助かった理由
『全く……人間の愚かさのせいで、大精霊様のお叱りを受けることになったわ』
「あなたが原因の話題を出してきたんでしょ……」
水華に注意され、一人と一頭が互いを恨めしそうに睨む。
しかし、また口論を始めるような幼稚な真似はしなかった。
「ハァ……で、あなた――シャルテだっけ? 色々と説明してくれるのなら、是非お願いしたいんだけど」
恵菜は一度ため息を吐いて、話を本題へと戻す。
ここに来るまでの間に何があったのかは、目の前のドラゴン――シャルテに聞けば分かる。
『意図せず名前を知られたが……まあ良い、教えてやろう。まず貴様、己が死にかけていたという自覚はあるか?』
「うん。でも、怪我は治した記憶があるけど?」
魔力石のおかげで魔力を回復し、治癒魔法で傷を塞いだところまでは、恵菜も覚えている。
また、あれはいくつかの幸運が重なったおかげでもあり、下手をすれば死んでいたというのも彼女は自覚していた。
しかし、シャルテが言っているのは、そういうことではなかったようだ。
『確かに、貴様を見つけた時に外傷は無かった。が、雪山で気を失った生物が生き残れると思うか? ましてや極寒の環境に適応できていない人間が』
「それは、人がいる場所の近くに水華に運んでもらおうと……」
『はっ、大精霊様をこき使おうとは、良いご身分だな。しかし、仮にそうしていたとしても貴様が助かる見込みは無かっただろう。あの時の衰弱具合を見るに、貴様の体力は人里に辿り着くまで持たなかったはずだ』
「そんな……」
そう言われ、恵菜は自らの認識が甘かったことを悟った。
傷を治せた時は、助かったという気持ちが彼女の心の中にあった。
が、恵菜の治癒魔法は延命措置にしかなっておらず、危険な状態に変わりはなかった。彼女は死のレールから外れたわけではなかったのである。
『人間一人どうなろうと我は構わんが、大精霊様の頼みもある以上見捨てるわけにもいかん。故に貴様を助けることにしたのだ』
「助けるって言っても、あなたはどうすれば良いか分かったの?」
知性ある生命体とはいえ、恵菜は人間でシャルテはドラゴンだ。
生物として全く違う相手に対して、適切な処理を施すことができたのか。
少し不安そうな恵菜に対し、シャルテは自信満々に口を開く。
『大精霊様から軽く経緯を伺い、我は貴様に血が足りていないのだと推測した。血が足りぬのなら補充してやれば良い』
「いや、そんな簡単に言うけど、血なんてどこから……って、まさか近くにいた人の!?」
恵菜が気を失った時、周りには水華が気絶させた兵士が何人もいた。
もしや、その人間を殺して血を抜き取り、自分に輸血したのではないか。
恵菜はそう戦慄したが、ドラゴンは首を横に振った。
『それも考えたが、大精霊様が人を殺すなと仰る故に、別の血を使った』
「別の血? 何を使ったの?」
『我の血だ』
恵菜の思考が一瞬止まった。
ただ、とんでも無い処置の内容を把握すべく、彼女は恐る恐る聞き返す。
「あなたの血……? え、ドラゴンの血を、私の体に……?」
『そうだ。我ら高位のドラゴンの血は自然治癒能力を高め、衰弱はもちろんのこと、怪我の治りも早くなる。それを取り込めば、貴様も助かる可能性があると判断した』
「そ、そんな事して大丈夫なの? 人間にドラゴンの血なんて、血液型とか相性とか……」
『血液型とやらは知らんが、相性の問題はそこまで気にしていなかったな。貴様はドラゴンの血を受け入れられるだけの器があると思っていたからな』
高位のドラゴンから認められるというのは、人間からすれば誇らしいことなのかもしれない。
だが、今の恵菜にあるのは嬉しさなどではなく、そんなことをして大丈夫なのかという不安だけだ。
「受け入れられると思った、って……受け入れられなかったらどうなってたの?」
『そうだな……肉体が我の血に耐え切れず、全身が弾け飛んでいたかもしれん』
「ちょっ、そんな物を私の体に入れたの!?」
あり得た最悪の結末を知り、恵菜がシャルテに抗議する。
一方で、シャルテは不思議そうに首を傾げていた。
『何を怒っている? 何もせずにいたら貴様は死んでいたのだ。我の血を与えて貴様が死んでも結果は変わらんではないか』
「そうだけど、そういう問題じゃないのよ!」
『おかしな奴だな。生き残ることができ、我の血を得たことで肉体としても強くなったのなら、良い事しかないではないか』
「だから、結果的に良かったからと言って……待って、何か肉体的な変化があるの?」
さらりと重要な事を流しそうになった恵菜が待ったをかけて自分の体を再度見渡す。
人間とは異なる体になっていないか。具体的には鱗や翼が生えていないか。
そういった不安が彼女の中を駆け巡っていたが、視界に映る範囲では、自らの体に異常は見当たらなかった。
『見た目は変わらん。傷の治りが早くなるだとか、今まで以上に力が出せるようになるといった変化だろうからな』
シャルテの説明を聞いた恵菜は手を握りしめて力を確認するが、確かに普段よりも強い力が出せているような感じがした。
しかし、勘違いの可能性もある。そこで、恵菜は自分の足下に転がっていた手のひらサイズの石を拾い、親指と人差し指二本だけで摘まむように持つ。
そのまま二本の指に思いっきり力を籠めると、石はバキッという音と共に真っ二つに割れた。
『どうだ、満足だろう?』
「…………そうね。でも、今のじゃ力が強くなったかどうか分からなかったの。だから、一発殴らせてくれない?」
恵菜が右手をグーにしながらシャルテに笑顔を向ける。
命が助かる副産物として得てしまった力を確認するには、目の前のドラゴンがちょうどいい。
『貴様、命を助けてやった相手を殴ろうとはどういう事だ! 礼の一言程度も言えんのか!』
「礼を言っていないのは、あなたも一緒でしょ! ちゃんと子供は返したのに!」
『無事に返せていれば感謝の一つぐらいしてやったわ!』
「私だって普通の体に戻っていれば感謝していたよ!」
またしてもギャーギャーと口論が始まる一人と一頭。
このままでは水華に注意されることは目に見えている。
それを止めるべく、今まで黙って話を聞いていたフルンが仲裁に入る。もちろん、今度は自分も参加することがないように。
『シャルテ、そこまでにしておけ。また大精霊様に怒られるぞ。エナ、貴様もだ。血が体に馴染むまで三十日程寝込んでいたことも怒りの原因かもしれんが、命があってこそだ』
フルンの言葉を聞いて、シャルテは『むぅ……』と黙り込み、恵菜も口論を止める。
しかし、恵菜の言葉が止まったのは仲裁されたからではない。
今まで以上に無視できない情報が、そこにあったからだ。
「フルン、今、何て言ったの?」
人間卒業。(何回目?)




