彼女達がすべきこと
「……一先ず、良かったと言うべきなのかな」
ドラゴンとの戦闘を避けられたことに、私は安堵した。期限内に卵を持ち帰らないといけなくなったけど、今この場で命を落としかねなかった状況から脱せたのだから。寿命が延びたこと自体は喜んでいいと思う。
それもこれも、水華のおかげだ。
「ありがとう、水華。助かったよ」
『? 私、何カシタ?』
「うん。すごく働いてくれたよ」
水華がいなかったら、ドラゴンと約束をすることはおろか、あれ以上会話することもできなかった。ちょっと強引だったけど、間に立って私の言葉を伝えてもらうことで、ドラゴンを頷かせてくれた。もはや命の恩人と言っていい。いや、恩精霊?
『ジャア、マタ、オ話シテクレル?』
そんな働きに対して水華が求めるものは、いつも通りだった。毎回思うけど、対価として釣り合うかと言われると首を傾げる。おとぎ話に出てくる悪魔みたいに魂を寄越せとか言ってこないのは有難いけど、逆に申し訳なさが出てくる。
まあ、水華がいいなら文句は無いんだけど。
「いいよ。でも、街に着いてからでもいいかな? ここだと落ち着けないだろうし」
『分カッタ』
ドラゴンの脅威は去ったけど、魔物に襲われる可能性はまだある。水華には悪いけど、対価の清算はちょっと先延ばしにしてもらって、エリスちゃんが隠れている、そりの方へ向かう。
「エリスちゃん、もう出てきてもいいよ……って、あ、あれ?」
そりの後ろを覗き込むと、エリスちゃんとウォルデスハスキー達が共に気を失っていた。ドラゴンのプレッシャーに耐え切れなかったのかもしれない。
エリスちゃんの肩を揺すってみる。……駄目だ、起きる気配がない。
『エリス、起キナイナラ、水デモ掛ケル?』
「いやいや、雪山でやったら死んじゃうから駄目だよ」
これだけの寒さで水なんて掛けたら、一瞬で体温を奪われてお陀仏だ。目を覚まさせるつもりが永眠させてしまった、なんて洒落にならない。
もう一回、エリスちゃんを起こそうとしてみても、起きる気配は無い。このままだと体温が下がっていかないか少し不安になったけど、ウォルデスハスキー達が身を寄せ合うようにエリスちゃんを囲んでいる状態だから、心配ないかもしれない。むしろ凄く温かそう。
考えた結果、エリスちゃんを起こすのは後回しにして、ドラゴンが塞いじゃった道を開通させることにした。
「水華、ちょっと下がってて。――『フレイムランス』」
氷塊に向けてフレイムランスを飛ばす。
属性の相性は悪いけど、温度を上げて溶かすぐらいならできるかなと思ったからだ。
けど……
「うわ、全然効いてない……」
フレイムランスがぶつかった個所を見ると、少し凹んでいただけだった。溶けた水が即座に固まってしまったみたい。
中級魔法でこれだとすると、上級魔法をぶつけても溶かしきるまでに何発必要なんだろう。属性的に有利な土属性の魔法で掘削しても、どれぐらいかかるか分からない。
こんな氷をポンと出現させれるなんて、あのドラゴンどれだけ強いんだろう。本当に戦闘にならなくて良かった。
『ココ、通リタイノ?』
「うん。でも、氷を解かすか壊すかするのに時間がかかりそうで……」
『ジャア、退カシテアゲル』
そう言って水華が指を振るう。
「……あれ、何も起きないよ?」
『スグ来ルヨ』
すぐ来る?
一体何が、と言いかけたところで、地面が少し揺れていることに気付いた。揺れは徐々に大きくなって、地響きのような音まで聞こえてくる。
私は悪い予感がして山の斜面を見上げた。
その予感は的中だった。たくさんの雪がこちらに目掛けて斜面を滑ってきているのが見える。
雪山で一番危険な自然災害――雪崩だ。
「ええええええ!? 水華っ、このままだと氷塊どころか私達も飲み込まれちゃうよ!」
『大丈夫ダヨ』
私の心配を他所に、水華はまた指を振るう。ただ、既に雪崩は目の前まで迫ってきている。
もう魔法で防ぐのは間に合わな――
「――え?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。目の前の光景を言い表すなら、雪崩が私達がいる所だけ避けていった。
まるで見えない防壁に守られているみたいに、雪崩は私達がいる横を流れていく。ただ、道を塞いでいた氷塊は雪崩に押し流されて、崖へと落ちていった。
『ドウ?』
「……二重の意味で助かったよ」
私の言葉の意味が分からずに首を傾げる水華。
悪気は無いんだろうけど、もう少し心臓に優しいやり方で解決してほしいと思うのは我儘かな……。
『ネエ、エナ。アッチノ方カラ、誰カ来ル』
水華が氷塊で塞がっていた道を指差してそう言う。
「本当? 人数は分かる?」
『五人、カナ? タブン』
五人ってことは、ステンさん達かな。ドラゴンを追ってきたのか、それとも私達を探しに来てくれたのか。
って、このままだと水華が見つかる!
「水華! ごめん、他の人に見つかる前に隠れて! お話はまた今度呼んだ時にするから!」
『分カッタ。バイバイ』
私の勝手なお願いを聞いてくれた水華が、その場でクルッと回って姿を消した。
ドラゴンとの仲裁役に氷塊の撤去。面倒事を押し付けてばかりなのは、とても申し訳なく思う。今度、話をする時にはたくさん時間を取ってあげないと。
そんなことを考えていると、道の向こう側から徐々に人が近づいてくるのが見えた。予想通り、犬ぞりが暴走した時に別れた五人――ステンさんとリアナちゃん達のパーティだ。
「エナ! ここにいたのね! 怪我はしてない!?」
「エリステリア王女!? エナの嬢ちゃん、一体何があった!」
「王女様の容体は私にお任せください! エナさんも怪我は無いですか!?」
「ドラゴンはどこだ!? 隠れてないで出てこいよ!」
「お、おい。皆、少し落ち着け」
皆が一斉にしゃべり始めたせいで、よく分からない状況になってる。
とりあえず、収拾をつけるために、こっちで起きた内容を説明しよう。
「実は――」
暴走した犬ぞりを止めた後に、ドラゴンと再遭遇した事。それを何とか切り抜けた事。戻ろうと準備した所で皆と合流できた事。一連の流れを皆に説明する。
ただ、ドラゴンと会話した事や、水華に手伝ってもらった事は説明しなかった。とは言っても、それを省いて説明すると色々と胡散臭い話になっちゃうから、誤魔化せそうな内容で補完して。
そう、補完したはずだったんだけど……。
「……身振り手振りでドラゴンと意思疎通したって、エナ、正気?」
「えっと、一応、こうして無事というのがその証拠ということで」
「確かにドラゴンは頭が良いと聞きますが……それで卵が盗まれたことまで分かるのですか?」
「ドラゴンも私に分かりやすいような身振りをしてくれたので、たぶんそうなんだろうなぁ、と」
「拳を合わせてお互いを理解するなら分かるけどよ、拳も重ねないで分かるもんなのか?」
「まあ、拳を合わせて分かる人もいるなら、合わせなくても分かる人もいるはずですよ。私みたいに」
「ドラゴンの前で仰向けに倒れることで敵意が無い事を示せるなんて初めて知ったな……。その方法が周知されれば、ドラゴンと遭遇した時の対処策になるんじゃないか?」
「奇跡的に上手くいっただけだと思うので、推奨しないです。絶対に真似しないでください」
何故か冒険者組は誰も信じてくれない。いや、ケインスさんだけ信じちゃってるけど、信じてほしくない所に注目してしまっている。
おかしいなぁ……さっき水華を説得しようとした時、珍しく口が回ったから、今回もいけるんじゃないかと思ったんだけど。
「……それが分かった経緯はともかく、ドラゴンが俺達を襲った理由としては納得できてしまう内容だ」
そうして皆の追求に答えていた時、今まで黙って考え事をしていたステンさんが口を開いた。
「信じてくれるんですか、ステンさん!」
「正直言って、にわかには信じがたい。が、あのクリスタリアドラゴンは人を積極的に襲うことはおろか、縄張りから出てくることすらほとんど無かったはずだ。軍部から産卵の兆候を観測したと以前聞いたが、それなのに縄張りを出てきたということは、卵を盗まれた可能性は大いにあり得る」
まさかのステンさんからのフォロー。追加情報については初めて聞いたけど、私の証言の裏付けになってくれたのは僥倖でしかない。
「ステンさん。卵が盗まれたとして、どこに運ばれるか推測できますか?」
「いつ盗られたかにもよるが、少なくともフリフォニアに運ばれてはいないはずだ。普通の卵と違って、かなりデカいからな。そんな大層な代物、国内の検問で絶対に引っかかる」
そんなにデカいんだ。
「じゃあ、やっぱりサンドルク帝国に?」
「恐らくはそうだろう。もっと言えば、ここから一番近い街である帝都へ運ばれた可能性が最も高いな」
大体の推測は私と同じだ。もし帝都に運ばれたとしたら、私達の目的地と同じで都合が良い。
「じゃあ残った懸念は、卵が無事かどうかですね。食べられちゃってないといいんですけど……」
「いや、卵を食うのは無理だと思うぞ。ドラゴンの卵の殻ってのは驚異的な硬さだ。最上級魔法でもぶっ放せば割れるかもしれんが、それだと中身も台無しだろうし、それ以外の方法ではまず壊れん」
「そうなんですか。でも、もしそうなら、卵を盗む理由なんて無いんじゃないですか?」
「卵の状態は無理だが、孵った後なら話は別だ。ドラゴンの幼体の肉を食えば、どんな病気も治り、寿命も延びるという言い伝えがある。後は幼体から育て上げて、戦闘用や観賞用として飼う用途も考えられるな」
なるほど。じゃあ、まだ卵は無事の可能性が高いってことかな。卵が失われていて、もうどうしようもないという状況になっていなくて良かった。
「それで、エナの嬢ちゃんは卵をどうするんだ?」
「見つけてドラゴンに返しに行きたいです。そうしないと、他の人が襲われるかもしれないので」
「外交はどうする? 元々はこっちが目的のはずだが」
ステンさんが私に真剣な目を向けてくる。
フリフォニア王国の騎士であるステンさんが優先するのは、間違いなく外交の方だ。サンドルク帝国と戦争になれば、フリフォニア国民の命が危険に晒される。国と民を守る騎士として、それは絶対に回避しないといけない。
ドラゴンの問題を放置しても、国民に危険が及ぶ可能性はある。でも、ドラゴンがフリフォニア王国までやって来て、国民を襲い始めるかどうかは分からない。山に近づく人だけを襲うようになるだけかもしれないし、サン
ドルク帝国側に行くかもしれない。
だから、危険性と被害の可能性を考えた場合、ステンさんとしての優先順位は外交が一でドラゴンが二になるんだよね。そして、今の質問は、私がどっちを優先するのかを聞いているというよりは、どっちを優先すべきか分かっているか確認しているんだろう。
「……もちろん私にとっても外交が優先です。国王様からの依頼が先だったんですから、それを投げ出すことはしません」
「なら、ドラゴンの卵は――」
「そっちも諦めません。外交を優先しながら、もしくはさっさと外交を終わらせてから、卵を探します」
「簡単な事じゃないぞ。本当にできるのか?」
「できる、とは言い切れません。でも、やらないといけないんです」
そう言った後、沈黙が続いた。ステンさんはまた悩むように、口元に手を当てて何かを考えている。
追加で何か説得すべきなのかな。そう思った時だった。
「――私も、エナちゃんの言う通りにしたいです」
気を失っていたはずのエリスちゃんが、私の横に来てステンさんに向けてそう言った。
「エリスちゃん。目が覚めたんだね」
「はい。ご心配をおかけしました。話は途中から聞いていましたが、ドラゴンの卵の方も放置してはいけない問題だと思います。外交を続けつつ、卵を探してドラゴンへ返す。ステン、それではいけませんか?」
エリスちゃんにそう言われたステンさんは、少し何か考えるそぶりを見せた後、エリスちゃんに向き直った。
「今回の外交は、国王陛下の命令でもあります。そちらは必ず成功させなければなりません」
「はい、それは私も分かっています」
「ですが、国王様からそれ以外の事をするなという命令は受けておりません」
「! それなら……!」
「ええ、両方ともやり遂げましょう。ただし、あくまでも外交優先で。エナの嬢ちゃんも、それでいいか?」
「はい!」
外交優先だろうと、ドラゴンの卵探しができるならそれでいい。私は大きく頷いたけど、そうすると今度はケインスさんが割り込んできた。
「少しいいだろうか。俺達への依頼は王女の護衛だったはず。その卵探しもやらないといけないだろうか?」
「私の護衛はもちろんのこと、ドラゴンの卵探しも手伝っていただけると有難いのですが、難しいでしょうか?」
「手伝う事自体は問題ない。ただ、当初の依頼内容には含まれていないものだ」
ああ、そういうことか。
ケインスさんの意図を察した私は、エリスちゃんにそれを伝える。
「エリスちゃん、ケインスさん達は、追加で報酬が出せないか確認したいんだよ」
「なるほど……。確かに、追加で依頼した仕事の報酬が無いのは駄目ですね。こういった依頼の報酬は、どれぐらいが妥当なのでしょうか?」
「ん~、どうだろ。リアナちゃん的にはどう?」
「私に聞くの? ぼったくり価格言うかもしれないわよ?」
「私はリアナちゃんを信じてます。だって、友達ですから」
エリスちゃんが笑顔でそう言い切る。もっとも、リアナちゃんも冗談で言っていたみたいだけど。
「そう言われたら素直に言うしかないわね。ドラゴンの巣に行って卵を盗ってくるのと違って、人里にある卵を探すだけならそこまで難しい内容じゃない。金ランクの冒険者への直接依頼だということを考えると、金貨数枚もあれば充分じゃないかしら」
「分かりました。では、今の依頼に追加で金貨十枚でどうでしょうか?」
「そんなの受けるに決まってるじゃない! ねえ、ケインス」
「ああ。二人もそれでいいか?」
ケインスさんにそう問われたガンザさんとクレリアさんも頷く。
これで、全員が卵探しに協力してくれることになった。
「それなら早いとこ帝都に向かいましょう! 外交から帰るまでに卵を見つけたいんで!」
ドラゴンに卵を持ち帰る期限があることを、私は説明できなかった。もちろん、私がドラゴンと命がけの約束をしたことも、皆は知らない。
私は周りを急かしつつ、皆と一緒に帝都へ向けての移動を再開した。
依頼に卵探しが追加されました。
2021/03/14 本文の表現を一部修正しました。




