探索開始
日が沈んだ空は雲で覆われているのか星の一つも見えない。明かりが無ければどちらへ進めばいいのかすら分からないほど、辺りは深い闇で覆われている。そんな中を恵菜はクルーエルに引っ張られるように進み、今は巨大な洞窟の前まで来ていた。
「いや、まさか本当に連れてこられるとは思わなかったよ……」
いささか元気のない恵菜が洞窟を覗き込む。洞窟の中は外よりもさらに暗く、明かりを近づけても奥が見えない。洞窟へ吸い込まれるように空気も流れており、まるで岩肌に空いた大きな口が来るもの全てを飲み込もうとしているようだ。
「クルーエルちゃんが言ってたペットがいるのは、この洞窟なんだよね?」
「そうです。分かりませんか? この洞窟の奥に大きな負の塊がいるのが」
「……ほんとだ。微かにだけど、嫌な感じがする」
洞窟の前にいた時から何かが体をまとわりつくような錯覚を恵菜は感じていた。洞窟に意識すると、その違和感が増す。間違いなく、この洞窟の先には良くないものが待ち構えている。
「さあ、行きましょう、エナさん。しっかりとアンデッドから護ってくださいよ」
「さっきまで引っ張ってたのに、ここからは私が先頭なんだね……。まあ、分かってたことだけどさ……」
後ろから「レッツゴー」と煽るクルーエル。そんな自分以上の怖がりさんの頭に、恵菜はデコピンでもしようかと思ったが、そんなことをしたところで村を出る前の時間まで戻るわけでもない。ここまで来てしまった以上、もう洞窟に入るしかないのだ。
「よし、行こう」
恵菜は一度大きく深呼吸し、自分の頬を叩いて気合を入れる。そのまま手に灯していた光を消した。
「ええっ!? あ、明かり消しちゃうですか!?」
「私も嫌だけど、アンデッドに見つかりやすくなるよりはマシだよ。魔力で視力を強化すればちょっと先までは見えるから大丈夫」
「それはそうですけど、やっぱり怖いですよ……。すみませんが、ちょっと袖お借りするですぅ……」
クルーエルが恵菜のローブの袖を摘まむ。これで自分を先導して行ってくれということらしい。臆病もここまで来ると呆れるしかない。
(私も怖いの駄目なのに、なんでクルーエルちゃんの頭の中では大丈夫な扱いになってるんだろ……)
恵菜とクルーエルは会ってから一日と経っていない。それなのにこの信頼のされ方である。ただ、人を頼るのはいいのだが、頼る相手を間違えている気しかしない。
かと言って、どちらもビビっていては先へ進めない。誰かが少し強がってでも引っ張っていかねばならない。その役目をどちらが担うかとなった時、ほぼ間違いなく恵菜の方が良い。一応、これでも白金ランクの冒険者で、何度か危ない場面も乗り切っているのだから。
「ほら。行くよ、クルーエルちゃん。洞窟の中で話すのは最小限でね」
「はいぃ……」
二人が洞窟へと入り、ゆっくりと進んでいく。
入口から見た通り、数十歩進んだところからはもう真っ暗だった。魔力で目を強化しているものの、それでも数メートル先が認識できる程度の視界。クルーエルが恵菜の袖を掴んでいるおかげで二人が離れ離れになる心配はないだろうが、お互いの姿もハッキリとまでは見えない。
しかも、この暗闇の中で襲われるとなると、相手がかなり近づいて来ないと認識できない。相手も恵菜達を正確に認識できているとは思えないが、遠距離攻撃を仕掛けられでもすれば対処は難しくなる。
恵菜も洞窟に入る前からそう察してはいた。だからこそ、視力だけに頼るのを早々に止め、今は辺りの気配に注意を配っている。暗闇の中であっても、気配を察知できれば相手がどこにいるのかが分かるからだ。
(今のところは……何もいないかな)
洞窟に入って数分。二人は無言で歩き続けていたが、アンデッドによる襲撃は未だにない。順調と言えば順調だが、こう何もないと逆に不安が募ってくるものだ。
(あれ? 道が)
と、ここで恵菜が立ち止まる。暗いながらも一本道だった洞窟。それがここにきて二つへと分かれていた。
「え、エナさん、どうしたです……? 何かあったですか……?」
「いや、特に変なことがあったわけじゃないんだけどね。ただ、ここから分かれ道になってるの」
震える声のクルーエルがパニックにならないよう、恵菜が何でもないと言い聞かせる。できる限り小声にしているが、それでも周りが岩で覆われた空間では音が反響し、そこそこのボリュームになってしまう。
「どっちに行ったらいいか分かる?」
「一番最初の分岐は右だったはずです。右側に石が積み重なってないですか?」
クルーエルの言葉を聞き、恵菜が辺りに目を凝らす。そして、右の道の壁側に小さく石が数個積まれているのを発見した。
「あるよ。これは何なの?」
「それは私が迷わないように置いた道しるべです。何度か分岐がありますが、それに従っていけばいいです」
「ちなみになんだけど、石が置かれている方が行っちゃ駄目な方ってことは無いよね?」
数日前の自分の失敗を思い出し、恵菜がクルーエルにそう尋ねる。ここで盗賊に襲われることはないだろうが、もっと嫌なものに襲われる可能性はある。
「無いですよ。……た、たぶんですけど」
「なんで最後に自信無くなっちゃうの……」
「だ、だって、そんなこと言われるとちょっと不安になるじゃないですか! 最初は自信あったですよ!」
「しーっ! 声が大きいよっ」
慌てて口を押えるクルーエル。恵菜が周囲の気配を確認するが、目の前にいるリッチの大きな気配以外は何も感じなかった。
「まあ、最初にクルーエルちゃんが言った通り、石がある方へ行こう」
「ま、待ってほしいです。手、手が離れてるです」
そう言われて、恵菜が自分の手が自由になっていることに気づく。どうやら、会話の間にクルーエルが恵菜のローブの袖から手を離してしまったようだ。
「ほら、ここだよ」
恵菜が右手を後ろに差し出す。恵菜の手を探っていたクルーエルがそれに触れると、即座に袖を摘まんだ。
「よし。じゃあ、行こ……?」
歩き出そうとしたところで、恵菜が違和感に気づく。何故か右袖だけでなく、左袖にも軽く引っ張られる感覚があるのだ。
「ごめん、クルーエルちゃん。袖を摘まむのはいいんだけど、できれば片方だけにしてほしいな」
片方は、まあ、仕方ない。だが、両手が塞がってしまうといざという時に対応しづらい。彼女が怖がっているのは重々承知だが、恵菜はもう片方の袖を離すように要求する。
「ふぇ? 私、右袖しか持ってないですよ?」
「え?」
思わぬ言葉が返ってきて、恵菜が思わず右後ろを振り返る。そこには、自分の右袖を両手で摘まんでいるクルーエルがいた。これでは左の袖を持てるはずがない。
だが、恵菜はローブの左袖がクイクイと左の方へ引っ張られるのを感じていた。
「…………エナさん。私、物凄い嫌な予感するです」
「……奇遇だね。実は私もなんだ」
左を見たくない。その思いは強くなる一方だが、原因が何かを突き留めずに前へ進むのも危険だ。
『ライト』
何がいるのかを確認すべく、意を決した恵菜は光を灯して左後ろを振り向く。そこには――
『ゔぁ……』
――案の定と言うべきか。恵菜の左袖を掴んでいる青白い半透明の人間――ゴーストの姿があった。
「き――」
「ひぃいいいいいやああああああああ! 『ソウルプリフィケーションーーーーーー!』」
恵菜が悲鳴を上げるよりも早く、クルーエルが大声で叫ぶ。そのまま恐るべきスピードでバッとその場から後ろへ飛び退り、一気に魔法をゴーストへ向けてぶっ放した。しかも、恵菜ごと巻き込んで。
「きゃあ!? ちょっと!? 私も巻き込まれてるんだけど!?」
「生身の人間には効かないから大丈夫です! それよりゴーストは!? ゴーストはいなくなったです!?」
「いなくなったけどマズイって! さっきのゴースト、きっと私達の話し声を聞いて寄って来たんだから、こんなに騒いでたら絶対――」
ゴーストが寄ってくる。そう言おうと思った恵菜だったが、必要はなさそうだった。なぜなら……。
『うぉぉ……』
『が……ぃ……』
進もうと思っていた道の奥や壁から、ゴーストが次々とやってきていたからだ
「きゃああああああああああ!?」
「いやああああああああああ! に、逃げるですううううううううううう!」
今度こそ同時に悲鳴を上げる二人。だが、そこからの行動はクルーエルの方が早く、先導してくれていた恵菜などお構いなしに、一人でその場から逃げ出した。
「ちょ、ちょっとクルーエルちゃん!?」
『ゔおォあ……』
「ひぃっ!? お、置いてかないでよー!」
こんな場所に一人取り残されるなど御免である。恵菜は半泣きになりながら、微かにしか見えなくなったクルーエルの後を全力で追いかけた。
探索終了(むしろ中止?)




