↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/273

我慢比べ

 恵菜の作戦――それは、お化けが嫌いなクルーエルに水華がゴーストだと誤認させることだった。少し青みがかってはいるが、水華は半透明。暗い洞窟の中ではゴーストと見間違えてもおかしくない。現に、恵菜も一度はそう見えたのだから。

 さらに万全を期すため、恵菜は自分の時と同じように、水華をクルーエルの前に突然現れさせることに決めていた。その方が勘違いを起こしやすいとの判断からである。ただ、そのためにはクルーエルのすぐ近くに水があり、且つクルーエルが止まっている状況を作り出す必要があった。


 だからこそ恵菜はあちこちに水をばら撒いた。クルーエルがどこへ移動しても水が近くにあるようにするために。あとはタイミングを見計らって窮地に陥り、クルーエルを油断させる。そうして足を止めた後は、足下の水に少し注意を引き付けてやればいい。魔法でもギリギリ防げたクルーエルの蹴りを受けたのも、全てこのためだ。


 失敗すれば死んでいたかもしれない作戦。彼女なりに頑張って考えたものの、第三者からしてみれば穴だらけに見えたことだろう。しかし、それを何とか成功させることができた今、恵菜が相手すべきは目の前のケルベロスのみ。しかも、クルーエルが洗脳から解けたことに驚いているのか、ケルベロスは動きを止めている。


『サンクチュアリ!』


 好機とみるや、恵菜は即座に魔法を発動。すると、ケルベロスの足下に光の円が現れ、一瞬でケルベロスの何倍もの大きさへと広がっていく。

唱えた魔法は光属性の上級魔法であるサンクチュアリ。広範囲を聖なる光で包み込み、内側にいる者全ての傷を癒す治癒魔法だ。治癒の速度は他の治癒魔法に比べて一歩劣るが、魔法の効果範囲内に居続ければ大概の傷は治ってしまう。


 もっとも、それは人間相手に使った場合の話……いや、普通の生物相手に使っても同じ効果を発動していただろう。だが、半霊と化しているケルベロスにとって、その光は自分の体を徐々に蝕む毒と同じ。


「グゴアアアアアアアアアア!?」


 徐々に体を蝕まれていくケルベロスが悲鳴を上げる。しかし、サンクチュアリはただ内側にいる者に影響を与えるだけの魔法だ。閉じ込めたり拘束したりといった効果は無い。ケルベロスは魔法の効果範囲から逃れようと、円の外側へと駆け出す。


「水華、お願い!」


 そうはさせまいと、恵菜が水華の名前を叫ぶ。それに気づいた水華が指を振るうと、突然、サンクチュアリの光を覆うように水の膜が出現した。逃げ出そうとしていたケルベロスも含めて。


 目の前に現れた水膜を見て、ケルベロスが一瞬戸惑う。だが、足下に広がる地獄から逃れるには、これを破るしかないのだ。ケルベロスは勢いそのままに水へと突っ込む。

 だが、水の膜は破れなかった。ケルベロスの突進を受けて大きく凹みはするのだが、そのまま弾き飛ばすようにケルベロスを押し戻した。


「グオァ!?」


 地面を滑りながらケルベロスは驚いたような鳴き声を上げる。まさか止められるとは思っていなかったのだろう。信じられなさそうに、自分が突っ込んだ水膜を凝視していた。


 その水膜の向こう側で――。


「さあ。私の魔力とあなたの体力、どっちが先に尽きるか勝負だよ」


 そう言って恵菜が笑った。まるで挑発するかのように。


「ガルオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアア!」


 怒り狂ったケルベロスが今度は突進ではなく、両前足の爪で水を引き裂く。突進では突破は無理だと判断したのだろう。


 その凄まじい威力故に、水の膜にも爪の軌跡と同じ穴が空いた。だが、ケルベロスが脱出するにはその穴は小さすぎる。もっと大きく広げなければ、足下の地獄からは逃れられない。

 ただ、その穴が空いていたのも一瞬だけだった。ケルベロスがもう一度引き裂こうと前足を振り上げる前に、周囲の水がその穴を埋めてしまう。何度引き裂いても結果は変わらない。


「グォアアアアアアアア!」


 ならば今度はと、ケルベロスが炎のブレスを水膜に向かって吐き出す。属性の相性が悪いとはいえ、恵菜が発動したビッグウェーブですら打ち破った強力な一撃だ。ケルベロスにしても相当自信のある攻撃なのだろう。


 ブレスが水膜にぶつかった瞬間、物凄い勢いで立ち昇った湯気が辺りを覆いつくす。その中をケルベロスは一直線に駆け抜ける。破れていたのならそれだけで良し。破れていなくても、そこに自らも突っ込めば打ち破れる。そう信じての行動か。


 しかし……。


「グガッ!?」


 湯気の中でケルベロスはまたしても何かに突進を阻まれ、弾き返された。白い霧が晴れたその先にあったのは、相も変わらずケルベロスを逃がさぬよう取り囲む水の壁だった。上級の水魔法を突破したブレスに加えて巨体による突進。突破できる可能性は十分あっただろう。水膜を作ったのが水華でなければ……。


「グ、グォゥ……」


 ケルベロスが小さく鳴き声を上げる。許してほしいと。ここから出してほしいと。まるで囁くように。


 それを聞いた恵菜は――


「ごめんね。――あなたの言っていることが分からないの」


 そう言って笑った。


「グガルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 怒ったケルベロスは暴れだす。巨体をぶつけ、ブレスを吐き散らして、何とかここから脱出しようと試みる。

 だが、水の膜は尚もケルベロスを閉じ込めたままだった。どれだけ暴れても無駄だと言わんばかりに。


 そして……。


「グ、グォ……」


 ついに、暴れる力が尽きたのか。ケルベロスは体を支えきれず、ズズンッ!という大きな音を立ててその場に倒れた。


言葉のない声は届かない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。