外交の本格化
「ふぅ……」
待機室へ通されたエリスは、一時的とはいえ休息の時間を得られたことに安堵していた。
「エリス、大丈夫? 疲れてない?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
様子を確認したリアナに対して、エリスは笑顔で答える。その表情や声に疲労は見えない。
だが、休憩は最小限だった長旅に加え、道中のドラゴン襲撃。体も心も休まらない七日間の移動だった。疲れるな、という方が無茶な話のはずだ。リアナも含めて周りにいる護衛は、一般人に比べてかなり丈夫であるため問題ないかもしれないが、エリスは違う。
それでも微塵もその様子を表に出さないのは、王族の英才教育としての賜物か、それとも彼女の精神力の強さか。
「心配してくれてありがとうございます。ただ、リアナちゃん達は道中が本番みたいなものでしたが、私にとってはここからが本番です。気を引き締めなければ」
「それならいいんだけど、無理だけはしちゃ駄目よ?」
「ええ。気を付けます」
エリスの仕事は、この帝都に着いてから本格的に始まる。ここからは休める時間が限られるかもしれない。リアナはそれを心配したのだろう。
が、その親切心からの行動を、物珍しそうに周囲が見ていた。主に同じパーティの三人が。
「……何よ?」
「いや、お前ってそんな相手を心配することできたんだなって」
「そこまで成長したんですねっ……! いつも迷惑かけてばかりだったあのリアナさんが、よくそこまで!」
「その心配りを微塵でもいいから俺達にも向けてくれ」
「なんで三人揃って喧嘩売ってくるのよ? 買うわよ?」
驚き、感動し、切実に頼み込む三人にキレるリアナ。火をぶっ放しかけたが、後ろから服の袖をクイクイと引かれて振り返る。
「どうしたの、エナ?」
「私、道中もこれからも常に本番なんだけど、リアナちゃんはエリスちゃんしか心配してくれないの?」
「あー……確かに可哀そうだとは思うけど、半分ぐらい人間辞めてるエナに心配は不要かなって」
「酷い!?」
ちょっとした嫉妬心でもあったのだろうか。友達に心配してほしい恵菜だったが、無情にも突き放されてしまう。
その光景がよほど面白かったのだろう。エリスや冒険者組、果てにはリアナと恵菜までもがクスクスと笑った。
「お前達なぁ……今は俺達以外に誰もいないからいいが、人目があるところでこんな事するなよ? 国の品位が疑われるからな」
このメンバーの中でお目付け役ポジションになりつつあるステンから注意が飛ぶ。こんな様子を見られでもしたら、「何やってるんだこの一行は?」と思われる事、間違いなしだ。それで外交が失敗したら目も当てられない。
と、その注意の直後に、待機室の扉がノックされる。全員が慌てて何事も無かったかのような態度に戻るとほぼ同時に、中へ一人の男性が入ってきた。
「遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。皆様の案内を務めさせていただく、フォニマスと申します」
そう言って深々とお辞儀をする彼に対し、エリスも礼を返す。
「フリフォニア王国第二王女のエリステリア=フリフォニアです。こっちは私の補佐を務めるエナになります」
「フリフォニア王国公爵、エナ=シモヅキです。よろしくお願いいたします。」
エリスから紹介され、恵菜は少し前に出て挨拶をした後、再びに後ろに下がる。今はエリスが主役だ。
「それで、案内していただけるということは、今から皇帝陛下へのお目通りが叶うのでしょうか?」
「可能な限り早く謁見したいと窺っておりましたため、これからの謁見となります。城へ到着後、エリステリア王女様の準備が整い次第、謁見の間まで案内する予定ですが、問題ないでしょうか?」
「はい。迅速な対応に感謝いたします」
フリフォニア王国側が早急に謁見を求めたのは、もちろん戦争回避のために早く皇帝と会う機会を設けたかったからだ。
しかし、最初の謁見は挨拶みたいなものに留まるだろう。今まで国交が無かったため、お互いに面識はないのだから無理もない。
エリス達もそれは認識している。本題に入るのは、後日設けられるであろう会談からだ。
「では、ご案内いたします。こちらへお越しになるまでの長旅で、そりを牽引する犬に疲労があることでしょう。こちらで新たにそりを用意いたしました」
外に用意されていたのは、エリス達が移動するのに使ったものよりも意匠に凝ったそりが二台。しかし、そり自体の大きさは小さめで、一台に全員が乗ることは難しそうである。
「このヴェンガーゼは帝都になる前は小さな街でしたため、所々に狭い道がございます。そのため街の中の移動では、このような小型のそりしか使えないのでございます」
「なるほど、そういった理由なのですね。そり一台に乗れるのは、四人ぐらいまででしょうか」
そう言って、エリスはチラっと恵菜の方を見る。それに気づいた恵菜は、二台のそりに分れて乗らねばならないことをステンに伝えた。
「なら、俺と嬢ちゃんがエリステリア王女と共に乗ろう。冒険者組はもう一台の方だ」
ステンは恵菜と共に王女と同じそりに乗る判断を下す。さすがに街の中で危険な目に遭うことはないと思われるが、万が一に備えて高い戦力となる人間を傍に置いておきたいからだ。また、ケインス達を別のそりにしたのは、別に戦力が劣っているからではなく、同じパーティで行動している四人で固まっていた方が動きやすいだろうといった理由からである。
その判断に反対する者はおらず、各々が指示通りのそりに乗り込む。フォニマスは人数的に余裕のあるエリス達のそりへと乗り込んだ。
ゆっくりと進むそりから、恵菜は視線だけを動かして周囲を見る。
しばらく街の様子を観察して分かるのは、ランドベルサに比べて武装している人の数が多いことだ。装備や荷物からして、街の住人というより、どこかからこの帝都へやって来たといった感じだ。
「そういえば、フリフォニアからサンドルクに至るまでの道中は問題無かったですかな? 失礼ながら、王女様を護るにしては少々、護衛の方々の数が少ないような気がしたもので」
ふと、そりの前方に座るフォニマスからそう尋ねられる。
「心配頂き、ありがとうございます。ですが、我が国でも選りすぐりの兵士ですので心配には及びません。途中、魔物に襲われることはありましたが、こうして無事に到着できた事こそ、その証です」
「なるほど。確かに、あちらのそりに乗る方々もさることながら、老いぼれの私でも、こうして同じそりにいるだけで竦んでしまいそうな猛者の気配を感じます」
そう言って、フォニマスは逆側に座るステンを見やる。
だが、恵菜はフォニマスが一瞬、自分の方へ視線を向けたように見えた。
しかし、今の見た目は完全にどこぞの令嬢だ。冒険者であることは明かしておらず、目の前で戦うようなこともしていない。
(私の思い込みかな……)
視線を振る途中の視界に自分がいて、偶然目が合ってしまっただけだろう。恵菜はそう思って、変に考えることを止めた。
そうこうしている間に、進行方向に見えていた城がかなりの大きさに見えるぐらい近くに来ていた。正面の大きな門をくぐり、そりは城の入口前で止まった。
「先程説明いたしました通り、これから皆様を控室へご案内します」
そりを降りた一行は、フォニマスに連れられて城へ入る。
ランドベルサの城に比べ、こちらの城は彩りを豊かにする類の調度品は少なく、絵画や花といった物は一切見当たらない。その代わりに、いくつかの武器が飾ってあるぐらいだ。その武器も宝飾が施された飾り用ではなく、間違いなく実用のものである。
「こちらが控室になります」
一体、どんな控室に通されるのか。そう思っていた恵菜だったが、案内された部屋は一転、豪華な飾り付けが施されていた。暖炉の火がパチパチを燃える部屋の中は暖かく、先程までの寒さから解放されるだけで心が休まる。
そこでやっと、恵菜は部屋の外の飾りが少ない理由が分かった。
ヴェンガーゼが寒い気候だからだ。雪で覆われるぐらいの寒さでは花は元気にならず、絵画の類も保存は難しいだろう。暖炉等で暖めるにしても、大きな城全体を暖めるには膨大な燃料が必要となってしまう。それを嫌ったために、部屋の中だけの装飾にとどめているのかもしれない。
この城の主は、一体どういった人物なのか。これから会うであろう、まだ見ぬその人物について、恵菜は想像を巡らせるのだった。
本格化……?




