サンドルク帝国の歴史
サンドルク帝国は武力を尊んできた歴史があるが、最初からそうだったわけではない。
元々、サンドルク帝国は近隣諸国との交易を盛んに行っていた。大陸の北端に位置するが故に、雪が多くて作物が育ちづらく、国を支えるために他国との交易が必要不可欠だったからだ。
幸い、サンドルク帝国国内では鉱物の産出があり、それらと作物を交換することができた。しかし、サンドルク帝国にとって、生きるために必須の作物は鉱物よりも価値が高い。それに気付いた他国は、自らの利益が増えるよう、徐々に交易レートを釣り上げていった。
サンドルク帝国にしてみればそれは死活問題である。いつまでも交易に頼っていては、帝国は破滅の道を歩むだけ。
そして、当時の皇帝はこれを打開するために、他国を侵略する方針を決定した。
不釣り合いなレートでも構わず、兵糧のための食糧を貯めながら、産出する鉱物で武器の類を揃える。他国がその動きに気付いた時には、もう帝国側は全ての準備を整え終えていた。
何の準備もできていなかった隣接していた国々へ宣戦布告し、首都を攻め落とすまでに時間はかからなかった。比較的雪が少なく、農作物が多く取れていた国を落としたことで、懸念されていた食糧問題も解決していく。
ただ、帝国はそこで止まらなかった。足元を見るような交渉をしてきた国に、今までのツケを払わせるべく、侵略をし続けたのである。
それにより、サンドルク帝国は大陸北部で最大の国となった。周辺の国は全て帝国に忠誠を誓う友好国ばかりとなり、食糧問題も解決したことで帝国は安泰かと思われた。
だが、そう甘くは無かった。サンドルク帝国の侵略が終わってしばらくして、皇帝とその血筋が相次いで病に伏し、全員が亡くなったのである。
国を治める人間がいなくなったことで、帝国内のあちこちで内戦が起きた。我こそが次の皇帝になると、あちこちで兵を挙げる者が続出したのだ。
領土拡大前のように、大小様々な地域勢力が誕生。せっかく統治できていた帝国が一気に衰退する原因になるのではと、国内外で心配されたぐらいだ。
もっとも、そうはならなかった。ウォルデス山脈の近くにあった街――ヴェンガーゼで兵を挙げた一人の男によって、瞬く間に各地の勢力が制圧されたのである。
何故、そんなことができたのかと言われれば、話は簡単。その者の持つ実力が、周りと比べようもないぐらいに優れていたからだ。
将でありながら護衛の兵を付けず、周囲の一兵卒同様に戦場を駆け回り、数多の敵兵を葬り去る。一騎当千の活躍をする彼に、どの勢力も手を付けられなかった。
その結果、サンドルク帝国はほぼ彼一人の力で再度安定を取り戻した。亡き皇帝の影響で武力を尊ぶようになっていた国民は彼に心酔し、彼が皇帝の座に就くことに反対する者はいなかった。
これが今のサンドルク帝国を治める皇帝――グライザード=サンドルクが誕生した歴史である。
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コンコンとドアがノックされる音が室内に響く。
「入れ」
「失礼いたします」
俺が反応すると即座にドアが開く。
入ってきた者の顔を確認すると、俺は仕事をしている振りをするために手元に持ってきた書類を放り出した。
「何だ、フォニマスか。ちょうどいい、茶でも入れてくれ」
「畏まりましたが、その前に宰相としての務めを果たさせていただけるとありがたいですな。陛下と違って忙しい身でして」
「酷い言われ様だな。これでも皇帝として日々働いているのだぞ?」
「書類を投げ出すのが皇帝の仕事であるのなら赤子でも務まりますが」
中々に厳しいことを遠慮なくぶつけてくる。幼少の頃から執事として面倒を見てきたフォニマスにとって、俺はまだ手のかかる子供扱いなのかもしれん。もっとも、俺は別にそれで機嫌を損ねはしないが。
「それで、何の用だ?」
「陛下が計画している件ですが、順調に進んでおります。予定通り、三日後には開始できるかと」
「ほう。それは良い知らせだな。人の方も集まりそうか?」
「はい。腕に覚えのある猛者達が各地から集まっております」
その返答に頷き、俺は後ろの窓から外を見下ろす。眼下に広がる帝都の街並みの中に、鎧をと武器を身に着けた者や、ローブを纏う魔術師然とした者の姿が見えた。
なるほど。確かに、いつにも増して血気盛んな者が集まっているようだな。
「当初の予想を上回る程の集まり様です。これも皇帝陛下の人徳のなせる業かと」
「ふっ、世辞はよせ。俺に人徳などありはしない。所詮は褒賞目当てなだけだ」
「それもあるかもしれません。しかし、本当に良かったのですか? 飛び入りの褒賞の方はともかく、国民に対してあのような約束をしてしまって」
「構わん。参加する者のやる気が出るのなら何だって良い。それに俺も参加するのだからな」
俺がそう言うと、執事は少し驚くような、しかしそう言うだろうと知っていたかのような曖昧な表情を見せた。
「陛下自らが?」
「当然だ。皆が戦う様子を、座して眺めるなど性に合わん。俺も同じ土俵に立ち、全て踏み潰してくれる」
「……あまり無茶はなさらぬように」
「なんだ、あまり心配していなさそうだな」
「陛下の実力は今更疑いようもないことなので。懸念があるとすれば、あまりの暴れっぷりに、見ている者にトラウマを植え付けかねないことでしょうか」
「相手のことなど一々考えていられるか。その程度でトラウマになる者など、戦場に立つ資格は無い」
俺は再び窓から街を見下ろして、さらに続ける。
「彼らはさらに己の名声を上げたいがために、ここへ集まっただけだ。中には下剋上を狙う者もいるだろう。俺がそうしたように」
「…………」
何故かしんみりとした雰囲気になる。そんなつもりは全く無かったのだがな。
どうにか空気を一変させられないだろうか。そう考えた俺だったが、ふとある事を思い出した。
「そういえば、今日はフリフォニア王国から使者が来ることになっていたと記憶しているが?」
「はい。本日の昼過ぎに帝都へ到着する予定です。到着後すぐに陛下に謁見する予定となっています」
「やれやれ、皇帝というのは意外と面倒だな。性分としては一兵卒の方が合っているかもしれん。どうだ、代わりに皇帝になってみる気はないか?」
「ご冗談を。それよりも、まさかそのためにあの約束をしたのですか?」
おっと、少し怒り気味だな。失言だったかもしれん。
「それこそまさかだ。あれは参加する者の士気を上げるための餌みたいなものだからな。俺は負ける気など更々無い」
「……そういった考えであれば大丈夫でしょう。しかし、油断などはなさらぬ様にお願いいたします。万が一があっては、私めも路頭に迷うことになります故」
「誰にものを言っている。言っただろう、全力で潰すだけだと」
「それならば私から言う事は何もございません。以上が報告となります」
「ご苦労。では、茶を頼む」
「畏まりました。……そういえば、陛下。その先程の放り投げたものですが、やはりいつも通りの?」
茶の準備をするフォニマスが、チラリと床に落ちた書類を見ながら聞いてきた。
「ああ、今回のは何とか伯爵からの手紙だ。うちの娘を妃にどうですか、とな」
「モテる男というのは辛いですな」
「他人事のように言うな。考えてもみろ。あまり親しくも無い相手からいきなり女を紹介されるのだぞ。何か裏があるとしか思えんだろう」
「裏しかないでしょうな。しかし、皇帝になられてからしばらく経つというのに、こうも妃を取らぬと少々訝しがられますぞ。既に陛下は男好きなのでは、という噂も立っております」
何だと……。
「もしや、本当に――」
「あるわけないだろう馬鹿者! 単に俺の眼鏡にかなう者がいないだけだ! それより茶はまだか!」
「はいはい、ただいま用意いたしておりますぞ」
くそっ、フォニマスめ、完全にからかっているな。
だが、変な噂が立つのは確かに困るな。魅力的な女性でもいれば話は早いのだが……。
「……戦場で戦乙女にでも会えぬものだろうか」
「無理でしょうな」
どうやら独り言は聞こえていたようだ。
意図せず変な噂が立つことってありますよね。




