語られる過去
「――実は私、出身はこの村じゃないです。経緯についてはあまり関係がないので省くですが、三年前、シスターの修行でここの教会に来たです」
薄暗い寝室を照らす蝋燭。ゆらゆらと揺れる火を見つめながら、ベッドに座るクルーエルは話し始めた。
「もちろん、その頃は村にもまだ人が住んでいたです。良い村だったですよ。いつも皆が明るく笑っていて、外部から来た私にも優しくしてくれたです。本当に毎日生きているって感じがしたです」
懐かしむように彼女の口から一年前の村の様子が語られる。時折薄っすらと見せる嬉しそうな表情からして、彼女はこの村が好きだったのだろう。
それが何故、今はこうなっているのか。そして、何故彼女はリッチになっているのか。恵菜はますます分からなくなってくる。
「本当に、本当に楽しかったです。……でも、そんなある日、あいつがやって来たです」
一変する場の雰囲気。クルーエルの顔からもさっきまでの楽し気な表情は消え、今は影が差している。
「あいつ……? あいつって?」
「分からないです。何せ夜だったですから。何故か私はその日の夜、全然眠れなくて。ふと外を見たときにあいつを見つけたです。あいつは村の中心まで来ると、そこで魔法を使い始めたです」
村のど真ん中、それも人気のない夜中に魔法。明かりが欲しくて光を灯す魔法を使っただけかもしれないが、それなら移動する時点で魔法を使っているはずである。明らかに人目を避けた隠密的行動だ。
「私も魔法の知識はそこそこあったですが、あいつの魔法の詠唱には全然聞き覚えが無かったです。よく聞き取れなかったというのもあるですが、ただ、良い感じはしなかったです」
詠唱が進み魔法が完成に近づくにつれ、術者の周りにはちょっとした変化が起きる。例えば、風の魔法を唱えていれば術者の周りに微弱な風が吹く、といったように。こういった現象は使う魔法のランクが高いほど目に見えて現れやすい。クルーエルが感じたものも、そういった魔法の影響によるものだろう。
「止めなきゃと思ったです。でも、何故か体が動かなかったです。怖くて怖くて、その場から一歩も動けなかったです。何もできないまま数分ぐらい経った頃に、あいつは魔法を発動したです」
発動に数分を要する魔法。どれほど丁寧に詠唱したとしても、中級以下の魔法ではそこまで時間がかかることはない。
一体、どんな魔法が使われたのか。想像する恵菜だったが、その魔法は彼女の想像を超えていた。
「――そこで、私の人間としての人生は終わったです」
一瞬、恵菜はクルーエルの言っていることが分からなかった。だが、脳でその言葉を反芻するにつれて、徐々に理解してきてしまう。
「終わったって……そんなっ、一瞬で死んじゃったってこと!?」
「いえ、一瞬でというわけじゃないです。発動してから少しの間は意識があったです。私はシスターだったですから、主様の御加護で護られたのかもしれないです。ただ、ずっと気持ちが悪くて、教会の外へ助けを求める前に力尽いたですが」
淡々と語るクルーエル。だが、聞かされる側にとって、その内容は淡々と受け入れられるものではない。事実、恵菜もそんな嘘みたいなことはあり得えないと、頭の中で一度否定したぐらいだ。
「その後はしばらく記憶がないです……。まあ、死んでいたですからね。で、気が付けば私はこうしてリッチになっていたです」
「まさか、人をリッチに変えたってこと……?」
「たぶん、違うです。リッチになったのは私だけですし。あれが何の魔法だったのかは未だに分からないですが、ただ、もっと恐ろしくておぞましいものだと思うです」
クルーエルが自分の肩を抱き、ブルッと身震いする。話で聞くだけでは分かりづらいが、経験した者にしか分からない恐怖があるのだろう。
「リッチになった直後の私は何が起きたのか分からなかったです。でも、次第に何があったのかを思い出してきて。村のみんなが心配になって教会の外へ出たです……。そしたら――村が死んでいたです」
「村が、って……一体どういう意味?」
「そのまんまです。村にいる生き物――家畜やペット、そして人間もみんな、みんな死んじゃってたです。しかも、死んだ状態で動き回っていたです」
恵菜がそれを聞いて息を呑む。すべての生き物が一瞬で死んでしまったことに対する恐怖で。それを実現してしまう魔法が存在することに対する恐怖で……。
「それを見た私はもう完全にパニックでした。ゾンビが皆、こっちへ近づいてくるんですよ? 失神するかと思ったです」
「だ、大丈夫だったの?」
そんな状況に置かれれば、まず間違いなく恵菜は気を失っただろう。自身を含めた全員んが死んだという事実と合わせれば、気が狂ってもおかしくない。
「辛うじて気絶するのは堪えたです。発狂寸前になって逃げ惑いながら、私はみんなを浄化しないとって思ったんです。で、無我夢中で使える浄化の魔法を手当たり次第に使ってたです」
「浄化? リッチって光属性の魔法も使えるの?」
「人間の時はシスターだったですからね。その時に使えた魔法が未だに使えるです。あ、今でもシスターでいるつもりですよ。何故か適性の無かったはずの闇属性まで使えるようになってしまいましたが」
魔法の適正は先天的なもの。努力でどうにかなるようなものではなく、適正の無い属性の魔法は適正のないままだ。だが、話から推測するに今のクルーエルには人だった頃とは違う適正を得ている。一度死んでリッチに生まれ変わったことで適正が変わってしまったのだろうか。
「……話が逸れたですね。しばらく浄化を続けていましたが、気が付けば村にいるのは私だけになっていたです」
「誰も、生き残ってなかったんだ……」
「はい……。それ以来、村はずっとこのままです」
「じゃあ、クルーエルちゃんがこの村にいるのは、好きだった村を離れたくないから?」
「うーん、どちらかというとあの村の雰囲気が好きだったです。確かに少し躊躇いはあるですが、出ていけない程ではないです」
どうやら、クルーエルには村を離れることに対しての未練はないらしい。
ならば何故? そう思う恵菜だったが、クルーエルは自らその理由を話し始めた。
「ちょっと話が逸れますが、実は私、ペットを飼っていたです」
「ペット?」
「元は教会の近くで捨てられていた子犬たちです。本当はペットを飼ってはいけなかったですが、司祭様に隠れてコッソリと飼ってたです。三匹とも可愛かったですよ」
彼女の顔に一瞬だけ浮かんだ笑み。楽しかった日々を思い出したのだろうか。しかし、それもすぐに消えてしまう。
「ゾンビを浄化した後、私はそのペットのことを思い出したです。望みは薄かったですが、生きていてほしいと願いながら探し回ったです。……でも、あの子達も村の人と同じでした」
「まさか、ゾンビに……?」
「ゾンビ、と言っていいのかは分からないです。あの子達は私が知っている姿とはかけ離れていましたから。言い方が酷いですが、あれはもう……化け物としか言えないです」
元は可愛がっていたペット。それを化け物と言うしかないのはさぞ辛いことだろう。彼女の目からは雫が零れ落ちていた。
「浄化して、あげたかった……。ただ、村の人達を浄化するのに魔力をほとんど使ってしまった私には、もうそんな力は無かったです……」
「じゃあ、そのペット達は……?」
「……逃げました。浄化されるのが嫌だったんだと思うです。浄化されてしまえば、もうこの世界には居られなくなるのですから……」
浄化と言えば聞こえはいいが、悪しきものからすれば殺されるのと同義だ。一度死んだ者であろうとも……いや、一度死んだ経験があるからこそ、もう二度と死にたくないと思うのかもしれない。
「……それでも、私はあの子達を浄化してあげたい。それがこの村にいる一番の理由です」
「え? でも、逃げちゃったんじゃ……」
「逃げられましたよ。でも、どこに行ったのかはもう分かってるです。この村からちょっと行った場所に洞窟があって、あの子達はそこにいるです」
どうやら、まだ近くにそのペット達はいるらしい。それを浄化するために、クルーエルは今までこの村にずっといたということだ。
「問題はあの子達の負の力が強すぎて、あの洞窟に悪しきものが集まっていることです。自慢ではないですが、こう見えて私、ゴーストとかゾンビが苦手です」
「あー……初耳だけど知ってるよ」
階段を誰かが上ってくる音にビビり、隠れていたクローゼットを開け放たれて叫びまくっていたクルーエル。その姿を見れば、誰だって怖いものが苦手だと分かる。
「まあ、後はお察しです。あの洞窟に行って、アンデッドに襲われて、逃げ帰ってくる。そんなことを繰り返してたら一年経っていたです」
「…………」
不思議と簡単にその光景が目に浮かぶ恵菜。メンタルが強いのか弱いのか分からないが、少なくとも一年間、浄化を諦めていないクルーエルの気持ちは本物だ。
「ですが、諦めるわけにはいかないです! 私はあの子達を浄化するまで、絶対に死なないと誓ったです! だからエナさん、私を見逃してほしいですううううう!」
「うわっ!? ちょっと、分かった! 分かったからそんないきなりしがみ付いて来ないで!」
感情変化の激しさもそうだが、突然の行動に恵菜が驚かされる。見た目は普通の少女だが、クルーエルも一応、広義的にはゾンビだ。しかも、彼女の体はビックリするぐらい冷たい。こんな薄暗い中、いきなりしがみ付いて来られると心臓に悪い。
「分かったですか!? 分かってくれたですか!? 言質取ったですよ!」
「言質取ったって……。まあ、今の話を聞く限りだと、クルーエルちゃんを殺すことなんてできないのは確かかな」
クルーエルの言っている事が真実であるかどうかという問題はある。だが、恵菜は全てが作り話とも思えなかった。話の途中で彼女が流した涙は、嘘で作れるものではなかったからだ。
「でも、そうすると依頼はどうしようか……」
「冒険者にこう言うのも気が引けるですが、取りやめてもらうにはいかないですか?」
「取り止めるのはいいんだけどね。ただ、私が止めてもたぶん、次の冒険者が来ると思う。だから、どうにかして依頼はここで終わらせておかないと」
「終わらせてって、私を殺すしかないじゃないですか!?」
「いや、依頼した人からは討伐じゃなくて追い払うだけでもいいって言われてるの。ただ、今の話だとこの村も離れられないみたいだし……」
依頼を破棄しても駄目。遂行するのも躊躇われる。時間や金銭の問題もあるため、保留にもできない。この八方塞がりに近い状況をどう打開すべきか、うんうんと唸りながら恵菜が考えるが、どうも上手い解決策が思いつかない。
そのまま長い時間が経過すると思われた、そんな時だった。
「そうです! エナさん、私と一緒にあの子達の浄化をするです!」
「はい?」
手を上げながらそんなことを言い出したクルーエル。彼女の目は「名案でしょう!」と言わんばかりに輝いている。
「え、あの、どういうこと?」
「私がこの村にいる理由は、あの子達を浄化したいからです。ただ、一年経ってもできていないです。このままだといつ終わるか分からないですが、エナさんが手伝ってくれればすぐ終わるかもしれないです!」
「それって単に私を手伝わせたいだけなんじゃ……」
恵菜がジト目でクルーエルを睨む。だが、よくよく考えてみれば一つの解決策だ。クルーエルのペットを浄化できさえすれば、彼女がこの村に留まる理由が消える。彼女もこの村に未練は無いようだから、村から離れてもらうことも難しくない。
恵菜はクルーエルを殺すことなく依頼の達成が可能。クルーエルは自分のペットを浄化することができる。両者とも損をすることはない、完璧な解決策に思える。ただ、問題が二つある。
「でも、浄化を手伝うって、具体的にどうするの? 私、浄化の魔法使えないよ」
一つ目の問題がこれだ。恵菜は浄化の魔法を使えない。いや、使えないというよりは知らないの方が正しい。
恵菜の魔法の知識はユーリエの修行で得たものだ。ユーリエが使える魔法は恵菜も全て使えるし、あの家にあった書物の魔法も習得済みである。だが、意外にも浄化の魔法の知識はそこにはなかったのだ。
「そりゃそうですよ。浄化の魔法は教会でしか学べないんです。魔法学院でも教えてくれない秘密の塊――言わば教会機密なのです!」
「そ、そうなんだ」
「まあ、私が教えてもいいですが、一朝一夕で身に付くものでもないですからね。時間もかかるのでこの方法は無しです」
自分で秘密だと言っておきながら、普通に教えてもいいと言い出したクルーエル。リッチとなってしまった今、機密などどうでもいいと思っているのだろうか。
ちなみに、恵菜は詠唱さえ分かれば魔法が使える。伊達に古代語をマスターしてはいないのだ。ただ、実戦で使うレベルに持っていくには、最低でも詠唱を省略できるぐらいにならないといけない。そうなるまでには数日かけて魔法を反復して使い、魔力の操作を体に覚え込ませる必要がある。
「じゃあ、一体どうするの?」
「エナさんには目的地までのアンデッドを倒してほしいです。いつも一人で行ってるですが、途中で魔力が尽きちゃうのです。本当は浄化してあげたいですが、今回はそうも言ってられないです。だから、安心して倒してくれていいです」
要はペットがいるであろう場所までの護衛を恵菜に頼みたいということだ。必要な魔力を温存し、ペットの浄化に全力を注ぐ作戦らしい。
しかし……。
「あー、予想はしてたけどやっぱりそうかぁ……」
「? この作戦じゃ不満です?」
「不満というか……。実を言うと私もお化けってそんなに得意じゃないからさ。あまり戦いたくないっていうか……」
これが問題の二つ目。クルーエルのビビリっぷりには及ばないが、恵菜もアンデッドは苦手だ。苦手な者同士が組んだところで、苦手を克服できるはずもない。マイナスにマイナスを加えても何も変わらないのだ。
だが、クルーエルはそうは思っていないらしい。
「何言ってるですか! 一人なら駄目なものも、二人いれば大丈夫になるかもしれないです! 仲間がいるのといないのとでは雲泥の差です! そもそもエナさんは私を討伐しに来たんですよね! てことはアンデッドと戦うことも承知で来たはずです! そうですよね!?」
「うっ……ま、まあ、そうなんだけど」
「なら大丈夫です! 私に比べれば全然ヘタレじゃないエナさんならできるです! さあ、一緒に行くですよ!」
クルーエルがそう言って、恵菜のローブの袖を掴む。
「えっ? ま、まさか今から!?」
「こういうのは先延ばしにするとズルズルと開始が遅れるです。丁度良く日も沈んできたようですし。それに、エナさんの心が変わると私が困るです。誰かが手伝ってくれるうちに終わらせるです」
急かすように恵菜を引っ張って部屋を出るクルーエル。さっきまで怯えていた彼女からは想像もつかない。夜になると力が増すリッチは気持ちも前向きになるのだろうか。はたまた恵菜という仲間ができて自信がついたのか。
しかし、一つ肝心なことを忘れている。
「私まだ一言もやるって言ってないよ!?」
既に、彼女の頭の中では恵菜が手伝ってくれることが確定しているらしい。恵菜の必死の抗議は聞き入れてもらえなかった。
乗算すればプラス(リッチの思考)。
誤字を修正しました。(2019/11/24)




