皇帝グライザード
「エリステリア王女。謁見の準備が整ったようです。こちらの準備状況はいかがでしょうか?」
扉がノックされた後、ステンの声だけが部屋の中へと届く。
エリスの支度は少し前に終わっており、今は恵菜の準備中だ。それも仕上げに入っており、クレリアが丁寧且つ素早く手を動かし、恵菜の化粧を整える。
「――はい。これで完了です」
「ステン。今、こちらの準備も終わりました。入っても大丈夫ですよ」
「失礼いたします」
外に締め出されていたステン、ケインス、ガンザの三人が部屋に入ってくる。
だが、突然、三人とも入口付近で固まった。全員、驚いたような表情で立ち尽くしている。
「……どうしました?」
「ああ、すまん。エナの嬢ちゃんの変わり様が凄まじ過ぎて驚いちまった」
「変わり様って、そんなにおかしいですか?」
「いや、むしろ大人っぽくなったというか、美しくなったというか……正直、そこまで変わるとは思ってなくて、つい驚いちまった。なあ、お前らもそう思うだろ?」
ステンは後ろにいたケインスとガンザに、そう投げかけると、二人は揃って頷く。どうやら三人とも、化粧をした恵菜の美しさに見惚れてしまっていたようだ。
隣には恵菜同様、化粧を終えたエリスもいるのだが、ほぼ毎日化粧をしている彼女よりも、化粧をほとんどしない恵菜の変わり様のインパクトの方が強かったらしい。
この世界に来てから数年経ち、恵菜も成長している。が、顔立ちはどこかしらに幼さを残し、美しいというよりも可愛いという表現の方がまだ強かった。
それが今回、化粧を施されたことで、美しさが際立たされた。可愛らしくも美しい彼女を見れば、やっかみを除き、十人中十人が美人だと評するに違いない。
が、そんな評価が彼らの中で下されているなど、恵菜は知るはずもなく。社交儀礼的なお世辞でそう言っているのだろうと受け止めることにした。
「まあ、私のことはどうでもいいとして。双方の準備ができたということは、私達はもう謁見の間に行ってもいいんですか?」
「ああ。部屋の外で帝国の兵士が案内のために待っている。それで謁見だが、王女と恵菜の嬢ちゃんと俺の三人で行こうと思う」
ステンがそう提案すると、「えー」とリアナが不満そうな声を上げた。
「あたし達も皇帝に会いたいなー」
「お互い、初めての外交の国同士。初対面となる謁見での印象は重要だ。お前達、礼儀作法を完璧にできる自信はあるか?」
そう言われた冒険者四人組のうち、三人が首を横に振る。否定しなかったのはクレリアだけだったが、彼女も自分が参加しない方が良い理由を察する。
「リアナさんとガンザさんだけを置いていくのは不安ですね……。王女様達が謁見している間、二人が問題を起こさないとも限りませんし。そう考えると、私は監視役として残るべきでしょうか?」
「察しが早くて助かる。それで、お前達には別に頼みたいことがあるんだが、この街の様子を調査してきてくれないか?」
「様子って、具体的には何を探ってくればいいんだ?」
「帝国に関する事なら何でもいい。今まで国交が無かったせいで、俺達はこの国について知っていることが少ない。この国で今、何が起こっているのかを知りたい」
「つまりは情報収集ってことか」
「そうだ。……って、待てよ? お前達ってサンドルク語は話せたか?」
またしても言語の壁が行動を阻むのでは?
そう危惧したステンだったが、その心配は無かった。
「クレリアが多少、俺とリアナが片言程度だな。ガンザは……どうだったか?」
「全く話せんぞ!」
「だそうだ」
「そ、そうか。なら問題なさそうだが、片言でもよく話せるな。冒険者でも他国の言語を学ぶことがあるのか?」
「学んだわけじゃない。職業柄、色々な依頼主やその土地の住人と話すことが多いから、そのおかげで自然と身に着いただけだ」
四人の言語能力に差は、他者と話す頻度が違うからだろう。ケインスとリアナは依頼主と話すこととで、クレリアはパーティメンバーが問題を起こした時の謝罪対応で身に着けたと思われる。
「まあ、完璧に話せるわけじゃないから、心配だったらギルドで通訳でも雇うことにする」
「分かった。通訳を雇う費用は、後で請求してくれ」
「助かる。ところで、情報収集の時は、この服装のままでいいのか?」
今、ケインス達はフリフォニア王国軍の装備を身に纏っている。このままの姿で街中をうろつくのは、帝国側に不信感を与えかねない。ステンもそれは理解しており、服装を変えるよう指示する。
「いつもの冒険者の恰好で頼む。俺達が滞在する宿は既に帝国側が用意してくれたようだから、そこへ行って着替えた後に行動してくれ。ただ、帝国側の監視が付いている可能性があるから、その場合は怪しい行動は控えるように」
そう言ってステンは宿までの地図をケインスに渡した。
「分かった。もし誰かに見られていそうだった場合、大人しく宿に残ることにする」
「二手に分かれて、宿残る組が目を惹きつけている間に、もう片方が街を探索するのは?」
「私の目が届かなくなるので止めてください! 行動するなら四人全員で、です!」
リアナの案をクレリアが一蹴する。ここで問題を起こすと物理的に自分達の首が飛ばされかねないので、いつにも増して強く拒否していた。
逆に言えば、ここまで責任感があるなら、冒険者組はクレリア一人に任せても大丈夫だろう。
「あっ! もし調査できるなら、ドラゴンの卵の行方も探してほしいです!」
「了解した。ただ、成果があるかは期待しないでくれ」
恵菜にとって外交と同じかそれ以上に大事な、卵の捜索も忘れない。謁見している間に、手がかりの一つでも見つかれば良いのだが、どうなるかはケインス達の能力と運次第だ。
「よし。それじゃあここからは別行動だ。こちらも謁見が終わった後に、宿の方へ向かう。――エリステリア王女も、それでよろしいでしょうか?」
「はい、そのようにしましょう。それでは、私達はそろそろ謁見へ行きましょうか」
各々の行動を把握した上で、エリス達は部屋を出た。
部屋の外で待っていた帝国の兵士は、「謁見の間までご案内します」と言うと、先導して歩き始める。先程まで案内を務めていたフォニマスが来ないのは、恐らく帝国側の人間として謁見の間で待っているからだろう。
しばらくの間、兵士について行くと、目の前に巨大な扉が見えてくる。あれが謁見の間へと続く扉だろう。
「フリフォニア王国より、エリステリア=フリフォニア第二王女がお見えになりました!」
兵士が大声で、扉に向かってそう告げると、扉が内側から開かれた。
「行きましょう」
兵士が横に下がっていくのを見て、エリス達は謁見の間へと足を踏み入れる。エリスを真ん中にして、その左右斜め後ろに恵菜とステンが控える並びだ。
そのまま三人は真っ直ぐに進み、玉座の前――謁見する者が進むことの許される距離まで来ると、揃って首を垂れる。
「フリフォニア王国より参りました、エリステリア=フリフォニアと申します」
エリスが名乗ると、頭上から声がかかる。
「面を上げよ」
声に反応してエリスが頭を上げ、初めて真っ直ぐに皇帝の姿をその目に捉える。
エリスが抱いた第一印象は、『若い』の一言だった。一国の王ということで、てっきり同じ立場であるフリフォニアの国王――自身の父であるルーガンスのように、そこそこ年のいった人物を想定していた。
が、正面の玉座に座り、エリス達を見下ろしている人物の顔は皺一つ無い。さすがにエリスよりは年上だろうが、それでも二十代後半……いや、前半だと言われても信じてしまいそうだ。
また、謁見時だというのに、彼が身に纏っているのは鎧だ。肩や脚を守るような、比較的軽装な鎧ではあるが、そのまま戦争へ行くと言ってもおかしくないぐらいに準備が整っている。
おおよそ、王とは思えない風貌。だが、目の前にいるのが紛れもなく皇帝――グライザード=サンドルクであると、エリスは確信していた。
肉食獣を思わせる切れ長の瞳から感じるのだ。こちらの内側を見透かそうとする意志を。自分が絶対的上位者であるという強い自信を。
エリスは何度か、自分の父も同じ目をしているのを見たことがある。
あれは、上に立つ者の目だ。
「此度はフリフォニア王国から遠路はるばる、よく参ったな。雪道にウォルデス山脈越えと、かなり骨が折れる旅路だっただろう」
「労りの言葉、感謝いたします。確かに慣れない環境故、楽な移動とはいきませんでしたが、こうして怪我をすることなく、皇帝陛下の御前に参じることができました」
その言葉に対し、グライザードは「それは何よりだ」と頷く。
「賊の類や魔物なども遭遇はしなかったか? どちらも定期的に兵を国内に放ち掃討させているが、如何せん、奴らはどこからともなく湧いて出るからな。他国の要人を帝国内で怪我させたとあっては、帝国の威信に関わる」
「一度、ウォルデス山脈で魔物に遭遇しましたが、優秀な護衛が付いておりましたので、大事には至らずに済みました。ただ、あそこは国境付近ということもあって、サンドルク帝国内であったかどうかまでは」
「なるほど。確かに、あそこの国境はハッキリしていないからな。兵を差し向けようにも、国家間で刺激し合わぬような対策を考えねばならん」
国の正規軍が国境付近に近づく行為は、一歩間違えれば相手国への挑発と取られかねない。そこから小競り合いなど起きようものなら、一気に戦争へと発展してしまう。
「仰るとおりです。その辺りの対応については、今回の外交でも話し合えればと思います」
「ああ、それに関してはこちらからも頼みたい。しかし、王女の護衛は少数だったと聞いているが、それで魔物に襲われながらも無傷とは、さぞ優秀なのだろう。……名は何という?」
そう言って、グライザードがエリスの後ろに視線を向ける。
「彼はステン=ソクニオ。フリフォニア王国の第一騎士団で団長を務めております」
「ほう。フリフォニア王国の第一騎士団団長は、王国一の実力を持つ者が任命されると聞いたことがある。それほどの実力ともあれば、一度、手合わせを願いたいものだ」
そう言った瞬間、グライザードの雰囲気が変わった。相手を威圧するかのようなプレッシャーを放ち、それに気圧されたエリスは思わず悲鳴を上げそうになる。
だが、小さな咳払いが聞こえたと思うと、そのプレッシャーはスッと消え去った。エリスはそれどころではなく気づけなかったが、グライザードから少し離れた位置に控えるフォニマスが主人の戯れを諫めたのである。
「……すまんな、時と場所を忘れて少々はしゃぎ過ぎたようだ。許せ」
「は、はい。私は、気にしておりませんので」
「ならば良い。ところで、もう一人護衛がいるようだが、その者も騎士団の団長か?」
今度はグライザードの目が恵菜の方へと向く。エリスは首を横に振ってから、恵菜の紹介をする。
「彼女はエナ=シモヅキ。フリフォニア王国の公爵で、騎士団の者ではありません。此度の外交では、私の補佐の役目を務めております」
「補佐……? ふむ、そうか」
グライザードは顎に手を当て、何かを考えるかのような仕草で恵菜を見る。ただ、それ以上は何の反応を見せることも無く、エリスへと視線を戻した。
「……そろそろ本題に入るとしよう。単刀直入に聞くが、此度は何の目的があってサンドルク帝国へ来た?」
本来の目的は、サンドルク帝国との戦争を回避すること。そのために何が必要なのかは明白である。
グライザードの問いに対し、エリスは迷いなく答える。
「私達がここに参りました目的はただ一つ。サンドルク帝国とフリフォニア王国との友好関係を結んでいただきたいのです」
ついに謁見開始。
2021/07/11 : 本文に冒険者組の言語能力に関する内容を追加しました。




