意外な上下関係
『ソレデ、エナハ私ノ眷属ト、何シテタノ?』
「えっ!? あ、いや、別に何かしてたってわけじゃなくてね! えっと~……」
マズい。ここで私がドラゴンと戦っていたとでも言おうものなら、間違いなく水華も加勢することになる。元々そうしてもらう予定だったんだけど、あのドラゴンが水華の眷属と分かった今、仲間同士で戦わせたくない。
「そう! あのドラゴンとちょっと話をしてただけなの!」
『デモ、攻撃トカ言ッテナカッタ?』
「それは、その~……ブレスを見たかったの! ほら、ブレス攻撃ってやっぱりドラゴンの代名詞だから! でも私、上位のドラゴンに会うのって初めてだから、万が一を考えて水華に防御をしておいてもらおうかなって!」
いつも以上に口が回る。自分でも嘘が下手な方だと理解しているつもりだけど、相手が水華だからというのも相まって、今回は上手く誤魔化せそうな気がする。
『貴様! 人間の分際で大精霊様相手に何という口の利き方だ!』
……そんなことなかった。台無しだ。
「ちょっと待って! お願いだから黙っててほしいの! ここは私に任せてもらえば全部丸く収まるから!」
『黙れだと!? 下等な種族の身でありながら、大精霊様だけでなく、我に対してもそこまで大きく出るか!』
「種族の立場とかどうでもいいから! 話をややこしくしないでほしいだけだよ!」
『ええい、何を訳の分からぬことを! ――大精霊様! 今すぐこの人間を始末いたします! しばしお待ちを!』
止めてー! 水華を会話に巻き込んだら、もうどうしようも――
『――エナ』
名前を呼ばれると同時に、後ろから袖を引っ張られる。誤魔化しが不可能だと悟った瞬間、極寒の地だっていうのに汗が出てきた。
「な、何かな……?」
『眷属ト、喧嘩シタノ?』
「あ~、え~っと……その、まあ、ちょっとした意見の食い違いから、ね? いやでもね、まだお互い手は出してないから、現状は未遂になるのかな~、って」
『喧嘩ジャナイノ?』
「…………うん。喧嘩、かなぁ」
だいぶ優しい表現だけど、水華がそう思っているのならそれに便乗しておく。命を懸けた戦いをするところでした、なんて言ったらどうなるか分からない。……さっきドラゴンが、私を始末すると言っていたことだけが気がかりだけど、水華はそこまで気づいてなさそうだ。
『喧嘩ハ、駄目ダヨ?』
「はい、その通りです」
『仲良ク、シヨ?』
「はい、私もそうしたいです」
何故か敬語になる。
いつもと立場が逆だけど、否定できないから素直に頷くしかない。
『ジャア、仲直リシナイトネ』
『大精霊様! その人間から離れていただきたい! 攻撃に巻き込んでしま――』
『ネエ、何デ上カラ話シテルノ? 話ヅライカラ、下リテキテ』
水華が上空を見上げてドラゴンに話かける。
『しかし! まだそこの人間が――』
『私ノ言ウ事、聞ケナイノ?』
『! と、とんでもない! すぐにそちらへ参ります!』
焦りを見せながら、ドラゴンが急降下。地面スレスレで速度を落として着地すると、近くまで来て水華の近くまで頭を下げた。
『こ、これでいかがでしょうか?』
『ウン。話シヤスイ』
『それで、話とは何でしょう? 私はそこの人間を始末しなければならないのですが』
『駄目。喧嘩ハ良クナイ。仲直リシテ』
『な、何を言っているのですか!? 人間は害ある種族で、駆除すべき存在! 仲良くなどできるわけがありません!』
『デモ、エナト私ハ、友達ダヨ?』
『人間と友達、ですと……!? ――貴様、さては大精霊様を誑かしおったな!』
「いやいや、してないから。偶然出会って仲良くなって名前を付けてあげた結果、今の関係になっただけで」
こっちに飛んできそうだった火の粉を払う。どうにもこのドラゴンは、変な方向に物事を考えがちで困る。
『名前だと!? まさか貴様、大精霊様と契約したというのか!』
契約……そういえば、水華に名前を付けてあげた時にも、そんなことを言われたような。
「うん、契約したよ。名前を付けることにそんな意味があるなんて、その時は知らなかったけどね」
『な、何ということだ……人間が大精霊様と契約するなど……』
ドラゴンがすごいショックを受けている。私としては、あの時はただ名前を付けてあげるという、言葉通りのつもりだったんだけど。
「ねえ、名前を付けるだけで契約できるんなら、私以外の人でも名前をあげたら契約できていたってことなの?」
『そんなわけがなかろう! 得体の知れぬ有象無象から貰う名前が受け入れられるとでも思うか! 言葉を交わして大精霊様より認められた者のみ、契約として名づけることが許されるのだ!』
「あー、つまり、気にいられたらってことね」
『……言葉が悪いが、まあそうだ。認めたくはないが、先程の我との会話だけでなく、こうして大精霊様と精霊語で流暢に話せているところを見るに、事実なようだな』
『ソウ。エナト友達ナノハ本当ダヨ』
そう言って、水華が横から私にひしっと抱き着いてくる。かわいい。
「あれ? てことは、さっき言ってた事は納得してもらえるのかな?」
『何の話だ?』
「私が信じられる人間かどうかって話。大精霊と友達で、契約までしてる人間を、全く信用できないっていうのは無理があるんじゃない?」
『ぐっ! だ、だが、それでも人間の言葉を信じろというのは……!』
う~ん、これで押せるかと思ったんだけど、中々の頑固さんだ。
仕方がない。ここは最後の手段だ。
「ねえ、水華」
『ン、何?』
「あのね、あのドラゴンに……」
ヒソヒソと水華に耳打ちして、ちょっとしたお願いをする。
『……ウン、分カッタ。 ――ネエ』
『はっ! 何でしょうか、大精霊様!』
すいーっとドラゴンの目の前まで移動していった水華。そのまま忠誠を誓うかのように首を垂れるドラゴンに向かって、私がお願いした通りのことを言った。
『私ノ友達ノ言ウコト、聞イテアゲテ?』
『…………おい、大精霊様に何を吹き込んだ、貴様』
「ん~、別に? ただ、ちょっとお願いしただけ」
そう私はお願いしただけだ。あのドラゴンに私の言う事を聞かせたいから、何とか言ってほしいと。
『こ、これだから人間は信用ならんと……!』
『言ウコト、聞ケナイ?』
『め、滅相も無い! 大精霊様が信じる相手ですから、もちろん私も信じますとも!』
再び水華にひれ伏すドラゴン。横目でギロッと睨まれたけど、信じないあなたが悪いんだからね。
『エナ、コレデイイ?』
「うん、ありがとう。――で、今の言葉は嘘じゃないよね?」
『ふんっ! 大精霊様の顔を立てるためだ。それに、全面的にお前を信用しているわけではないぞ。信じるのは先の言葉だけだ』
「うん。絶対にあなたの宝物を持って帰ってくる。その約束を守れば、世の中には悪い人間だけじゃないってことになるんだよね」
『……まあ、そういうことになるだろう』
よし。これでこの場で殺されるという可能性は無くなった。
もちろん、その場凌ぎの嘘なんかじゃない。ちゃんとドラゴンの宝物を見つけて返してあげるつもりだ。そうしないと、また無関係な人が襲われることになる。そもそも帝国から帰る時もここを通るんだから、反故にしたらどうなるかは分かりきっている。
これは命を懸けた約束だ。
「それで、あなたが盗まれた宝物は何なの?」
『卵だ』
「卵って、あなた――ドラゴンの卵?」
『そうだが、何だ?』
「い、いや、何にも」
あなた、雌だったんだね。
危うく頭の中で思ったそれを思わずそのまま口に出しそうになったけど、何とか言葉にせずに済んだ。
それにしても、卵かぁ……。人間にとってどういった用途があるのかは分からないけど、最悪の場合、食用として消費されかねない。
そうなったら終わりだ。殻だけ持ち帰ったとしても、ドラゴンが許してくれるはずがない。自分の子供を失った悲しみと怒りで、今度こそ人間を殺しまわる。
卵がどこに行ったのかも分からないし、無事かどうかも分からない。でも、旅をしていた時にどこかで、ドラゴンの卵は普通の卵と違ってかなり大きくて、一度に一つしか産まなれないと聞いた。一目見れば、ドラゴンの卵かどうかは分かるはず。
自分と皆の命を守るためにも、急いで探さないと。
『今は貴様の言葉を信じ、この場を退いて貴様が戻るのを待とう。だが、いつまでもというわけにはいかぬ』
「じゃあ、十……いや、移動も考えて二十日ちょうだい。それまでには見つけてくる」
「良かろう。では、期限となる前に、この山の頂へ卵を持ってくるのだ」
ドラゴンが首を使い、山の頂上を指し示す。かなり標高がありそうだけど、飛んでいけばたぶんそんなに時間はかからないはず。
「分かった。じゃあ、見つけたらすぐ持っていく」
『うむ。では、己の命のために、最善を尽くせ。――大精霊様。私はこのあたりで失礼いたします』
そう言って、ドラゴンは翼を広げて再び空へと舞い上がる。そのまま上昇し、さっき示した頂上へと消えていった。
上司の命令には逆らえませんでした。
2021/02/28 内容の追記を行いました。




