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捜索

 何がきっかけだったのか。そう聞かれても恵菜は分からないと答えるしかない。別に何かされたわけでもなければ、そもそも一度も実物を見たことすらないのだから。

 ただ、父親が大好きだったホラー映画が一番の原因だったのではないかと彼女は思っている。マンションの住人達がポルターガイストによって次々と原因不明の死を遂げるという内容の映画を、幼い頃の恵菜は怖いのに目が離せなかった。当然、映画の後にはトイレに一人で行けなくなり、小学生になるまで両親を困らせ続けた。


 流石に今は精神的に成長したおかげでそんなことはない。だが、成長した今でもやはり怖いことに変わりはない。特にゴーストだ。正体不明、且つ壁を突き抜けてくるような存在を好きになどなれない。できれば人生の中で一度も会わない方が望ましい。


 しかし、世の中、自分にとって好ましくない事象と鉢合わせることは多々ある。引き受けてしまった依頼によって、彼女はお化けに会いに行かなければならなくなってしまった。引き受けて宿に帰った後は、ベッドに倒れ込んで「あー……」だの「うー……」だのといった意味不明のうめき声をあげていたぐらいには後悔していたが。

 そして、その後悔は今なお継続中。ピレートを出て二日と半日経つが、問題の村を目指して進む足取りはいつもより重い。いつもの恵菜ならもう少し進むのが早いはずだ。


「…………」


 しかも無言である。独り言を呟き続けているのもそれはそれで中々に危ない人だが、今は無表情も相まってかなり不気味だった。

 そんな感じにテンションが海の底状態だった行程だったが、ついに終わりが近づいてくる。恵菜の視線の先に合ったのは、いくつもの民家――目的地だった村だ。


 村の入口で立ち止まる。日が沈むまでまだ時間はあるが、誰も歩いていない村は何とも言えない雰囲気を漂わせている。


「……魔法で全部飛ばせないかな」


 村に着いて真っ先に出てきた台詞がこれである。余程精神的にまいっているようだ。


 一応、コロッソから村の被害は考えなくていいと言われている。たとえ彼女がサイクロンをぶっ放して村を消し去ったとしても、何か苦情が来ることはないだろう。

 しかし、最上級魔法でリッチが倒せるとは限らない。仮に倒せたとしても、瓦礫の中に埋もれてしまっては確認するのも一苦労だ。討伐依頼である以上、討伐したことを証明するものは必須なのだ。


「やっぱり、探さないと駄目だよね……」


 まずは村全体を探さなければならない。ただ、気配に敏感な相手だ。既に存在を気づかれ、罠を張っている可能性もある。恵菜は不意打ちを警戒しながら、家を一軒一軒回り始める。

が……。


「全然見つからない……」


 探せど探せど、どの家にもリッチはおろか、動くものすら見つからない。家の中は薄暗い所もあるので、アンデッド系の魔物が飛び出してきてもおかしくはない(当然、恵菜としては出てきてほしくない)のだが、ここまで何もないと本当にリッチがいるのか疑問に思えてくる。最初の恐怖心も、今ではかなり薄れてきていた。


「今はいないのかな?」


 コロッソの話では、リッチは村にずっと籠っているわけではないらしい。しかも、通常のアンデッドと違って、上位アンデッドであるリッチは昼間でも活動できるとのこと。行動パターンが読めない以上、今の時間帯でもリッチがいないというのは充分あり得る話であった。


「あとは、ここだけか」


 ほぼ全ての建物を見終えた恵菜が最後の建物の前にやってくる。彼女の目の前にあるのは、屋根に十字を模ったモニュメントを持つ建物――教会だ。ただ、教会と言ってもそれほど立派なものではない。村の中では一番の大きさだが、他の家よりも少しだけ大きいかといった程度だ。


(ここにもいなかったらどうしよう……)


 街に戻ることも考えた恵菜だったが、その間にリッチが戻ってくる可能性は否定できない。リッチを倒すまでこの依頼が続く以上、村の近くに留まってリッチが戻ってくるのを待つ方がいいのは明白。問題は恵菜がそれをしたくないというだけだ。主に、夜になってお化けが出てくるのが怖いという理由で。

 もっとも、リッチがこの教会内にいればそんなことはしなくて済む。リッチがいてほしいのか、それともいてほしくないのか。どちらとも言えない心境のまま、恵菜は教会へと足を踏み入れた。


 真っ先に恵菜の目に飛び込んできたのは礼拝堂。実際に見たことはないが、テレビなどで見たことがあるものとそう変わりない。唯一違うのは中央奥手にある像――大きな鳥の翼を背に生やした女性を模ったそれがあるぐらいか。だが、窓から天使の像へと降り注いでいる光によって、その姿は石だというのにとても幻想的だった。


「私の知ってる神様と違う……。てことは、神様の使いなのかな」


 像へと近づいた恵菜が、まじまじとその姿を見つめながら呟く。だが、神様の姿を見たことがある人間がこの世界に二人もいるだろうか。この像が神の使いを模している可能性は大いにあり得るが、人が勝手に想像した神様の姿だという線も捨てきれない。


 ただ、残念なことに恵菜は真実を知っていても正解を知らない。この世界の宗教事情に興味が無く、そもそも触れる機会すらなかったのだから。


(でもこの像、凄く手が込んでる。綺麗に見えるのも光のせいだけじゃないし……あれ?)


 と、思慮にふけっていた恵菜だったが、何か違和感があることに気づく。もしかしたら罰当たりかもしれない。そう思いつつも、彼女は像の表面を指でなぞる。そして、指先を確認してみると……指はなぞる前と後で何も変わらなかった。


「な、なんで?」


 だが、それはおかしい。もし村が無人であるのなら、この像も長期間放置されているはず。室内であったとしても像に汚れが一つも着かないわけがない。


 慌てて恵菜が礼拝堂の中を見渡す。今まで探索した家は歩くだけで埃が舞う程に汚れていた。一年間も放置されている村だ。むしろそれが自然である。

 しかし、この教会の中は清潔で、妙に手入れが行き届いていた。


「誰か、いるの……?」


 そう思った瞬間、恵菜の背中を寒気が襲った。だが、緩みかけていた緊張感も一気に取り戻す。これに気づけなければ、今はいないだろうという気持ちで探索を続けていたところだった。


「気を引き締めなおさないと。でも、怖いなぁ……」


 心の準備ができていたとしても、やはり怖いものは怖い。それでも、恵菜は勇気を出して奥へと進む。


 一つ、また一つと、部屋を当たっていく。その回数が増えるにつれて、恵菜の疑いは確信へと変わっていった。


「やっぱり、ここに誰かいる……」


 礼拝堂だけでなく、全ての部屋が綺麗すぎる。特におかしかったのはキッチンだ。いくつもの食材がまだ食べられる状態で保存されていたのだ。他の家では時の経過に伴い、全ての食材がおぞましい姿に変貌していただけに、ここだけ正常なのは奇妙過ぎる。


 ただ、一階を全て探索し終えても人影は見当たらなかった。残るは二階だけだ。当然、ここまで来たら全てを探すしかない。一度だけ深呼吸を挟み、恵菜はゆっくりと二階へ続く階段を上る。


(うぅ~、不気味過ぎるよ……)


 一段上る度にギィギィと嫌な音が鳴る階段。ちゃんと直しておいてほしい。恵菜が思わずそう口に出そうとした。


 と、そんな時だった。


 ――ドタッ!


「ひぃっ!?」


 突然聞こえてきた物音にビビる恵菜。音の発生源は上の階。何か大きなものが床に落ちたようだが、階段をゆっくり上っていた恵菜のせいだとは考えにくい。

 上に何かいる。そう思うだけで心臓のバクバク音が止まらない。胸を押さえつけて鎮めようとした手も震えだす。


 できれば今すぐUターンして街へ戻りたい。そう心から望む恵菜。しかし、怖くて帰ってきましたなどという報告をコロッソにしたとなれば、自分の評価がガタ落ちになること間違いなし。白金ランクを与えたシステシアの信用まで下がりかねない。

 自分に被害がいくだけならいい。だが、どんな形であれ、自分のせいで他人が迷惑を被るのだけは嫌だった。それに、依頼を引き受けたのは紛れもなく自分自身なのだ。


「……行くしかない」


 しばらくフリーズしていた恵菜が、一歩、また一歩と階段を上り始める。非常にゆっくりとしたペースだが、足を止めようとはしない。

 その調子で進むこと約一分、恵菜は問題の二階へとたどり着く。二階は一階よりも狭く、部屋は二つだけだった。


 まず、手前にある部屋の扉を開けて、襲撃が無い事を確認してから中へ入る。どうやらここは寝室らしく、ベッドやクローゼットといった家具が置かれている。ただ、この部屋もきれいに整えられてはいるが、人がいる様子はない。さっきの物音の原因らしきものも見当たらなかった。


「となると、あっちの方か……」


 この教会で唯一残った部屋へと向かう。扉に手をかけ、一瞬間をおいてからゆっくりと扉を開ける。


(誰もいない……。けど、これって一体?)


 さっきの部屋と同じく、こちらも寝室。ただ、さっきと違うのは、この部屋のカーテンが全て閉め切られ、中が随分と荒れていることだ。


 クシャクシャになったシーツ。ベッドから落ちた枕。そして、クローゼットの前に山のように積まれた……というより散乱している衣服。今までの部屋の中で、一番生活感に満ち溢れている。

 部屋中がごちゃごちゃとしていて、どれが物音を立てたのかは全く分からない。だが、間違いなく怪しいのはこの部屋だ。一番怪しいのは、収納されるべき衣服が収納されていないクローゼットか。


 恵菜もそう思ったらしく、バリケードとなっている衣服をどけてクローゼットへと近づく。そして、開ける前に無詠唱で防御用の魔法を自身に発動。気休めかもしれないが、無いよりは断然マシだ。


 心臓の鼓動が早まる。変な汗が出る。そんな状態にありながら、恵菜は目を瞑りたいのを堪え、一気にクローゼットを開けた。


何がでるかな?


2019/07/14 誤字を修正しました。

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