王女と冒険者
「謁見の準備が整いましたらお呼びします。それまでに王女様の方も準備を整えて頂ければと」
「分かりました」
一行を案内したフォニマスが、帝国側の準備のために部屋を出ていく。
「……あの爺さん、只者じゃないな」
フォニマスが完全に部屋から出て行った後、目だけを動かして彼をずっと見ていたステンが、独り言のようにそう言った。
「ん? 普通の文官じゃねえのか、あのフォニマスって宰相は」
「本人は文官らしく振舞っていたが、気配の消し方が一般人のそれじゃなかった。あとは城に入ってから手袋を脱いだ時、一瞬だけ手にタコが見えた。剣か何かの得物を長年使っているに違いない」
「確かに、見た目の年齢の割には、随分と身のこなしが軽いと思ったが……」
「どれぐらいの実力なんだろうな?」
「一連の動きを見るに、少なくとも一兵卒並みということはないだろう。下手すりゃフリフォニア王国騎士団の団長並みかもしれん」
「マジかよ。まさか、あんたより強いってことはないよな?」
「流石に負ける気はないな。俺にも第一騎士団の団長としての誇りがある。ただ、実際に戦っている所を見たわけじゃないからな。戦ってどうなるかは、やってみないと分からん」
「なるほどな。そこまで強い相手とあれば興味が湧くぜ。一度手合わせできねえかな?」
「待て。いつものリアナとの喧嘩で起きる問題はともかく、さすがに国際問題を起こすのは止めてくれ。頼むから俺だけで治められる範囲で留めてくれ」
ガンザ、ケインス、ステンの三人が、フォニマスが強者なのではないかという話題で盛り上がる。
そのせいで、彼らは気づくのが遅れてしまった。
「国際問題はともかく、今あなた達三人が抱えている問題にはお気づきで?」
「クレリア?」
いつのまにそこにいたのだろうか。すぐ傍で、クレリアが三人に向けて笑顔を向けていた。
もちろん、笑っているのは顔だけである。
「な、何だよ。俺はまだ何もやってねえぞ」
「あ、やべ――」
何も察していないガンザと、何かに気付いて部屋を出ようとするステン。
が、何もかもが遅かった。
「謁見前に王女様の準備をしますから、殿方の皆さんは出て行ってください! 準備が終わるまで扉の前で警備! 良いですね!?」
空気が読めなかった三人が部屋から放り出され、返答を待たずして扉がバタンと閉められた。
「まったく、ガンザさんはともかく、ケインスさんやステン様まで……」
「いや~、ケインスも意外と抜けてるところがあるからねー」
クレリアを宥めているのか、それともただ状況を面白がっているだけか。そんなことを言いながらリアナが笑った。
(リアナちゃんにそれを言われるなんて、ケインスさんも可哀そうに……)
「ん? エナ、何か言いたそうだけど、どうしたの?」
「えっ!? べ、別に何も無いよ!」
変な所で鋭い洞察力を発揮するリアナに驚きつつも、恵菜は何とか誤魔化す。リアナは尚も首を傾げていたが、「そんなことより」とクレリアに割り込まれる。
「早く王女様の身支度を整えましょう。謁見までどれぐらい時間があるのかは分かりませんが、こちらの準備でお待たせするのは心象を悪くされかねませんから」
「ええ。エナちゃんも手伝ってもらえますか?」
一応、他国に行くというだけあって、エリスは道中の移動でもそれなりの服装を身に着けていたが、さすがにそのまま謁見できる程ではない。
ヴェンガーゼに到着したのは、ついさっきのことだ。化粧も含め、今から謁見用の正装に着替える必要がある。
「うん、分かったよ」
恵菜はもちろん了承し、収納袋からドレスや化粧道具を取り出した。
本来、これらはお付きの侍女の役目だ。しかし、通訳同様、事前に入国しているはずの者は行方不明となっている。そのため、急遽として恵菜や冒険者組にその役目が回ってきたのだ。もちろん、追加の依頼として。
「ねえ、あたしは何かやることないの?」
リアナが自分を指差してそう言うと、クレリアは少し考えた素振りを見せてから口を開く。
「リアナさんは何もしないことが一番協力になると思いますが……」
「どういうことよ!」
何か問題を起こさないように大人しくしていてくれ。
言外にそう言われたリアナが立腹するが、すかさず恵菜がフォローに入る
「ほ、ほら! エリスちゃんの準備には二人もいれば十分だし、逆に三人もいるとお互いが邪魔になっちゃうかもしれないじゃない? でも、もし手伝ってくれるっていうなら、部屋の中に誰か入ってこないよう警備していてほしいなー」
「なるほど、そう言われちゃ仕方ないわね。扉はケインス達がいるだろうし、あたしは窓から不審者が入ってこないか見ておくわ!」
頼られて嬉しいのか、リアナが窓際に移動して外の様子を監視し始める。この国に窓から城の中へ不法侵入してくる輩などいるのだろうか。
「……あれなら大丈夫そうですかね?」
「そうですね。長時間は無理でしょうが、王女様の準備を整える間ぐらいなら、リアナさんの忍耐力も保つでしょう」
それでも、リアナが問題を起こさないようになってくれるのなら、あえてそれを指摘する必要はない。恵菜とクレリアは、窓へ向かうリアナの後ろ姿を見守りながら、エリスの身支度を整え始めた。
「……えっと、クレリアさん、だったでしょうか?」
黙々と進む作業の中で、エリスがクレリアに問いかける。
「はい。何か御用でしょうか?」
「随分とドレスの着付けや化粧の手際が良いですが、どこかで学んだものですか? 言葉遣いも随分と丁寧ですし、まるでそういった教育を受けたかのように感じるのですが」
こういったものは素人がやったところで上手くはいかない。侍女としての教育を受けた者ならばともかく、一般人が自然と身に着けられる技術ではないからだ。
恵菜も公爵になった際、エリスから最低限の貴族教育を受けてはいるが、侍女の仕事内容までは完璧でない。元の世界の知識で一部補完できるものはあれど、動きは一流には程遠い。
それでもエリスの身支度がスムーズに進んでいるのは、クレリアの働きによるものに他ならない。エリスは、どうして彼女がその技術を持っているのか気になったのだろう。
「実は昔、依頼で貴族の侍女として働いていたことがあります。当時の私はまだ今のパーティには所属しておらず、冒険者ランクも低かったので、受けられる依頼が限られていましたが、運良くこの依頼は受けることができました」
ギルドの依頼というのは、依頼のランクが高い程、危険なものが多い。逆に言えば、街の中で受けられる雑用の依頼は、ランクが低い者でも受けられる。クレリアの言った侍女の依頼は場所にもよるが、基本は後者だ。
「正式な侍女を雇うまでの間という期限だったのですが、人選が上手くいかずに長引き、気づけばかなりの知識と技術を得るまでになりました。まさか、その経験がこのような形で生かされるとは思いませんでしたが」
「そうだったのですか。この様なことを聞くのは野暮かもしれませんが、冒険者を辞めて侍女としての道を歩もうとは思わなかったのですか?」
「……その道も少しは考えました」
一瞬だけ手が止まるクレリアだったが、続けて口を開く
「ですが、私は外の世界が見たかった。安定した仕事というのも良いですが、常に同じ景色を見ることになりそうで……。危険でも自由にどこでも行ける冒険者の方が、魅力的に見えたのです」
「なるほど……」
そこまで言ったところで、クレリアは気づく。自由の無い職や地位に就くことに魅力がない。そう言っているのと同じであることを。
「あっ、も、申し訳ありません! 決して王女様のことを否定したいわけではなく――」
「いえ、クレリアさんの言うことは理解できます。私も時に思いますから。外に行ってみたいな、と」
「王女様もですか?」
「ええ。今でこそ、こうしてお城の外に出る機会がありますが、昔は常に外の世界に憧れていました。冒険者も大変な職であることは理解していますが、エナちゃんやリアナちゃんを見ると思うのです。私も冒険者になれたら、と」
その言葉を聞いて、恵菜がサッと目を逸らす。貴族だが自由に生きている彼女にとっては耳の痛い話だ。
が、クレリアはエリスの話を聞いて「ふふふ」と笑い、小さな声で続ける。
「王女様が冒険者ですか……。どうします? もしかしたら、リアナさんみたいな問題ばかり起こす人とパーティを組むことになるかもしれませんよ?」
「それはそれで新鮮な体験かもしれませんが、何度も経験しているクレリアさんとしては辛いものでしょうか?」
「辛すぎてお腹が痛くなりますよ。ただ、退屈はしないでしょうね」
「あら、それは羨ましいですね」
そう言って、クレリアとエリスが笑い合う。
が、エリスは分かっている。自分が冒険者になるわけにはいかないことを。
「しかし、いくら願ったところで夢物語……私は王女として生を受けましたから、王女としての務めは果たさねばなりません。特に、此度の外交は絶対に失敗するわけにはいきません」
「王女様……」
「いくら自由に外へ行ける冒険者といえど、帰るべき街は必要でしょう。それを守るためにも、私は最善を尽くします。この身はそのためにあるのですから」
初めての――それも国の命運に関わるような重大な外交を託されたエリスは、相当なプレッシャーを感じているはずだ。
そのプレッシャーを和らげてやりたい。ただ、今の自分は冒険者として雇われている身。立場の違う自分が、目の前で微笑む彼女にどう返答してあげればいいのか分からない。
思わず黙ってしまうクレリア。そんな彼女に助け舟が出る。
「大丈夫だよ、エリスちゃん」
「エナちゃん?」
「言ったでしょ、私も手伝うって。それにエリスちゃんの言う通り、フリフォニアには私が帰る場所もあるから。守るためには助力を惜しまないよ」
「あたしも、あたしも! エリスのためだったら何だってやってやるわよ!」
恵菜とリアナの言葉を聞いたクレリアがやっと気づく。
簡単なことだったのだ。今かけるべき言葉が何なのかは。
「王女様。私も微力ながらお手伝いさせていただきます。今このお手伝い以外にも、何かあれば遠慮なく仰ってください」
「……皆さん、ありがとうございます。絶対に外交を成功させましょう」
まだエリスの心の内に不安はあるだろう。
だが、今の三人の言葉のおかげで、彼女が不安に押しつぶされる心配は無くなったようだ。
次回、ついに謁見へ。




