価してくれるのは光栄だが、三千人はやり過ぎやしないか?」


「まあ、こちらも兵がおりますので」


 自軍の兵数は千人で、相手が三千人。


 その差し引き二千人がグライザードと戦う想定で用意された兵力である、という事をフォニマスは言いたいのだろうか。


「面白い冗談だな。が、戦闘準備を整えているというのは気がかりだ。――行進はウォルデス山脈を抜ける直前で止まれ! その後はいつ戦闘が起きても対応できるよう待機! そう全軍に伝えろ!」


「はっ!」


 グライザードの命令を受けた兵士は、その内容を伝え回るために走ってその場を去っていった。


「それで、陛下はどうされるおつもりで?」


「フリフォニアが何を考えているのか分からんが、こちらから手を出すわけにもいかん。まずは様子を見るぞ」


 警戒態勢を維持しながら進むサンドルク帝国軍。


 そして、ついにウォルデス山脈を抜けようかといった辺りで、件のフリフォニア王国軍が見えてきた。


「報告通りですな。いきなり仕掛けてくる様子は無いようですが、出迎えに来たというわけでも無さそうに見えます」


 行進を止めた軍の中から、フリフォニア王国軍を観察するフォニマス。


 視認した瞬間から戦闘にならなかった事に安堵しつつも、相手の意図が読み取れず、どうすべきか判断に悩ましそうだ。


「よし、では行ってくる」


 突然、そう言ってグライザードが犬ぞりを飛び降りた。


「は? 陛下、どちらへ?」


「フリフォニア王国軍の方だ。相手も特に動く気が無いのなら、こちらから話を付けに行った方が早い。流石に相手も何の理由も無しに皇帝を攻撃してくるようなことはしないだろう」


「陛下お一人は危険過ぎます。国境を跨いだ瞬間、攻撃してくるやもしれませんぞ」


「安心しろ、山脈の終わりギリギリで止まる。ただ、もし攻撃してきた時は、こちらも反撃するようお前が指示を出せ」


 そう言い残し、グライザードはフリフォニア王国軍の方へと歩みを進めていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「サンドルク帝国軍の中から一人、こちらに向かってきます! さ、サンドルク帝国の皇帝です!」


 その報告を受け、ステンが目を山脈にいるサンドルク帝国軍へ目を凝らす。


 その視線の先には、確かにこちらへ向かって歩いてくる皇帝の姿があった。


「何故一人で……? 最高戦力をいきなり投入ってことか?」


「ステン団長、いかがいたしましょう?」


「何をしてくるか分からんが、命令通りだ。国境を跨いだ瞬間、弓と魔法による遠距離攻撃を開始しろ」


 想定外の動きを目の当たりにしつつも、ステンは冷静に判断を下す。


 実はこの時、不幸なことが一つあった。


 それは互いに認識している国境の位置に齟齬があったことだ。


 山脈の終わりという暗黙の了解はあれど、明確にどこに国境線があるのか、目印となるものは無い。


 本来は二国間で協議して決めるものなのだが、互いに国交がほとんど無かったため、その取り決めができていなかったことが原因だ。


 その結果、グライザードが国境だと思っている境界線は、フリフォニア王国軍が認識しているそれを通り過ぎていたのである。


 だが、グライザードもフリフォニア王国軍もそんな事実は知らない。


 グライザードは歩みを止めず、あと少しでフリフォニア王国軍の攻撃開始ラインを超えるところまで迫る。


 ――その時だった。


 何の前触れもなく、ビシビシッという凍る音が鳴り響き、グライザードの目の前の地面から巨大な氷の壁がせり上がった。


「何だ!?」


 突然の事態に驚くグライザード。


 だが、それはフリフォニア王国軍も同じだった。


「あの氷の壁は!? サンドルク帝国の攻撃か!?」


「分かりません! ただ、壁のせいでサンドルク帝国軍の姿が……」


 出現した氷壁は人の何倍もの高さがあり、山脈の入口はおろか視界の端から端までを横断する程に長かった。


 何故そんなものが出現したのか見当もつかないフリフォニア王国軍。


 困惑する彼らだったが、さらに上空から響いてきた咆哮を聞き、全員が身を竦ませた。


「今度は何だ!?」


 頭上を見上げるステン。


 彼の視線が捉えたのは、巨大な翼を広げて空を飛ぶ一頭のドラゴンの姿だった。


「馬鹿な……」


 あり得ない光景を目の当たりにして、思わずそう呟く。


 その姿は徐々に大きくなり、地面に近づくその直前で速度を落とす。


 そして、壁の向こう側に何かを捨てるような仕草をしてから、ズシンという音と共に着地した。


「グォオオオオオオ!」


 再びの咆哮が空気を震わせ、フリフォニア王国軍を委縮させる。


 彼らの目の前に現れたのは、ステン達がサンドルク帝国へ向かった際に遭遇したクリスタリアドラゴンだった。


 しかし、それだけではない。


 ドラゴンの背から飛び降りた、もう一つの影がしなやかに地面へ着地する。


「嘘だろ……」


 どこかから上がった声。


 新たに現れた影の正体は、美しい白銀の毛並みを持つ巨大な狼だった。


「何だってドラゴンとフェンリルが一緒に現れるんだ……!」


 目の前に出現した二頭の脅威に、フリフォニア王国軍はたじろいでいた。


 その頃、氷壁の向こう側――サンドルク帝国軍の方でも、想像していなかった事態が起きていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ふむ……この壁、簡単に破れるものではないな」


 目の前に出現した壁に触れるグライザード。


 彼はこの壁を自らの力で壊すには時間がかかると悟っていた。


「向こう側にドラゴンが降りたっていくのが見えたが、あれがやったのか。いや、そんなことより……」


 グライザードが氷の壁から視線を横に向ける。


 彼が見ているのはウォルデス山脈の岩肌……ではなく、そこに空いた大きなクレーターのような穴。


 その中心で、斜面に片手を添えるようにして立つ何かがいる。


 それは全身を鎧で覆っていた。


 鎧のあちこちが凍り、凍り付いた箇所からは白い冷気のようなものが漂っているのが見える。


 人の姿をしていながら、人とは思えない異様なプレッシャーを放つそれは、グライザードを見下ろしていた。


戦いは始まらない?

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[一言] その者 白き冷気をまといて 銀白の地に降り立つべし
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