思わぬ見つけもの
「はぁっ……はぁっ……。か、帰って……はぁっ……来られた、です」
「どうにか、逃げ切れたね……」
膝に手をついて呼吸を整える恵菜と、息も絶え絶えで地面に倒れているクルーエル。
洞窟から逃げ出した彼女達は、何とか村の入口まで戻ってきていた。
洞窟でゴーストと出くわした彼女達は、お互いの事など気にする余裕もなく、悲鳴を上げながら全力疾走で洞窟から脱出。だが、その悲鳴と道を確認するために灯していた光のせいで、道中でも何度かゴーストやゾンビを引っかけてしまい、完全にパニック状態となった。今は若干落ち着いているが、彼女達に洞窟を出てから村に来るまでの記憶はほとんどない。
「やっぱり……もう少し、作戦を考えてから……はぁっ……出るべきだったです」
「今更、だね……無鉄砲にも、程がある、よ」
恨めしそうに恵菜がクルーエルを睨む。無計画では彼女も負けてはいないのだが、大抵は自分だけにツケが回ってきている。直接他人をあまり巻き込んでいないことを考えれば、五十歩百歩ではあるものの、まだ恵菜の方がマシと言える。
「ていうか、なんでクルーエルちゃん、あんなに走るの、早いの……」
「これは……はぁっ……リッチの、元の身体、能力が……はぁっ……高いおかげ、です」
「それなら、暗闇の中も、見えるんじゃ、ないの?」
「見えるですが、見ないようにしてるんです……はぁっ……お化けは、見たくない、です……」
「いや、お願いだから、もう少しぐらい、周り、見ようよ……」
できれば自分だけでなく、クルーエルにも周辺の警戒はしてほしいものである。だが、こうして抗議したところで、この怖がりさんが言うことを聞いてくれるとは思えない。
「はぁっ……うぅ~、体中が汗まみれですぅ……」
「私もだよ……」
肌のべた付きに不快感をあらわにする二人。全力疾走による運動の汗に加えて、アンデッドに追いかけられる恐怖によって出た変な汗がより一層ベタベタ具合を悪化させている。
いっそのこと雨でも降ってきてほしい。二人ともそう思うぐらいに不快指数は高かった。
「あぁ、お風呂入りたい……」
「お風呂ならあるですよ、一応」
「だよねー……。こんなところにお風呂なんて…………今、なんて言ったの?」
聞き間違いだろうか。恵菜は自分の耳を疑いながらも信じつつ、クルーエルに確認する。
「だから、あるですよ。お風呂」
訪れる一瞬の静寂。が、一秒も経たずして恵菜がクルーエルの肩をガシッと掴む。
「お風呂あるの!? どこに!?」
「き、教会の中ですが……どうしたですか。まるで別人みたいですよ」
「あ……ご、ごめん。お風呂と聞いて、つい」
正気を失いかけていた(ほぼ失っていた言ってもいい)恵菜が落ち着きを取り戻す。だが、未だに彼女の目は輝いていた。砂漠の中にオアシスを見つけた人というより、御馳走を前にした飢えた狼に見えるのは気のせいだろうか。
「あれ? でも、私が教会の中を見て回ったときに、お風呂なんて見つからなかったよ?」
「普段は鍵をかけてるです。開かない部屋がいくつかなかったです?」
「あー、確かにあったよ。そっか、あの中の一つがお風呂だったんだ」
教会を調べているときに入れなかった扉があったことを思い出す恵菜。もしあの時に風呂を見つけていたら、彼女はどんな行動を取っただろう。流石に入ろうとはしなかったと信じたい。
「よし、お風呂があると分かれば早く行こう。作戦会議はその後だよ」
「お風呂に入るつもりですか? 汗でベトベトなのが嫌なのは分かるですが、やめた方がいいですよ」
クルーエルの手を引っ張って教会へと歩き出そうとした恵菜を、クルーエルが言葉で引き留める。
「どうして?」
「サラッと話したと思うですが、夜になるとこの村にも偶にゴーストやゾンビが出るです。で、お風呂は何故か遭遇頻度が高いです。もしお風呂の最中に出てきたら、滑って転んで頭打って痛い思いするですよ」
それを聞いて、恵菜の顔から嬉し気な表情が一瞬で消し飛んだ。村に帰ってくれば安全と思い込んでいた彼女だが、ここにもアンデッドが出ることを失念していた。
「…………それほんと?」
「実体験です」
洞窟に行ってすぐ帰ってきてしまったので、今はちょうど夜中である。いくら風呂好きな恵菜であっても混浴は躊躇う。しかも、その対象が大嫌いなゴースト。入れるわけがない。
「ああ……やっとお風呂入れると思ったのに……」
「そんなに落ち込むほどですか……」
ガックリと項垂れる恵菜。それを見たクルーエルは困惑顔だ。風呂一つでここまで落ち込めるものなのか、と。
「諦めて体を拭くに留めるのが無難ですよ。もしくは朝になるまで待つです。そうすれば、ゴーストも出てこな――」
「駄目だよ、クルーエルちゃん」
妥協案の提案を遮るように、再び恵菜がクルーエルの肩をガシッと掴む。さっきまで落ち込んでいた表情は消し飛び、今の恵菜は真剣な顔つきだった。
「お風呂が目の前にあるのに入らないなんて選択肢は私には無いの。あっちゃ駄目なの。もちろん、朝のお風呂だって爽やかで良いものだっていうのは分かってる。でも、今この状況じゃ朝に入るよりもすぐに入った方が気持ちいいに決まってる。汗のべた付きから解放されるその瞬間っていうのは、とーっても幸せなひと時なの。自分の体から悪いものが流れ去っていく至福の時なの。この気持ち、シスターであるクルーエルちゃんなら分かるよね? いや、むしろ分かって」
「こ、怖いです、エナさん……」
お風呂に対する持論を熱く語り始めた恵菜の剣幕に押され、クルーエルが後ずさろうとする。だが、肩を掴まれているせいで逃げられない。
「今のを聞いて、朝までお風呂を我慢するっていうのはナシっていうのは分かるよね? ただクルーエルちゃんの言う通り、今からお風呂に入るとゴーストに襲われるかもしれない。そうならないための対策をしないといけないの」
「対策って……簡単に言ってるですが、どうするです?」
「例えば、どちらかがお風呂に入っている間、もう一人が見張りをするとか。お風呂に侵入しようとする不届きゴーストたちを、見張っている人が追い払うの。ほら、意外といけそうでしょ?」
同意を求めるように恵菜が問う。だが、クルーエルから返ってきたのは首を振る呆れ顔だった。
「全然いけそうじゃないです。私達はたった今、ゴーストが怖くて洞窟から逃げてきたですよ。まともに見張りができると思うです?」
「うっ……そ、それは……」
「それに、ゴーストは壁や地面の中もすり抜けてくるです。見張りじゃカバーできないですよ。少なくとも私には無理です」
いけそうじゃない理由を次々に挙げられてしまう。恵菜が入浴している間に護衛することになるクルーエルが自分で無理だと言ったのだ。これでは安心して風呂を満喫するなどできっこない。
「とにかく、エナさんの案は却下です」
「良い案だと思ったんだけどなぁ……」
「ゴーストがお風呂に侵入するのを防ぐのはほぼ無理です。やっぱり現実味のある手段にするですよ。今は体を拭くだけにして、朝になってから……」
汗によるべた付きを風呂で綺麗さっぱり流してしまいたいのは彼女とて同じ。だが、どうしてもゴーストが怖い。安全を求めるなら夜を越してから入浴するに限るのだ。それを諦めの悪い恵菜にも理解してもらうよう、クルーエルは諭しにかかったが……。
「侵入するのを、防ぐ……? そうだよ! その手がある!」
「エ、エナさん?」
何かを思いついた恵菜がガバッと顔を上げる。それを見たクルーエルは「一体どうした?」と言わんばかりにきょとんとしているが、それに構わず恵菜がクルーエルを連れて教会に向かって歩き出す。
「行こう、クルーエルちゃん! 誰にも邪魔されないお風呂が待ってる!」
「な、何言ってるですか? 私の話、ちゃんと聞いてたです? そんな方法なんてあるわけ……」
「ないなら作るだけだよ。見せてあげるから、ほらっ、お風呂まで案内して!」
「案内してって言われてなんで私が引っ張られてるですか!?」
有無を言わさない勢いで恵菜がクルーエルを連れて教会へと歩いていく。クルーエルは未だに何が何だか分かっていない模様で、恵菜を説得しようと何度も試みる。しかし、風呂の魅力に捕らわれた恵菜の暴走は、彼女一人では止められそうになかった。
ついにまとめ買いした石鹸にも出番が!?




