パニック
「え? 目の前って?」
「目の前と言ったら目の前です。エナさんの目の前には誰がいるです?」
そう言われて、恵菜が目を凝らす。だが、どう見ても目の前にいるのはシスターの恰好をした少女が一人だけ。その他には人や魔物はおろか、動くものすら見当たらない。
「誰って……クルーエルちゃんだけ、だけど」
「そうです。私ですよ」
「……はい?」
思考が停止する恵菜。訳が分からない、というよりは理解することを拒否している感じだ。
そう。言葉通りに捉えるのであれば、答えは一つしかない。ただ、それを受け入れられないだけである。
まさか。そんなはずは。あり得ない。そういった言葉が恵菜の脳内を駆け巡る。だが、そんなことも露知らず、クルーエルは――
「――私がリッチです。本物の」
自分の胸に手を当てて、そう宣言した。
しかも、何故かドヤ顔で。
「いやー、それにしてもびっくりです。エナさんが探していたのが私だったなんて。それで、エナさんはどんな依頼で私を探していたです? 人探しの依頼です?」
ニコニコと笑顔のクルーエル。自分に会いに来てくれる人がいたことが嬉しいのだろうか。まあ、こんな場所に一人でいるのだから、人が恋しくなるのも分からなくはない。
だが、彼女は勘違いをしている。恵菜が探しにきたのは「クルーエル」ではなく「リッチ」なのだ。
「と、討伐の依頼、なんだけど……」
「…………はい?」
吹き飛んでいくクルーエルの笑顔。どうやら、彼女も恵菜と同じく、理解が追い付かなくなったようだ。
「いや……だから、あの、討伐の……」
「と、討伐、ですか? てことは……エナさんは、私を、殺しに来たです……?」
「い、いや、クルーエルちゃんじゃなくて……私は、リッチを……」
「で、でも、リッチは私ですよ……? エナさんがリッチを殺しに来たってことは……ことは…………」
訪れる一瞬の静寂。そして――
「いやあああああああああ! やっぱり殺されるんですうううううううう! エナさんの嘘つきいいいいい! 殺さないって言ったのにいいいいい! さては私を騙したですね!? 私を安心させておいて後でコッソリと寝首を掻こうとしていたですね!?」
「ええええええええ!? そんな気はなかったよ!? あの時はただクルーエルちゃんを安心させようと――」
「安心させるために嘘を吐いたですか!? てことはやっぱり後で殺そうとしてたですね! 悪魔です! エナさんは悪魔ですうううううううううう!」
「う、嘘も吐く気はなかったって! ただの不可抗力だよ! 殺すのだって少なくともその時は思ってなかったよ!」
「今は思ってるってことですか!? もう殺す気満々ですか!? もっと躊躇ってくれてもいいじゃないですかああああああああああ!」
「躊躇ってるからこうなってるんだよ!?」
完全にパニック状態の二人。仲良さげな雰囲気から一転、殺すか殺されるかの関係だったという事実に思考を引っ掻き回されている。だが、混乱する二人は戦うどころかあたふたするだけだ。人間、突然の事態には思考が追い付かなると言うが、いま彼女達はまさにそういった状況なのだろう。人間なのかはおいておくとして。
「うわあああああん! 死にたくないです死にたくないです死にたくないですううううう! 私は悪い事なんてしてないですううううう! ちゃんと毎日お祈りは捧げてますしお掃除もしてるですううううう! それなのにこの仕打ちはあんまりです主様あああああ!」
恵菜の脇をすり抜けてベッドに逃げ込み、布団を被ってしまうクルーエル。自身の不幸を呪うように、自らが信仰する神へと抗議をし始めた。アンデッドであるリッチがシスターとしての日々を送っているというのも変な話ではあるが、それが神に文句を言うのも中々にシュールである。
しかし、彼女の神へ対する不満を聞いた恵菜は、もう一つおかしなことに気づく。
「一つ聞かせて! クルーエルちゃんって、この村を滅ぼしたんじゃないの!?」
「するわけないじゃないですか! 元々私はこの村の住人ですよ! そんなことする理由も無ければする力も無かったですしリッチになったのも村が滅んじゃった後です! 私は何もしてないですううううう!」
布団から返ってくるくぐもった涙声。その内容は恵菜を大きく混乱させるものだった。
「どういう、こと? 私が聞いたのと違う……」
リッチが村を壊滅させ、その村に住み着いた。それがコロッソから教えてもらった事件の顛末だ。それだけ聞けば、間違いなくリッチは加害者である。
しかし、クルーエルは自分がこの村に住んでいた人間だったという。これでは加害者というよりは被害者側だ。それに、村一つをただの人間が一人で壊滅させられるとは思えない。
「あぁ~……もう駄目ですぅ~……。逃げるにしてもまだ日は沈んでないから逃げきれる自信がないですぅ~……。ほら、さっさと煮るなり焼くなり好きにするですぅ~……。でもできればあまり痛くないように殺してほしいですぅ~……」
クルーエルがついにベッドに仰向けになりながら人生へのギブアップ宣言。抵抗する気はないらしく、目を閉じながらシクシクと涙を流しているだけだ。間違いなく、今攻撃すれば確実に倒すことができる。
だが、恵菜は何もしようとはしなかった。
「……いや、クルーエルちゃんは殺せない」
「ふぇ?」
恵菜の言葉に、クルーエルが思わず泣くのをやめて体を起こす。
「どうしてです……? まさかっ、いたぶられるだけいたぶられて半殺しの状態にされるです!?」
「どうして私がそこまでひどい事する人間に見られてるの!? じゃなくて、依頼で説明されたことと、クルーエルちゃんの説明が嚙み合ってなさ過ぎるの! だから、まずクルーエルちゃんから話を聞きたいの!」
話がしたい。そう言われたクルーエルが驚きのあまり目を丸くする。
「正気、ですか? リッチですよ? エナさんの討伐対象ですよ? そんな私の言葉を信じられるですか?」
「信じるかは分からないよ。ただ、本当に街を滅ぼしたような悪いリッチなら、そんな抵抗もせずにアッサリと諦めるとは思えないかな」
恵菜は頭では混乱しながらも、クルーエルがリッチと分かった瞬間から、不意打ちが来ても大丈夫なようにはしていた。だが、クルーエルは猛抗議という不意打ちはしたものの、恵菜を攻撃することはしなかった。しかも、最終的には命乞いすら止めて死を覚悟である。下手をすれば本当に殺されかねない行為である。演技をするにしても、もう少し別のやり方があるはずだ。
「それに、最初から一方的に決めつけるのも良くないと思う。こうして言葉が通じるんだし、友好的な解決策があるのならそうしたいんだ」
討伐ができるかどうかはともかく、実力行使に出るだけなら簡単なことだ。ただ、それは真実から目を背ける思考放棄に近い。そんな手段で依頼を達成し報酬を得る行為を続けていけば、いつか自分が自分ではなくなってしまう。恵菜はそんな気がしてならなかった。
話が一切通じず、問答無用で襲ってくるような相手だったのなら実力行使しか選択肢は無かった。逆に、対話が可能な相手であるなら、対話をすることで取れる解決策が増えるかもしれない。それで善悪を判断してから行動を起こしても遅くはない。
「だから、お願い。この村で何があったのか教えてほしいの」
今回の依頼は討伐依頼ではあるが、幸いにもコロッソからはリッチを追い払うだけでもいいと言われている。それに、手段に対しては何も言われていない。目的を果たせれば、恵菜が何をしても良いという考えだろう。もっとも、魔物と対話して出て行ってもらう方法など微塵も考えていなかっただろうが。
「……分かりました。私も死にたくはないです。本当の事を言うです」
怖がリッチ。
調子が良かったので二日連続更新です(いつぶりだろ……)。




