どこかで見た気が
「し、支配人。本当に大丈夫なんですか? こんな誘拐みたいなことして……」
心配した様子の従業員が、上を見上げながら問う。
彼らがいるのは、ブラキンの宿から離れた位置にある倉庫。真ん中をくり抜いた吹き抜けとなっている二階建てで、二階にいくつもの部屋があるそれは、倉庫としてはかなり贅沢だ。
その二階から下を見下ろせる位置に、ブラキンは腕組みをしながら立っていた。
「お前は何を狼狽えている。今までもこの程度の悪事は働いてきただろう」
「今までは捕まる心配が無かったので……。でも、こんな直接関与したら、さすがに我々も危ないのでは……」
「問題ない。我々の姿を見たのは、ボコボコにしたあのガキ一人だけだ。子供一人の証言など誰も信用せん」
ミーシャを誘拐する際、彼らは自分達の顔を見られないよう徹底していた。彼女が細道に入った瞬間、後ろから襲って気絶させた後、麻袋を被せて担ぎ去っている。運悪く、その様子をナッシュに見られてしまったが、彼以外に目撃者はいなかった。
「それはそうかもしれないですが、ここに来るよう指定してしまったのは良いんですか?」
「ああ。本来は、しばらく後に宿へ文でも送ろうと考えていたが、丁度その手間が省けると思ったからな。いちゃもんを付けられたら、意識が朦朧としていて我々を犯人と間違えたのだろう、とでも言えばいい」
彼らの筋書としてはこうだ。まず独自の調査で、宿屋の子供が行方不明になっている情報を掴んだ。その詳細な情報を提供しても良いが、こちらも既に調査に幾ばくかの費用がかかっているため、情報提供の対価を支払ってほしい。
もし金銭を支払わなければ、彼らは情報を得られず、子供の居場所を自力で探すことになるだろう。だが、宿の従業員数が足りていない以上、彼らが探しに行けば宿が回らない。冒険者に頼る可能性が高いだろうが、依頼料が馬鹿にならずに資金が尽きる。
逆に金銭を支払った場合、多額の金銭を要求し、さらに嘘の情報を教える。街の外へ連れ出されるのを見たと言えば、一般人が探しに行くことは難しいだろう。やはり冒険者へ依頼することになるはずだ。
要するに、想定外の出費をさせて資金繰りを厳しくさせてしまおう、というのがブラキンの狙いである。
「万が一、これが失敗したとして、我々が疑われたとしても心配いらん。私はこの街で一番、権力のある人間だ。街の兵士との繋がりもある。多少の犯罪行為など揉み消してやる」
「な、なるほど。それなら確かに安心ですね」
自分達が捕まる心配が少ないことを理解した従業員が胸を撫でおろす。が、もう一人いる従業員が別の可能性を指摘する。
「でも、ここに呼び寄せるのって、金ランク冒険者ですよね? 万が一、暴れられでもしたら……」
金ランク冒険者が宿の宿泊費に憤慨していた人物であることを、彼らは既に知っている。要求する金額を良しとせずに、情報だけをさっさと渡せと、力づくで脅してくるかもしれない。そういった不安があるのだろう。
が、ブラキンはその不安さえも鼻で笑う。
「それはそれで好都合だ。逆にその冒険者を暴力行為で犯罪者に仕立て上げて、二度とこの街にいられないようにしてやる。そうすれば、あの宿に対する妨害を再開させて潰せるぞ」
「犯罪者に仕立て上げるのはいいんですけど、その前に殺されないですよね?」
一瞬の静寂。が、それはブラキンの大笑いによって消し飛ばされた。
「なるほど、確かにな。その心配はもっともだ。……が、それも大丈夫。そのために用心棒を雇ったからな」
「用心棒? 冒険者ですか?」
「元、だがな。国を跨いで傭兵染みたことをしているらしい。ただ、実力は凄いぞ。金ランクどころか、伝説の白金ランクの相手と戦ったこともあるらしい。しかもその戦いで無傷だったというから驚きだ」
「マジですか!? よくそんな人、雇えましたね!」
「運が良かったんだろうな。だから、もし暴れられた場合は、用心棒に相手を任せている間に兵士を呼びに行け。兵士に現場を目撃させれば言い逃れなどできんだろう」
いくつもの状況に対応できるよう練られた作戦。最初の誘拐も少し綻びがあったが、流れとしては順調そのものだろう。
と、そんな時だった。倉庫正面入口の大きな扉が、ギギギ……と音を立てて、ゆっくり開き始めた。
やっとお出ましか。そう思ったブラキンは話を止め、扉の方へと視線を戻す。
「ようこそ、こんな夜にお呼びして申し訳な――」
準備しておいた、わざとらしい台詞を口にしようとした彼は、やって来た人物を見て首を傾げた。
どう見ても、やってきた人物が予想していた相手ではなかったからだ。
「おい、誰だお前は?」
「あなた達が呼んだんじゃないですか。ここへ来いって」
従業員がブラキンをチラッと見ると、彼は片手で払いのける様なジェスチャーをした。追い返せということだ。
「お前みたいな給仕姿の女を呼んだ覚えはないぞ。大人しく帰り――」
「すみません、無駄話をする気はあまり無いんです」
従業員が彼女に近づいた途端、彼女の目が一瞬だけ怪しく光る。少なくとも、ブラキンにはそう見えた。
一体何が起きたのか。そう考える前に、彼は衝撃的な光景を目にする。
「ミーシャちゃんはどこですか?」
「……この倉庫二階の、支配人の後ろにある部屋にいます」
「!? 何をベラベラとしゃべっている!? それを話してしまっては意味がないだろうが!」
「意味が無いって、どういうことですか?」
「……あの子供の情報を使って、宿を潰す計画をしていて……」
「黙れ! それ以上しゃべるんじゃない! おい、アイツを止めろ!」
「は、はい! って、あれ、足が動かなっ!?」
焦りを隠そうともしないブラキンから指示された従業員だったが、彼はその場から足を動かすことができなかった。何故か足……いや、靴底から冷気を感じる。
「何をしている! 止めに行かんか!」
「そ、それが、足が動かなくて……!」
「私が止めました。話を聞くのは、この人だけで充分みたいなので」
そうしている間に話をすべて聞き終えたのか。彼女は全てを証言した従業員を放置して、ブラキン達に向かって歩いてきていた。
「な、何者だお前は!?」
「初対面じゃないはずなんですけど。あっ、そういえば名前は言ってなかった気がしますね」
その場で立ち止まって、彼女は一礼する。
「エナって言います。あなた達が潰そうとしている宿から来た冒険者です。要求通り、一人で来ましたよ」
「冒険者、だと? あの宿にいるのは金ランク冒険者の女が一人だけではなかったのか……?」
「そのお友達ですね。でも、そんなことはどうでもいいんですよ。ミーシャちゃんを返してくれませんか?」
恵菜から突き刺さる視線。殺意まではないが、怒気が込められたそれを受けたブラキンがたじろぐ。
「い、いったい何の事……」
「今更とぼけても無駄ですよ。あの人が全部しゃべってたじゃないですか。何なら、この人にもしゃべらせてみましょうか?」
「ひっ……!」
恵菜から視線を向けられた従業員が小さく悲鳴を上げる。
「くそっ!」
このままだとマズいと判断したブラキンは、懐から小さなハンドベルを取り出して思いっきり振り鳴らす。
すると、二階にある部屋の扉の一つが開き、続いて声が聞こえてきた。
「雇い主さん、呼んだっすか?」
「ああ、呼んだとも! というより、音が聞こえただろうが!」
「へーい。――兄貴ー、呼ばれてるみたいっすよ」
「んぁ~? 俺、もう眠いんだけど」
「でも、何か仕事っぽいっすよ」
「……明日じゃ駄目かって、雇い主に聞いてみろ」
「明日じゃ駄目っすかね?」
「駄目に決まっているだろう! 高い金払っているんだから、さっさと出てこい! 早く!」
「兄貴、駄目みたいっす」
「ったく、めんどくせーなぁ」
開いた部屋の中には、どうやら二人の人間がいるようだ。しかし、恵菜の位置からは二階の床が邪魔して、誰がいるのかまでは見えない。ただ、声の低さからして男だろう。
「ふわぁ……よく寝たぜ。で、呼ばれたって聞いたが、何かあったのか?」
「ああ、そうだ! あそこにいる女を取り押さえろ! 何をしても構わん!」
「女っすか……? 一体誰っすか?」
「女!? 美人だといいな! どれどれ……」
二階から一階に向かって覗き込む二人。彼らの目と恵菜の目がバッチリと合う。
「「あ」」
「……あれ?」
固まる二人に対し、恵菜は少し首を傾げる。
何故か見覚えのある顔。どこかで見た気がするが、いったいどこで会ったのだろうか。
そう考えること数秒。彼女はリルシャート王国の学校へ向かう途中であった出来事を思い出した。
「ああ、あの時の盗賊さん?」
「……どうした。さっさと取り押さえに――」
わなわなと震えて様子がおかしい二人に命令しようとするブラキンだったが、それを言い終える前に、二人は二階から恵菜の方に向かって飛び降りる。
やっとやる気になったか。そう思ったのもつかの間……。
「「参りましたぁ!」っす!」
二人は空中でクルクルと綺麗に回りながら、恵菜の前に着地すると同時に、膝と頭を地面に擦り付ける――何ともアクロバティックな土下座を決めてみせた。
「…………は?」
戦う前から降参する彼らの姿を見て、ブラキンは唖然とするしかなかった。
前方宙返り三回土下座。
2020/09/13 文章を一部修正しました。




