爪を隠した一般人
「ナッシュー! ミーシャー! ……二人とも、どこ行っちゃったのかしら」
店頭販売を終えたミレンが、宿の前で行ったり来たりを繰り返しながら、二人の名前を呼ぶ。
自分の子が行方知れずなのだ。恵菜達以上に心配の度合いは強いに決まっている。
「……さすがに遅すぎますよね」
「何か事件に巻き込まれたのかもしれないわ。ちょっと、あたしも探しに行って――」
居ても経ってもいられなくなったリアナが立ち上がり、宿を出て行こうとする。
が、それを恵菜は引き留めた。
「いや、リアナちゃんはここにいてほしい」
「何でよ。エナは心配じゃないの?」
「心配だよ。でも、リアナちゃんがいなくなった隙に、この宿に何かあっても困るから」
「それはつまり、これにも例の嫌がらせが関係しているということですか?」
「分からないけど、その可能性はあると思うの」
もし本当に絡んでいるとすれば、宿から人がいなくなったタイミングを狙って嫌がらせを仕掛けてくる恐れがある。強い抑止力となっているリアナがいなくなれば、それは絶好のタイミングだろう。
「でも、このまま待っていても解決しないかもしれないわ」
「分かってる。だから、私が探しに行くよ。リアナちゃんはここで皆を守ってあげてほしいの」
二人に何があったのか分からない以上、探しに行くのは冒険者であるリアナか恵菜が好ましい。そして、宿とエリスを守るために、どちらかはここに残らないといけない。
そうなると、相手から見て明らかな脅威であるリアナをここに残す方が良い。妨害行為を躊躇わせ、実行自体を阻止できるかもしれないからだ。
また、恵菜はまだ一般人として見られている可能性が高い。宿ではなく、出かけた者を襲う作戦なのだとしたら、彼女は囮として使うには都合の良い存在だ。
「……分かった。エナが行くなら心配ないわね」
「エナちゃん。気を付けて」
「大丈夫よ、エリス。エナに限って心配する要素なんて無いわよ」
「できれば少し心配してほしいかなぁ。とにかく、行ってくるよ」
軽い文句を言ってから、恵菜は二人を探しに宿を出る。
「ミレンさん。私がナッシュ君とミーシャちゃんを探してきます。代わりに、食堂の手伝いをお願いできますか?」
「まさか、一人でかい? 何があるか分からないし、女の子一人じゃ心配だよ。私も一緒に行った方が……」
「大丈夫です。こう見えて、結構強いんです、私。リアナちゃんのお墨付きですよ。ね?」
恵菜の視線を追う様に、ミレンがリアナの方を見ると、彼女は大きく頷いた。
「大体の奴は返り討ちにできると思うわ」
「ほら。ですから、ミレンさんは宿の中でナーレイさんのお手伝いでもしながら待っていてください。二人は絶対に見つけて来ますから」
「…………分かったわ。二人のこと、お願い」
ミレンに「任せてください」と力強く言い残してから恵菜は走り出す。特に当ては無いが、ナッシュとミーシャがいつも温泉卵を売っているのは、街の門から伸びる大通りだ。
「すみません。どこかで男の子か女の子を見かけませんでしたか? 服装は――」
大通りですれ違う一人一人に聞き込みをするのも忘れない。夜になっていることもあって、行き交う人の数は少ないが、常に視界に何人かの姿は見えるぐらいの数はいる。
が、そうして街の門の近くまで来ても、有力な情報は得られなかった。誰一人として、二人の姿は見ていないと言う。
(どうして? 本当に誰も見ていないの……?)
大通りにいたのであれば、誰か一人ぐらいは見ていてもおかしくないはずだ。なのに情報が無いということは、二人はもうこの辺りにはいないということになる。
(もっと、人気が無い所に行った……?)
そう考えた恵菜は、門を離れて、少し細い路地へと足を踏み入れる。大通りと違って、ほとんど人の姿が見当たらない。
死角から何かが飛び出してこないだろうか。そんな不安を抑えながら、恵菜は何が来ても対処できるよう、広く意識を向けながら暗い路地を進む。
「……ぅ……」
しばらくして、恵菜の耳が小さな声を捉えた。家と家の間にある狭い隙間から聞こえてきたようだ。ゆっくりと近づき、壁際からそっと覗き込む。
「ナ、ナッシュ君!」
倒れている彼の姿を見つけた恵菜が傍に駆け寄る。服は土で汚れ、あちこちに痣があった。
「『ヒール!』――ナッシュ君、大丈夫!?」
即座に治癒魔法で怪我を治し、ナッシュへ呼びかける。
「ぁ……お、お姉ちゃん、か……?」
「そうだよ。良かった、そこまで酷い怪我じゃなかったみたいだね……」
目を開いて自分の姿を認識できている様子を見て、恵菜は胸を撫でおろす。立てるかどうか尋ねると、ナッシュは頷いて立ち上がった。
「俺、ミーシャを探しに……そうだ、ミーシャっ! お姉ちゃん、ミーシャを助けに行かないと!」
何かを思い出したのか。ナッシュはどこかへ走り出そうとするが、恵菜が彼の手を掴んで引き留める。
「お、落ち着いて。いったい何があったの?」
「ミーシャが連れていかれちゃったんだ! あの成金やろーのブラキンとその仲間に! 俺、見たんだ! あいつらがミーシャを担いでこの路地を進んで行ったのを!」
「それ、本当に?」
「本当だよ! それで、ミーシャを取り返そうとしたけど、全然何もできなくて……」
徐々にナッシュの目が潤み始め、声も段々と震えてくる。
「俺、お兄ちゃんなのに……っ、お父さんから、どんな時もっ、ミーシャを守ってやれって言われてたのに……俺が、もっと強かったら……」
「……ナッシュ君は、ミーシャちゃんを助けようとしたんだよね。相手が複数の大人でも立ち向かったんだよね。その心の強さは本物だよ」
涙を零すナッシュの頭を撫でながら、恵菜が優しく語りかける。
「ぐすっ……でも、心だけ強くても意味なんか……」
「ううん、心の強さは大事だよ。腕っぷしが強くても、心が弱かったら何もできないんだから。実際に動くことができたナッシュ君は充分強い。体が成長したら、誰にも負けないようになってるはずだよ」
「…………うん」
ナッシュが泣くのを止め、顔を上げる。涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃだが、彼は自ら泣き続けることを止めた。恵菜の言う通り、彼の心は強かった。
「もう大丈夫?」
「うん。俺は強いから」
「そうだね、ナッシュ君は強いもんね」
正しい諭し方だったかどうかは分からない。所詮は自分が母親ならどうするだろうかと考えての行動だった。
それでも、どうやらナッシュは完全に立ち直ったようだ。これならば落ち着いて話ができるだろう。
「ところで、ナッシュ君。何かミーシャちゃんに関する手がかりを知らない?」
「えっと……そうだ! 確か、『お前の所にいる冒険者に、一人でココへ来るよう伝えろ』って言ってたよ! どこかに紙が落ちてない?」
それを聞いた恵菜がさっきまでナッシュが倒れていた所を探すと、確かに小さな紙片が落ちていた。
それはブラキンの宿周辺の地図だった。よく見れば、ブラキンの宿の近くにある家に赤い丸印が書かれている。ここへ来いということだろう。
だが、何故、冒険者を要求したのか。向こう側が冒険者と理解しているのは、リアナ一人のみであるはず。わざわざ金ランクである冒険者を選ぶ理由は何なのか。
(理由は分からないけど、馬鹿正直に従う必要も無いよね)
恵菜も冒険者であるから、恵菜一人で向かっても問題は無いはずだ。恵菜はこのまま一人で向かうことに決める。
「ナッシュ君。このまま大通りに出て、宿に帰れるかな?」
「え? お姉ちゃんはどうするの?」
「私はここへ行くよ。早くミーシャちゃんを助けに行かないと」
「嫌だ! お姉ちゃんが行くなら俺も行く!」
ミーシャが心配なのは彼とて同じ。付いていくと言って聞かないのは予想の範囲内だ。
だが、向かう先に何が待っているか分からない。連れていくわけにはいかなかった。
「ミレンさんが心配してるよ。お母さんをこれ以上不安にさせないためにも、ね?」
母親の不安を取り払ってあげられるのは、彼女の子である彼だけだ。それを理解してか、ナッシュも少し付いていくのを躊躇する素振りを見せる。
「……でも、お姉ちゃん一人だと危ないんじゃ」
「あ、それは大丈夫」
恵菜はそう言って、上に向けた手のひらから火を出してみせた。
それは徐々に渦を巻き始め、やがて人の大きさになる……前に消えてしまった。危なくなる前に恵菜が消しただけだ。
「こんな感じで、私もそこそこ戦えるから」
「す、すげー! お姉ちゃんも魔法が使えるんだ! あ、もしかして、あの金ランクのお姉ちゃんの弟子か!?」
「え? あー、まあそんなところかな、うん」
ナッシュの勘違いを正すよりも、そのまま乗っかった方が説得しやすいと判断した恵菜は、曖昧に頷いた。
「そういうわけだから、私一人でも大丈夫。ナッシュ君も一人で大丈夫だよね?」
「うん。お姉ちゃん、気を付けてね!」
ナッシュが大通りの方へ駆けていく姿を見送る。
「……さて、子供に手を出した不届き者の所へ行かないとね」
指定された場所へと急ぐ彼女の声には、紛れもない怒りが満ち溢れていた。
能ある鷹(?)は爪を隠す。




