ドラゴンの知恵
「エナ! エリス!」
「駄目だ! もう追い付けん! あっちはエナの嬢ちゃんに任せて目の前の敵に集中しろ!」
追いかけようとするリアナを、ステンが言葉だけで引き留める。
全速力で駆ける犬ぞりの姿は、もう既に小さくなっている。恵菜のように飛べるならまだしも、足場が悪い雪上を走って追いかけたところで捕まえられるわけがない。
それに、ここにはまだドラゴンがいる。追いかけるために背中を向ければ、どうなるかは目に見えて明らかだ。
「もう! さっさとどっか行ってよ、クソトカゲ!」
リアナが再びドラゴンに炎を放ち、それに合わせて前衛も攻撃する。
すると、どうしたことだろう。息の合った連続攻撃を前に、ドラゴンは防御一辺倒になり、反撃しようとしなくなった。懐に入らせようとせず、魔法も鱗で防がれるため有効な攻撃にはなっていないが、押しているのはステン達の方だ。
「はあ!」
ステンが何枚目かのドラゴンの鱗を剥がし飛ばした時だった。ドラゴンは小さく唸り声を上げると、翼を大きく広げ、空へと舞い上がる。
上空からの攻撃か。全員がそう警戒するが、その予想とは裏腹に、ドラゴンはそのまま彼らの頭上を飛び越えていった。
「……撤退、したのか?」
「……いや、それなら奴は縄張りに帰るはずだ。あっちは反対のはず……」
ステンはドラゴンの飛ぶ方向を目で追い続ける。
そして、その目的に気が付いた瞬間、彼は急いでドラゴンの方へと駆け出した。
「全員、急いで奴を追うぞ!」
「え? それより、王女様とエナちゃんを探した方がいいんじゃねえの?」
「奴の狙いはその二人だ! あの野郎っ、俺達を分断させて少ない側から叩くつもりだ!」
「なっ!? それじゃあ、しばらく守勢に回っていたのは……!」
「俺達と二人が離れる時間を稼ぐためだ! クソッ、生意気に知恵が回るトカゲ野郎め!」
ドラゴンの狙いに気付いた五人だったが、既に犬ぞりの姿は見えず、ドラゴンからもグングンと引き離されていく。ドラゴンが恵菜達と再遭遇する前に、彼らが合流するのは不可能だろう。
それでも、彼らはエリスと恵菜の無事を祈りながら走るしかなかった。
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間近でドラゴンの咆哮を受け、怯えてしまったウォルデスハスキーは、未だに暴走を続けていた。脅威から逃げるために全力で走るウォルデスハスキーに引かれるそりは、通常よりも速度が出ている。
また、雪道も平坦ではなく、所々に凸凹がある。そこを高速で走るそりを激しい揺れが襲う。
「あっ!?」
一際大きくそりが跳ね、エリスの体が跳ね飛ばされるように宙を舞った。
このままでは、そりから落ちてしまう。そう思われたが、間一髪、恵菜がエリスの腕を掴んで引き寄せ、彼女の体を抱きとめる。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。でも、そりがまたいきなり跳ねるかもしれないから、しっかりどこかに掴まってて」
そう言われ、エリスはそりに付けられた持ち手へしがみつく様に掴まる。
が、恵菜は何故かそうはせず、そりの先頭の方へとゆっくり移動し始めた。
「エ、エナちゃん、何を?」
「そりを止めてみる。御者とかやったことないから分からないけど、何とかしないと」
今はまだ山道から外れることなく進んでいる。だが、そりは制御を失っているのだ。いつ横の崖へ滑落してもおかしくない。
不安定なそりから投げ出されぬよう、恵菜は姿勢を低くしながら、そりの先頭まで移動する。
「皆、お願い! 止まって!」
そりの前を走るウォルデスハスキー達に向かって呼びかけるが、止まる気配は無い。それどころか、恵菜の声すら届いていないようだった。
手綱を引いて止めようにも、さすがに十匹以上の大型犬の力にはかなわない。魔力による身体強化を施して全力で引けば、とも考えた恵菜だったが、手綱の方が耐えられるか分からず躊躇って行動に移せなかった。
一応、そりにはブレーキもあるが、見た感じ、木の棒で地面を擦るだけの簡単な物だ。ウォルデスハスキーに引っ張り続けられている今の状態で使っても、止まらずにすり減り続け、使いものにならなくなる恐れがある。
結局のところ、ウォルデスハスキーを止めなければならない。そう判断した恵菜は、一か八かの賭けに出る。
「お願い――『アースウォール!』」
道を塞ぐ程の大きな土の壁。それがウォルデスハスキーよりもさらに前方に出現する。
「ワウッ!?」
突然、走る先に障害物が出現したことに驚いたのか。飛び越えることも横に逸れることもできないウォルデスハスキー達は、その場で急制動をかけて止まった。
だが、引っ張られる力を失っても、未だにそりは雪の上を滑り続ける。このままではウォルデスハスキー達を巻き込んで、恵菜自らが作った土の壁へ激突だ。
恵菜がそりのブレーキを思いっきり引っ張る。握りしめる手に凄まじい振動が伝わってくるが、決して離そうとはしない。
「止まってぇ……!」
その祈りが通じたのか。そりは徐々にスピードを落とし、ウォルデスハスキーにぶつかるその手前で停止した。
「やった……! エリスちゃん、大丈夫?」
「は、はい。止まってくれて良かったです……」
恵菜が後ろを振り返ると、エリスが立ち上がってこちらに近寄ってくるのが見えた。そりを止めることに必死でエリスから一時的に目を離していたが、彼女も無事なようだ。
これにて一件落着。といきたいところだったが、そうはならない。目先の問題を解決しただけで、大きな問題が残っているからだ。
「急いで戻らないと。じゃないと皆が危ない」
恵菜はドラゴンとの戦闘を思い出す。ドラゴンの近接攻撃は前衛の三人で何とかなっていたが、ブレスはリアナとの上級魔法二発で何とか凌げるといった威力だった。もう一度同じブレスを撃たれれば、残りの者だけで防げるか分からない。
幸い、ブレスを再び撃てるようになるまでは時間があるはず。そうなる前に戻らなければと考える恵菜だったが、エリスが「でも……」と口を開く。
「ウォルデスハスキーは大丈夫でしょうか? 戻ってまた暴走ということになるのも……」
エリスの心配はもっともだ。ウォルデスハスキーがドラゴンに怯えて再び逃げ出し、そりが暴走してしまっては今の二の舞だ。戻ってまた戦線離脱となっては意味がない。
だが、そりをここへ残して戻るのも憚られる。ステンの話では、この辺りの魔物は縄張りに入らなければ大丈夫とのことだったが、それに反してドラゴンと遭遇したのだ。他の魔物が出ないとは言い切れない。そりが襲われれば、帝国へ向かう足を失うことになる。
戻るにしても残るにしても、浮かぶのは悪い未来だけ。どれも間違った選択にしか見えず、恵菜はどうしていいのか分からなくなる。
何か他に考えは無いか。頭の中で考えを続ける彼女だったが、結論を出す前に状況が一変する。
――ビシィ!
「えっ!?」
「な、何ですかこれは!?」
大きな音が聞こえ、恵菜とエリスがそりの後ろを見やる。
そこには今までなかったはずの巨大な氷塊が出現していた。完全に道が塞がれており、これではステン達の所へ戻ることができない。
エリスが恵菜の方を見るが、恵菜は大きく横へ首を振る。確かに恵菜も氷の魔法は使えるが、こんなことをする意味は無い。
「ま、さか……」
ついに、エリスもその原因が何なのか察したのだろう。そして、その予想は不幸にも当たっていた。
空から聞こえてくる咆哮。見上げれば、大きな影が恵菜達を飛び越え、前にあったアースウォールを踏みつぶして着地する。
キャンキャンと情けない声を上げながらそりの後ろへ逃げるウォルデスハスキー。エリスも同じようにそりの陰に隠れる。
が、恵菜だけは不思議と落ち着いて目の前の状況を飲み込んでいた。
「こっち狙いだった、みたいだね……」
ステン達と戦っているはず。そう思っていたドラゴンが今、退路を塞がれた彼女達の目の前に立ち塞がっていた。
『矮小ながら強き力を持つものよ。まずはお前からだ』
エリスは恵菜の絶叫アトラクションを経験したことで、暴走するそりに対して耐性を持っています。
(たぶん。)
今年もよろしくお願いいたします。
次回更新についてお知らせ
申し訳ありませんが、筆者お引っ越しにつき、
次話更新は1/31(日)とさせてください。




