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止まれぬ計画

「ええい、またか!」


 罵声と共に投げつけられたグラスが、床に当たって粉々に砕け散った。


「ひいっ」


 部屋の隅にいた給仕の女性が悲鳴を上げ身を縮こませる。が、グラスを投げたブラキンはそんなことには見向きもせず、目の前で姿勢を正す従業員達へ怒りをぶつけ続ける。


「妨害工作の報告に来る(たび)に失敗失敗失敗と……お前達、今まで何度同じことをしてきたと思っているのだ!」


「し、しかしですね、支配人。あの宿、日が経つにつれて防犯対策が厳重になってきていまして……」


「窓から入ろうとすると大きな音が鳴るし、初日には無防備だった風呂場の壁周りも、入った奴が突然倒れて捕まるし……。もはや宿じゃなくて砦ですよ、あれ」


「言い訳など聞きたくないわ! 失敗ばかりしているせいか、あの宿は不審者を必ず捕まえると噂になって、逆に信用が上がっていると聞いたぞ! どうにかならんのか!」


「どうにかって……」


「言われましても……」


 顔を見合わせる従業員二人。揃って完全にお手上げ、という顔だ。


 そこへ助け舟を出すべく、執事のようにブラキンの傍にいる従業員が口を開く。


「支配人。どうやらあの宿には金ランクの冒険者が宿泊しており、その者の援助によって、以前とは全く違う宿へと変貌したようです。その辺で雇った盗人程度では失敗するのも当然かと」


「……それは与太話ではなかったのか」


「一応、目撃者もいるようです」


 むぅ、と唸るブラキン。そこへ従業員は少し躊躇いながらも、一つ提案する。


「……支配人、もうここで妨害自体を止めるのも手では?」


「何?」


「先程自ら(おっしゃ)っていましたが、妨害を失敗し続けた結果、あの宿の評判は上がるばかり。成功の見込みが無い以上、ここらが潮時かもしれません」


 今までは成功していたから良かった。失敗するよりも可能性が高く、数回成功すれば相手の宿の評判を落とせていたのだから。


 だが、今回は違う。惜しいところまでは行ったが、一度も妨害工作は成功していない。失敗する可能性が高くなってしまった以上、同じことを続けるのはリスクしかない。


「若干減ったとはいえ、我々の宿にも未だにお客様はいらっしゃいます。料金などの見直しは必要かと思いますが、真っ向から勝負しても勝てるはずです。一度――」


「それでは今までの投資が無駄になるではないか!」


 従業員の言葉を遮るように、ブラキンが机を叩く。


「何のためにこの街の宿をここまで消したと思っている! あと数歩……いや、もうあと一歩のところまで来たと言っていい! あの宿さえ潰せば他の宿はゴミ同然で、計画がほぼ達成されるのだぞ!」


「元々、無理があったのです、支配人。街の宿を全て消して我々の宿だけ生き残るなど。街が小規模ならば可能だったかもしれませんが、この街は成長するのが早過ぎました」


 同業の相手との競争は、要は客の奪い合いだ。そして、街の規模が大きい程、客となり得る人も増える。宿の数が減ったとしてもその数は減らないのだから、残った宿に来る客は増え、経営を続けていけるに足りる人数が確

保しやすい。


 要するに、宿の数が減れば経る程、残った宿は生き残りやすくなるということだ。ブラキンは邪道な手段でこれを解決しようとしてきたが、(ことごと)く阻止されるようになってしまった以上、計画の続行は困難であった。


「支配人、もうこのような犯罪同然の手段は止めましょう。今一度、正しい経営へ戻し――」


「ええい、うるさいうるさい! ふざけた事を意見するな! お前はもうクビだ! 弱腰な提案しかできなくなった者なぞ必要ない! お前達、こいつを外へ叩きだせ!」


 それ以上聞きたくないと、ブラキンは横にいた従業員二人に命令する。


 一瞬、二人は躊躇う様に、お互いを見やる。が、支配人の命令には逆らえないと判断したのだろう。「すみません、支配人命令なんで……」と、クビを宣言された従業員の左右を囲むようにして、部屋の外へ連れ出していった。


「ふんっ、無能はさっさと切り捨てるに限る。さて、あの宿を叩き潰す方法を考えねばならんな」


 いつの間にか給仕の姿も消え、部屋にはブラキンのみ。未だ他の宿を潰す考えを捨てきれない彼は、一人で何か良い方法が無いかを考える。


 そして、怪しく笑いながら一人呟いた。


「……もはや実力行使しかないな。」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「はい。それでは、こちらがお部屋の鍵になります。二階に上がってすぐの部屋です。ごゆっくりどうぞ」


 エリスが二人組の宿泊客に鍵を渡してお辞儀をする。


 元々、覚えが良いのだろう。ここ数日、宿の受付作業を主に担当してきた彼女は、もはや受付全般の作業を一人でできるようになっていた。


「エリスちゃん、お疲れ様」


 客がいなくなったタイミングで、食堂から恵菜がやってくる。


「あ、エナちゃん。食堂の方は良いのですか?」


「うん。少し落ち着いてきたから、夕飯の時間前にちょっと休憩」


 そろそろ日が沈む時間帯。食堂には早めの夕食を取っている二、三人の客がいるだけだが、あと少しすれば街中を観光しているはずの宿泊客が戻って来て、また忙しくなるだろう。


「もっとも、最近はナーレイさんだけで回せるようになってきたから、私はいらない気もするけどね」


「それは良いことです。温泉卵の作成と販売も、ナッシュ君とミーシャちゃんの二人で充分回せていますよね。これなら私達がいなくなった後も、何とか宿の経営はできるのでは」


 温泉卵を作るのと街中で売り歩くのはナッシュとミーシャの仕事だ。今は宿の前でミレンが温泉卵を売っているが、エリスが抜ければ彼女が宿の受付と食堂の手伝いをすることになるだろう。人材は若干足りていないかもしれないが、回せない程ではない。


「そうだね。後は例の妨害だけど、今日は特に何事も無かった気がする」


「そういえば……。もう嫌がらせをしても無駄だと分かって、諦めてくれたのではないですか?」


「それなら作戦通りなんだけどね」


 今は恵菜達がいるからこそ妨害を防げているが、彼女達がいなくなった後も、それが継続できるかは怪しい。

 そこで恵菜は、相手に妨害工作を諦めさせるという作戦を取った。どれだけやっても無駄だと相手に思わせることで、相手の意を削ぐ。実行犯を捕まえ続けて、妨害が行える者を減らす。そうすれば、いつか相手もこれ以上は無理だと音を上げると考えたのだ。


 実際、最初の頃に比べれば嫌がらせの頻度は下がり、今日は今の所、何も起こっていない。恵菜はもう数日ぐらい信用を下げる工作をしてくるものだと思っていたが、早く諦めてくれるに越したことはない。


「確かにこの宿には入りたくないわね。そこら辺に罠があるとか、どこの古代遺跡よ」


 と、呆れ混じりに言いながら、温泉卵を持ったリアナがやってきた。


「あ、リアナちゃん。もう温泉卵の宣伝はいいのですか?」


「客足も減ってきたしね。今いる客が捌けたら店頭販売は終わるって言うから戻ってきたわ」


 今日も今日とて、店先で宣伝用に温泉卵を食いまくっていたのだろう。これでさらに夕飯も食べるというのだから驚きだ。これだけ食べてこのスレンダー体型を維持できている彼女に、最近恵菜は嫉妬しつつある。


「ところで、えっと、ミーシャはもう戻って来た?」


「ミーシャちゃんですか? 宿に戻ってくるところは見ていませんが」


 エリスが首を横に振る。宿の受付と入口付近にずっといたエリスが見ていないということは、まだ戻って来ていないのだろう。


 ミーシャはナッシュと二人で、温泉卵作りと売り子を一日おきに交代して手伝っている。今日はナッシュが温泉卵作り、ミーシャが売り子の日だ。


「ミーシャちゃんがどうかしたの?」


「いや、さっきそこで同じことをナッシュに聞かれたのよ。私は見てないって答えたら、暗くなる前に探してくるって行っちゃったんだけど、まあ、しばらくしたら二人揃って戻ってくるか」


 この時はあまり心配しなかった三人。日が落ちる前には帰ってくるだろうと思って。


 だが、だんだんと時間が過ぎていき、外が暗くなる時間帯になっても、二人は帰ってこなかった。


事件の香り。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ 要塞化が進む温泉宿でしたが、防犯対策等も万全に近い態勢が整いましたね! [一言] >「……もはや実力行使しかないな。」 寧ろ、今までも実力行使しかしてない事にブ…
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