後悔する依頼
「見事な戦いだった」
模擬戦の後、恵菜達は再び屋敷の書斎へと戻ってきていた。他でもない、依頼の話をするためだ。
……が、現在、書斎で行われていたのはコロッソによる先の戦評だった。
「引退した後とはいえ、元宮廷魔術師。そんな彼を相手に無傷での勝利。紛れもなく、君の実力は本物だ」
「あ、ありがとうございます」
「いやはや、最初に君がここへ来たときは何の冗談だと思わされたよ。年端も行かぬ少女が――しかも一人で来たことなど初めてだったのでね。実力を疑ったこと、謝罪させてほしい」
先の戦いに興奮しているのだろう。コロッソの口調は落ち着いているものの、彼の口から出てくるのは賛辞の嵐。恵菜としても褒められるのに悪い気はしないのだが、そろそろ止めなければ話が進まない。
「実力を認めてもらえて何よりです。では、そろそろ依頼について聞かせていただいても良いでしょうか?」
「おお、そうだった。これが一番重要なのだったな」
依頼のことがすっかり頭から抜け落ちていたようだ。模擬戦に熱くなるのは結構だが、何のための模擬戦だったのかを忘れてもらっては困る。
「君にやってもらいたいのはただ一つ――魔物の討伐だ」
「討伐、ですか?」
あれほど秘密にしていた依頼だ。さぞ複雑な事を聞かされるに違いない。恵菜はそう思っていただけに、いつも受けているものと同じ種類の依頼が出てきたのは意外だった。
「ああ、そうだ。場所はここから北東へ行ったところにある村。人口で言えばピレートに及ばなかったが、それでも普通の村に比べればはるかに栄えていた村だった」
そう語り始めるコロッソ。だが、恵菜はその最後の言葉から違和感を拭えなかった。
「だった……?」
「……そう。察しの通り、その村はもう無い。いや、村自体はあるのだが、誰も住んでいない」
「住んでいないって、皆引っ越してしまったのですか?」
「違う。死んだのだ。……一人残らず、な」
村人の全滅。その事実を知った恵菜が絶句する。
「そんな……。一体、どうしてそんなことに?」
「当初は疫病、もしくは魔物の大量発生を疑った。村人が全員死ぬなど、それ以外には考えつかなかった」
村に何らかの異変があれば、近くの街へ誰かが知らせに来るはず。しかし、話を聞く限りだとそれすらなかったと思われる。
となると、コロッソの言う通り、村人が動けない程に衰弱する疫病が蔓延したか、大量発生した魔物達の手で村が一瞬で壊滅させられたかの二つが可能性としては濃厚。特に、後者は頻度としては少ないまでも、世界中で確認されている事象である。
しかし、コロッソは自分で言っておきながら首を振った。
「だが、そのどちらでもなかった。村からは荒らされた痕跡はおろか、村人の死体すら見つからなかったのだからな」
「死体が見つからなかった……? それでは、どうして死んだと分かったのですか?」
「生きている者が見つからないのだ。この事件が起きてから一年経つが、その間に消息が一切不明となると、もう望みはあるまい。……それに、そのとき村へ調査に向かった者達が見つけたのだ。その原因と思われる存在を!」
拳を握りしめ、怒りを露にするコロッソ。今まで冷静だった彼が初めて表に現した感情。同じ国、それも近くの村ということは、彼の知り合いもそこにいたのかもしれない。
「それが、今回の依頼の魔物ですか」
「そうだ。一年前に村を襲い、壊滅させたであろうあの魔物を君に倒してほしい。いや、どこかへ追い払ってくれるだけでもいい。死をばら撒いたあの悪魔が近くにいるというだけで、私にとっては頭痛の種なのだ。どうか、頼めないだろうか」
縋るような目でコロッソが頼み込んでくる。だが、恵菜には一つ気になることがあった。
「国は動いてくれないのですか?」
そんな村を壊滅させた魔物なら、国が軍を動かして討伐に向かってもおかしくない。国内の脅威は、できるだけ早く取り除いておくに限るのだ。一年もの間、ギルドに依頼したまま放置など、普通は考えられないことである。
だが、その問いかけにコロッソは苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「動いたとも。だが、あの魔物は姑息でな。いざ討伐だと向かっても、姿を隠してしまって見つからないのだ。恐らく、大人数で押し寄せると気配を察知されるのだろう」
国の軍は少人数による戦闘を得手としていない。彼らの戦い方は、数を揃えて物量で攻めるのが基本だ。戦術や連携といった戦い方も大人数によるものを前提としている。
一方で、冒険者は少数による戦いが基本。恵菜のように一人だけで活動している者も多く、パーティを組むにしても数人規模が最大だ。故に少数戦闘は冒険者の方が慣れている。
今回の依頼は少数による討伐が絶対条件。ならば、適任は軍ではなく冒険者ということになる。
「――分かりました」
「おお、やってくれるのか」
「はい。このまま街の皆さんが不安な日々を送るのは見過ごせません」
当然、断ることはできる。危険性は未知数だが、依頼のランクは金。簡単に終わらせられるものでないことは確実である。
しかし、このまま放置し続けて良い問題でもない。一年間残されているということは、達成できる者が誰もいなかったということだ。ここで恵菜が無視すれば、次に受けられる者が現れるのがいつになるか分からない。
今は自分しかいない。そう感じた恵菜は、困っている人を助けたいという正義感から依頼を引き受けることに決めた。
「ちなみに、その魔物について何か分かっていることはありますか?」
「正体はもう分かっている。リッチだ。発見した者達は遠巻きに見ただけだったらしいが、人型の魔物などそれぐらいしかいない」
「り、りっち……?」
聞き覚えのない名前に恵菜が戸惑う。
「む、知らないのかね?」
「はい、初めて聞きました」
名前の響きからして可愛らしい魔物を想像していた恵菜。だが、金ランク依頼だということを思い出し、想像を頭からかき消す。
「リッチはアンデッドの王とも呼ばれる存在だ。怨念の集合体だという説もあれば、元は大魔術師だった者が闇に堕ちたという説もある。ただ、詳しくは分かっていないというのが現状だ。だが、どの個体も強力な闇属性の魔法を操るらしい。聞いた話ではゴーストを呼び寄せたりゾンビを召喚したりといった魔法も使えるとか」
リッチがどんな魔物か。自分が知っている限りの情報を惜しげもなくコロッソが伝える。もっとも、情報としては隠すようなことでもなく、討伐成功のために最大限協力するのが当然なのだが。
「ゴ、ゴースト……? ゾンビ……?」
だが、未だに恵菜は戸惑っている。しかし、それは聞きなれない言葉が出てきたからではない。むしろ、それらは彼女も良く知っていた。
「あの……ゴーストって、フワフワ漂ってる、お化けみたいなやつですよね?」
「そうだ」
「で、ゾンビっていうのは、フラフラしながら歩いている……」
「うむ。生きた死体だ」
段々と顔が青ざめてくる恵菜。できれば自分の想像と当たってほしくないと思っていたが、どちらも大正解だった。
「リッチを相手にする以上、ゴーストやゾンビ共を相手にすることもあるだろう。それでも、君ほどの実力があれば、ゴーストやゾンビ程度など簡単に蹴散らせる。問題はなかろう」
「あー、えっと……」
「む? ああ、村に被害が出るだとか、そういったことは考えなくていい。もう人は住んでいないからな。存分にやってくれて構わん。それに、奴は村にずっといるわけではない。その付近で発見されることが多いだけだ」
見当違いな回答を得られ、恵菜が心の中で頭を抱える。
何故魔物について真っ先に聞かなかったのか。何故もっと慎重に考えて承諾しなかったのか。そんな後悔ばかりが襲ってくる。
「あの魔物の存在が公になり、恐怖に怯えた住人がここを離れて街が廃れるのではないかと不安な一年だった……あの魔物がいなくなれば、もうそんな不安を抱く必要もない。君には期待している」
「ぁ…………はい」
こうも期待の眼差しを向けられてしまっては、もう引き下がることなどできない。恵菜には頷く以外の手段は残されていなかった。
……もうお分かりだろう。彼女は、お化けが大嫌いである。
お化けが相手なんて聞いてない。
(聞かなかった方が悪い)




