起こった事と起きている事
『寝込んでいたことか? まあ、あの状態では無理も――』
「そうじゃなくて! 私が目覚めるまでの日数! 三十日って聞こえたけど、私そんなに意識が無かったの!?」
恵菜がフルンに詰め寄る。
どうしてそんなに日数を気にするのか、フルンは理解できなかったが、自らの認識している範囲で答える。
『ああ、正確に数えていたわけではないが、大体それぐらいだ』
「いやいやいや! そんなに気を失ってたら死んじゃうでしょ! そもそもどうしてそんなに長い間目を覚まさなかったの!?」
『そんなこと知るか。お前の体なのだから、自分自身に聞いてみろ』
「体に聞いて分かるならとっくにやってるよ!」
『面倒な小娘だな……。シャルテ、貴様なら分かるのではないか?』
辟易し始めたフルンは、恵菜の後ろにいるシャルテに問う。
話題をパスされたシャルテは、僅かに考える素振りを見せた後、自らの考えを語るために口を開く。
『まあ、間違いなく我の血を与えたせいだな。我の血が人間の血と馴染むまで、しばらく互いの血が衝突を繰り返す。その反動が体に負荷となり、意識を取り戻すまでに時間がかかったのだろう』
その説明を聞いて、キッと恵菜がシャルテを睨みつける。
「またあなたの血のせいなのねっ……その負荷ってどれぐらいなの?」
『普通の人間ならその負荷に耐えきれず体が爆散する。貴様は意識を失い続ける程度で済んだがな』
そんな物騒な物を自分の体に入れたのか。
恵菜はそう文句を言いかけるも、そうしなかったら助からなかったと言われることが目に見えていたので、単純な疑問をぶつけることにする。
「程度って、元々衰弱してた私がそんな負荷に耐えきれるものなの? いや、こうして元気になっているからには大丈夫だったんだろうけど、普通はずっと飲まず食わずで体力が持たないでしょ?」
大きな負荷がかかることを知っていながら、シャルテが血を与えるという選択を下したのは何故か。
その結果、自分の体がどうなってしまったのか。
不安で仕方ない恵菜は、シャルテの答えを待つ。
『問題ない。その間は魔力を消費して生命活動を維持しようとする。いくら体力を消耗しても、どれだけ空腹が続こうとも、肉体が無事で魔力が残っている限り貴様は死なん。まあ、その魔力消費が馬鹿にならんのだが』
「魔力が続く限りって言っても、あの時の私には、もうほとんど魔力残ってなかったはずだけど?」
『ああ、貴様の残りの魔力では一日すら生きられなかったはずだ。我の魔力を与えても良かったが、我が子の世話もある故に、ずっと面倒を見ることはできん。だからこそ、そこの暇そうなフェンリルを頼ることにしたのだ』
『誰が暇そうなフェンリルだ。面倒事を押し付けおって』
異議を申し立てるフルン。
が、それを聞いたシャルテは反論する。
『我が訪れた際もここで寝ていたではないか。それに良い経験になったであろう? 子育てをする大変さを、この人間の世話を通じて実感できたのだから』
『こんな生意気な小娘を我が子扱いするのは御免だな』
「誰が生意気な小娘よ」
今度は恵菜が不本意な扱いに対して文句を言う。
こうして見ていると実は似た者同士なのだが、それを指摘する者はいなかった。
『何はともあれ、我のおかげで強き体を得られたのだ。喜ばしいことだろう』
「その喜びと一緒に、人間らしさをちょっと失ったことに対する悲しみも生まれているんだけど。……でもまあ、私の身に何があったのかは大体分かったよ」
いよいよ自分が人間なのか怪しくなってきたが、見た目はまだ人のままだ。
普段と変わらぬ生活を送って変なボロを出さなければ、周りから怖がられる心配は無いだろう。
そう自らを納得させて、恵菜はこの話題を切り上げることにして、もう一つ気になっていた事を確認することにした。
「話は変わるんだけど、私の近くに倒れていたはずの人達、彼らはどうなったの?」
恵菜が言っているのは、彼女に襲い掛かってきた傭兵達のことである。
シャルテの今までの話から推測するに、彼らはその場では殺されていないはず。
あれ程しつこく恵菜の命を狙ってきた相手だ。まだ山を捜索して回っているかもしれない事を考えると、彼らの動向は把握しておいて損はない。
『知らん。貴様に血を与えた時には近くに転がっていたが、ここへ運んでからは見ていない』
「そう……なら、まだ山にいるかどうかは分かる?」
『山全域までは流石の我も把握しきれておらん。が、少なくとも我の縄張りに入ってきた者はいなかったな』
シャルテの縄張りというのがどれぐらいの広さなのか、恵菜は把握していない。
ただ、傭兵達のしつこさを考えれば、山全域を捜索していてもおかしくないだろう。
それでもシャルテが察知できていないということは、もう山を降りたのかもしれない。
そう思い安堵しかけた恵菜だったが、次のフルンの言葉を聞いた途端、その安堵が吹き飛んだ。
『そういえば最近、この山を多数の人間が移動する気配を感じたな。小娘が探している人間共かは分からんが』
「っ! それ、いつの話!? どっちの方角へ移動してたの!?」
『つい昨日のことだ。方角と言われると……確か、北から南へと向かっていたな』
北から南――つまりはサンドルク帝国からフリフォニア王国へ移動していたということ。
危険地帯であるウォルデス山脈を多数の人間が進んでいるということは、行商人やその類ではなさそうだ。
「まさか、サンドルク帝国軍……!? に、人数は!?」
『そんなもの数えておらん。かなりの数だったとしか言えんな』
正確な数は不明。
しかし、サンドルク帝国軍だとすれば、数十人ということは無いだろう。
もしフリフォニア王国に攻め入るつもりなら、その人数は三桁……いや、四桁以上かもしれない。
(止めないと……! でも、どうやって……)
サンドルク帝国軍が動いているということは、フリフォニア王国との関係が悪化している可能性が高い。
そこへフリフォニア王国の貴族である恵菜が止めに入ったところで、進軍が止まるとは思えない。最悪、その場でサンドルク帝国軍全員と戦闘になる。
サンドルク帝国軍が恵菜を攻撃しても、恵菜がサンドルク帝国軍を攻撃しても、戦争の大義名分が得られてしまう。
だが、止めに入らなければ、サンドルク帝国軍がフリフォニア王国の領土へ進軍してしまう。フリフォニア王国側が国境付近に軍を配備していれば、すぐに戦闘となるだろう。
何としても両国間で戦闘が始まる前に止めなければならないが、恵菜とサンドルク帝国軍が戦うのも避けねばならない。
何か良い方法はないか、恵菜は辺りを歩き回りながら必死に考える。が、こうしている間にも時間が過ぎていくという事実が焦りを生み、良い案が浮かばない。
『……小娘は何を考えているのだ?』
『さあな。人間の考えていることは理解に苦しむものが多いからな』
「うるさい二人とも! 今、色々と考えているんだから、黙って……」
ヒソヒソ話すフルンとシャルテに怒りと焦りが混じった表情を向ける恵菜だったが、視界の端に映ったあるモノに視線が釘付けになる。
「……そうだ、これなら!」
それが切っ掛けで、とある案が恵菜の頭に思い浮かんだ。
これが百点満点の案かどうかは分からない。それでも、検討している時間が無い以上、すぐに行動しなければならない。
そのために、恵菜はフェンリルとドラゴンに視線を戻す。
「――フルン、シャルテ。お願いがあるの」
外見は人、中身は恵菜。




