帝都ヴェンガーゼ
「……暇だわ」
そりの縁に顎を乗せ、目の前を高速で通り過ぎていく景色を見ながら、リアナがそんなことを言った。
ドラゴンとの遭遇の後、エリス王女一行は何とかウォルデス山脈を越えることに成功。今はサンドルク帝国側の麓にある林を抜けている最中だ。
「リアナさん。私達は護衛なのですから、しっかりと周囲を警戒してください」
「大丈夫、こう見えてちゃんと索敵はしてるから。でも、あのドラゴンと遭遇してから一回も魔物は出てきてないじゃない」
だらけているようにしか見えないその姿に、クレリアが苦言を呈すが、リアナも完全に護衛を放棄しているわけではないようだ。木々の間に不審な影がないかを確認するために、せわしなく目だけは動かしている。
「良い事ではありませんか。王女様の身に何かあっては困りますから」
「それはそうなんだけどね。でも、何というか、あたし達護衛らしいこと何もしてないじゃない? ドラゴンも結局は恵菜がエリスを守ったんだし、ちょっと消化不良みたいでさ」
「あー、確かにそう言われるとそうだな」
同じく思うところがあるのか。リアナの考えにガンザも賛同し始める。
「でしょ? だから、このまま給料泥棒で終わるより、もう一、二回ぐらい魔物と遭遇しないかなーって思っちゃうわけ」
「ああ。できれば俺達でギリギリ勝てるかも、ってぐらいの強さの奴がいいな」
「あ、あれ、このままだと私達、大した働きもせずに報酬を得ることに? リアナさん達の言う通り、本当は魔物と遭遇した方が……?」
「落ち着け三人とも。なんで護衛依頼なのに魔物を倒したがってるんだ」
暴走する二人と、それのせいで混乱し始めたクレリアに対し、ケインスが冷静に正論をぶつける。
その様子を見て、ふふっと笑ったエリスがケインスに話しかける。
「ケインスさんは落ち着いていますね。四人の中では、ケインスさんが中心なのですか?」
「中心というか、まとめ役というか。まあ、何かと問題が起きやすいから、それを鎮火することが多い」
「まあ。大変ではないですか?」
「大変だ。ただ、この四人で長い事やっているから、もう慣れてきた感じはある。……慣れたくは無かったが」
やれやれ、といった感じでそう言うケインス。だが、何だかんだでその立ち位置で気に入っている。エリスの目にはそう見えた。
そんなエリス達の様子を眺め、そりの前方に座る恵菜がポツリと呟く。
「皆、楽しそうですね」
「普段の外交だったらあり得ないことだけどな。王族と護衛であんなに仲良く話し合うところなんて、今までに見たことないぞ」
「まあいいじゃないですか。ずっと張り詰めた空気より、道中ぐらいは楽しい方が」
「それは、そうかもしれんがなぁ……」
ステンぐらいの立場になれば、今までに何度も王族の護衛をしたことはあるだろう。そんな彼からしても、今回の雰囲気は異常に見えるようだ。もっとも、その様子を諫める気はなさそうだが。
「ところで、帝都まであとどれぐらいですか? 今日中に着くはずでしたよね」
「この林を抜けたらすぐだったはずだ。おっ、そんなこと言ってたら、終わりが見えてきた」
そりはそのままのスピードで駆け抜け、木々で囲まれた空間から解放される。
一気に広がる雪原地帯。生憎と天気は曇りだが、もしも晴れていれば白い地面はキラキラと輝いていたことだろう。
そして、その雪原の向こうに見えるのは、まるで砦かと思わせる重工な造りの街だった。
「あれが、ヴェンガーゼ?」
「そうだ。サンドルク帝国の皇帝が生まれた街で、帝国を再統一した後、急速に発展した帝都。しかし、これは凄いな……」
街を囲う塀は、恵菜が今までに訪れたことのある街の中で一番高く、来る者を威嚇するかのように弩砲がいくつも備え付けれらている。
そして、奥に見えるのは、その塀よりも高く聳え立つ城。ランドベルサの王城は白を基調としていたが、こちらは黒を基調とした造りだ。所々に積もった雪によって白と黒のコントラストが生まれ、見る者に不思議な美しさを感じさせる。
「よし。エリステリア王女、私は入門の手続きをしてまいります。しばしお待ちを」
街に近づいたところでそりを止めたステンは、そう言ってそりを離れていく。ヴェンガーゼに入った後は、そのまま皇帝に謁見する予定だ。
「いよいよ、外交の本番ですね……」
「エリスちゃん、大丈夫?」
「ちょっと緊張してきました。でも、エナちゃんがいてくれると思うと、頑張れそうな気がします」
「そう言われると、逆に私が緊張してくるんだけどなぁ」
エリスだけでなく、恵菜も外交は今回が初。いや、それどころかステン以外は外交に同行したことすらない。緊張するなという方が無茶な話だ。
それでも、こうして笑いながら前向きな発言ができるぐらいの余裕があれば、ガチガチに固まって何もできない心配は無いだろう。
と、ここでケインスがふとあることに気付く。
「なあ、あれ、何か揉めてないか?」
そう言われて全員がケインスの視線の先を追うと、ヴェンガーゼの門前でステンが守衛達と話し合っているのが見えた。ただ、普通に話しているというよりは、ケインスの言う通り、何か言い争っているように見える。
「何かあったのでしょうか?」
その様子を見て不安になるエリス。ステン達の声は聞こえるものの、何を言っているのかまでは聞き取れなかった。
「誰か行った方が良さそうなら、あたしが見てこようか?」
「いや、お前が行くともっと揉めるだろ。すぐにキレて火吐くしよ」
「はあ!? そんなドラゴンの真似事なんかするわけないでしょ! 大体、筋肉でしかモノを語れないあんたよりは揉めない自信あるわよ!」
「な、何だと!? 俺だってちゃんと言葉ぐらいしゃべれるわ!」
「おい、どうしてお前達二人まで揉めるんだ」
何故か言い争い始めたガンザとリアナを仲裁するケインス。とてもじゃないが、ステンの様子を見に行ける状況ではない。
「あー……私が見てきますね」
「え? それなら私が行った方が――」
「いや、クレリアさんはこっちを何とかしてあげてください」
立場的なことを考えれば、クレリアがステンの様子を見に行く方が良い。が、こちら側の争いを止めるのはクレリアの方が慣れているだろう。エリスに行かせるのもナンセンスとなると、恵菜が行くのが一番良さげな選択肢
だ。
「……すみません、お願いします」
「じゃあ、行ってきます。代わりにそっちはお願いしますね」
そう言って恵菜はステンの方へと向かう。途中、後ろで雷が落ちる音が聞こえたが、予想できたことなので無視した。
「ステンさん。何かあったんですか?」
「ん? エナの嬢ちゃんか。それがなぁ、頼んでおいた通訳の人間がいないみたいなんだ。おかげでお互い上手く意思疎通ができなくてな」
「通訳? 誰か雇っていたんですか?」
「いや、雇っていたわけじゃない。山越えの人数を増やしたくなかったから、あらかじめフリフォニアから通訳の人間を送っておいたんだ。ただ、ここにいないとなると、伝達の者に何かあったのかもしれん。ドラゴンによるものか、また別の要因かは分からんが、どうするか……」
本来、外交の時には入念な準備を行う。多人数での移動が厳しくて事前に人材を送り込むにしても、それが完了したことを確認してから外交の人間が向かうのが普通である。
が、今回の外交は急に決まったことであり、その準備期間がほとんど無かった。通訳の人間を送ることはできても、道中無事であったかの確認まではできていなかったのである。
失敗が許されない外交の初っ端でまさかの躓き。これにはステンも少し焦る様子を見せていた。
「あの、代わりに話しましょうか?」
「エナの嬢ちゃんが? 当たり前だが、フリフォニア語は通じないぞ」
「分かってます。とりあえず、話してみるだけ話してみますね」
恵菜がステンの前に出て守衛と向き合った。
「えっと、あなたは……?」
守衛のその言葉を聞いた瞬間、恵菜は頭の中で何の言語で話すべきかを理解する。
「フリフォニア王国から来ました、エナ=シモヅキです。外交で皇帝陛下にお会いするため、フリフォニア王国のエリステリア王女と共に参りました」
自分達が訪れた目的を兵士に告げる。今まで不審な目を向けていた守衛だったが、目の前にいる者達が要人であることを知った途端、慌てて姿勢を正した。
「フ、フリフォニア王国の王女一行様でしたか! これはとんだ無礼を!」
「いえ、構いません。こちらの手違いがあったようですから。ちなみに確認したいのですが、フリフォニア王国から通訳の者がここに来ていないでしょうか?」
「通訳、ですか? 少々お待ちください」
守衛がそう言って確認を取りにその場を離れる。
そして、しばらくして戻ってくると、首を横に振った。
「ここしばらくの間で、フリフォニア王国からは商人が何人か来ましたが、他には来ていないとのことでした」
「そうですか……。この後、皇帝陛下に謁見する予定なのですが、そちらも伝わっていないでしょうか?」
「いえ、それに関してはこちらでも把握しております。先程、城へ使いの者を行かせましたので、しばらくすれば迎えが来ると思います。それまでお待ちいただきたいのですが、流石に外だと寒いでしょうから、一旦、屋内へとご案内します」
「ありがとうございます。――ステンさん、どうやら通訳の人はそもそもヴェンガーゼまで来ていないようでした。謁見については伝わっていたみたいなので、迎えが来るまでの間、屋内で待機だそうです」
「そ、そうか。それならやっぱり、通訳は道中で何かあったと考えるべきだろう。……しかし、よくそんな流暢にサンドルク語を話せるな。統一言語ができて間もないせいで、サンドルク国外だとあまり触れる機会が無いと思うんだが」
「えっ? あ、あーっと、あれです。リルシャート王国の学校へ行ったときに、サンドルク語を話せる人がいて、教えてもらったんです」
何とか誤魔化そうと嘘を吐く。何語でもしゃべれるなどと知られれば面倒になることこの上なく、それに言語の習得方法が神様関連だ。真実を話せば頭が残念な人扱いされかねない。
「教えてもらったって言っても、エナの嬢ちゃんが通っていたのは一年ぐらいじゃなかったか? そこまで完璧に習得できるものか、普通?」
「も、物凄く厳しく教えられたので……」
少し訝しむ様子を見せるステンだったが、何か腑に落ちたように一度頷く。
「まあ、エナの嬢ちゃんは色々と規格外だからな……」
「? 何か言いました?」
「いや、何でもない。それよりも嬢ちゃんがサンドルク語を話せるっていうなら心強い。エリステリア王女も教養豊かで多少は話せるが、こういった事務的な作業はできれば俺達で済ませたいからな。負担は増えるかもしれないが、この後も任せていいか?」
「はい。任せてください」
身分の事を考えれば、恵菜がこういった役目をすることも普通はあり得ないことではある。しかし、エリスとの二択となれば、適任は恵菜だろう。
良くも悪くも、恵菜は自分が貴族であるという意識が低い。こういった下働きに対しては何の躊躇も無かった。
忘れがちですが、この娘、全部の言語話せるんですよ。




