意外な戦い方
「行きますぞ! 『ストーンボール!』」
開始とほぼ同時に、持っていたステッキを正面に構えた執事から石の礫が飛んでくる。熟練の魔術師というだけあってスピードは中々のものだ。一応、魔力で体を強化してガードすることも可能だろうが、当たると痛いので恵菜も迷わず回避する。
「ならばもう一度――『ストーンボール!』」
もう一度、同じ魔法を飛ばしてくる執事。だが、今度のはさっきのものに比べて大きさがかなり違う。飛んでくるストーンボールは、運動会で使われるような大玉よりも一回り大きい。
そんな視界を大きく塞ぐ大岩がさっきと同じスピードで飛んでくる。それだけでかなり迫力があるが、避けられない程ではない。同じように恵菜はそれを横へ跳んで躱した。
しかし、躱した先に待っていたのは、もう目の前に迫ってきていた石の弾丸だった。最初のストーンボールよりも威力の高い、ストーンバレットだ。詠唱が聞こえなかったということは、無詠唱で発動したのだろう。
よく見れば、恵菜が躱した逆方向、そしてご丁寧にストーンボールの上側にまでストーンバレットが飛来している。執事は恵菜がどう回避しても、そこにストーンバレットが行くように魔法を発動していたのだ。
「っと」
だが、ストーンボールを避けた先にも何かあるだろうと、恵菜は読んでいた。ストーンバレットが見えた瞬間、もう一度ステップ。ストーンバレットのスピードもかなり速かったが、予測できていたおかげで難なく避けることに成功する。
「ほう、これも躱しますか」
「最下級魔法は囮で使われることが多いですからね。当然、警戒はしますよ」
必要な魔力が低くて発動が早い最下級魔法で相手を牽制し、相手が隙を見せたところを二つ目の魔法で刺す。魔術師の戦い方における常套手段だ。しかも、執事は最初に敢えて魔法の詠唱を聞かせることで、次の無詠唱魔法への注意を逸らそうとしている。戦い方に相当慣れているのだろう。
だが、それも注意がきちんとしていれば問題ない。今の恵菜のように、分かっていれば簡単に回避ができる。同じ方法で何度来られようと、当たらなければ問題ない。
そして、それは執事も理解していたようだ。
「では、次の一手でございます!」
そう言って構えた執事は、恵菜が思ってもいなかった行動をする。
『大地に宿りし精霊よ――』
「え?」
なんと、普通に詠唱を始めたのである。しかも、彼が唱えているのは土属性の上級魔法、グラウンドバーストの一節。広範囲に渡って地表を吹き飛ばすこの魔法が発動したとなれば、砕けた地面の影響が及ばない上空高くへ逃げるしかない。
だが、グラウンドバーストは上級魔法だけあって、詠唱文が長い。いくら早口で頑張ったとしても二十秒はかかる。守ってくれる味方がいるパーティでの戦闘なら大丈夫かもしれないが、今は一対一の模擬戦。中級魔法の詠唱ですら大きな隙となってしまうのに、その時間は致命的だ。
当然、執事もそれは分かっているはず。この無謀とも思える行動を取るということは、何らかの対処策があるということか。
それでも、このまま黙って見ていては高威力の魔法が飛んでくる。そこからの追撃も考えられる以上、詠唱を完成させるわけにはいかない。最初は戸惑った恵菜も対抗して魔法を撃とうとした。
「『ウィ――』っ!?」
しかし、速度の速い風属性魔法を発動しようとした瞬間、恵菜は目を疑うことになった。別の魔法を詠唱しているはずの執事の方から、突然、石の槍が猛スピードで飛んできたのだから。
「くっ!」
無防備になっているところを狙ったつもりが、逆に無防備を狙われた形になってしまった恵菜。魔法を中断し、体を捻るようにして回避行動を取る。
間に合うか微妙なところだったが、間一髪。恵菜の体をかすめるように、槍が通過していく。
その時、恵菜の背中を悪寒が襲った。
何に悪寒を感じているのかは分からない。一瞬ではあるが、回避行動によって執事から目を離してしまっているからだ。相手の姿を視界から外すなど普通ならやってはいけない行動の一つなのだが、緊急回避だったため必然的にそうなってしまった。
執事の方を向きたくなる恵菜。だが、それに抗い、バランスを崩すことを承知で思いっきり地面を蹴って横へ跳ぶ。
その直後だった。
――ドゴオオオォン!
「くぅっ!」
爆音と共に、恵菜をすさまじい衝撃波が襲った。
その衝撃に飛ばされて地面を転がる恵菜。しかし、その勢いを利用して素早く起き上がる。
「――ふむ、躱しましたか。お見事です」
顔を上げた恵菜の視線の先には、ステッキを地面から引き抜く執事の姿があった。あのステッキで恵菜に殴りかかってきたのだろう。
問題はその威力。執事が立っている地面には、本人を中心として半径三メートルぐらいのクレーターができていた。ステッキ一本でただ殴ったにしては、威力が高すぎる。当たっていれば致命傷となっていただろう。
先程感じた悪寒。それが殺気であったことに、恵菜はやっと気づいた。
「……あの、今、殺す気で殴りかかってきませんでした?」
「骨の一本や二本は折るつもりでございました。ですが、ご安心を。急所は外しておりましたし、少しでもガードしていれば死ぬことはないかと」
全く安心できない。地面が大きく凹むぐらいの威力だ。骨の一本や二本で済んだのなら奇跡である。
「加減した弱い攻撃など相手に反撃の機会を与えることになります。だからこそ、相手が受けられない一撃を打ち込むのです。詠唱で相手を油断させて、別の魔法で態勢を崩させた、今の様なタイミングで」
恵菜が何も言っていないのに、執事が疑問に答える。
牽制目的でもなければ、威力の低い攻撃にメリットなどない。簡単にガードされ、攻撃の隙を突かれるだけだ。受ければ負けるという一撃ならば、相手にできることは回避のみ。回避すら困難という状況を作り出せば、その時点でチェックメイトとなる。
「魔法じゃなく、強化した身体能力を使ったのは?」
「魔法よりも有効と判断したからでございます。魔術師の遠距離攻撃を警戒する者は多々いますが、逆に近距離攻撃に対する警戒はそうでもありません。その不意を突けば、相手を混乱させることができ、攻撃が当てやすくなるのです。もっとも、あなたには避けられてしまいましたが」
肩を窄めてみせる執事。だが、心底残念そうには見えない。
「ところで、先ほどから避けてばかりですが、どうなされましたかな?」
「正直に言うと、様子見です。リルシャートの魔術師がどうやって戦うか興味があったので」
馬鹿正直に答える恵菜。それを聞いた執事は一瞬だけ呆けた顔になったが、すぐにその表情を引っ込める。
「こんな老いぼれに興味を持っていただけるとは光栄でございます。それで、私の戦い方は参考になりましたかな?」
「はい、とっても」
囮の詠唱からの別魔法。それすらをも牽制に使い、強化した体術でトドメを刺しに来る。魔法の威力も充分だったことから逆も可能だろう。
どちらか片方で戦う人間は山ほどいたし、一流の域に到達している者も恵菜は何人も見てきた。だが、両方をここまでのレベルで使ってくる人間は初めてだった。
「それは何よりでございます。ですが、これはあなたの実力を測るための戦闘。そろそろ、あなたの方も実力を見せていただけますかな」
「そうですね」
現状、恵菜は全く執事に有効打を与えられていない。それどころか、まともに攻撃すらできていないのだ。相手の戦い方を見て学ぶのは大いに結構だが、このままでは実力不足だと捉えられかねない。
「じゃあ、行きます――『ブリーズ!』」
この戦いで初めて恵菜が使った魔法は、いつも恵菜が空を飛ぶときに使う風の魔法。ただ、生み出したのは強風どころか暴風だ。それが恵菜から執事に向かって、思いっきり吹き付ける。
そして、恵菜はそこにもう一工夫加える。
『アクアボール!』
巨大な水の塊を暴風の中へとセット。風にあおられた水は水滴となって、執事に向かっていく。吹き荒れる風と横殴りの雨粒は、まるで台風の中にいるかのような環境を作り出していた。
「足止めに目くらましのつもりですかな?」
しかし、執事は動じない。吹き付ける雨風を物ともせず、カウンターとして無詠唱で魔法を発動。恵菜の足元から数本の石棘が突き刺すように飛び出す。
さすがに、恵菜もそれを無視するわけにはいかない。魔法を中断し、その場から飛び退る。
「近接戦闘を主としていて技量に乏しい者には、今の足止めも少しは有効だったかもしれません。ですが、私は魔術師でございます。避けるどころかガードする必要すらない魔法が来たとあれば、喜んで反撃させていただきますぞ」
まるで間違いを指摘する教師のように語る執事。一応、彼の言っていることは正しい。牽制の魔法は、牽制の役割を果たすだけの威力が無ければ意味がない。今の魔法も鬱陶しいと感じるだけで、受けても身体にダメージはゼロ。こちらに近づきにくくすることはできても、魔術師――それも熟練相手の牽制としては不適切だ。
もっとも、それが牽制の魔法であれば、だが。
「さて、まさか今ので万策尽きたわけではありませぬな?」
「もちろんですよ。むしろ、今のところ予定通りです」
「何ですと?」
もう恵菜は魔法を発動していない。風も雨も止んでいる。執事も服が濡れているだけで、ダメージはほぼ皆無に等しい。それなのに、恵菜は予定通りだと言う。執事にはその意図が分からなかった。
だが、恵菜の次の魔法によって、その意味を理解することになる。
『凍れ』
たった一言。そう呟いただけで、水浸しとなっていた辺り一面が凍り始めた。
――そう、執事をも巻き添えにして。
「な、何ですかな、この魔法は!?」
「凍らせているだけですよ。あなたの体に着いた水を」
実際のところ、この氷の魔法は水が無くても凍らせることはできる。だが、水を凍らせるのとそれ以外とでは、スピードが段違いなのだ。魔力を大量に消費すれば凍るまでの時間も短縮できるのだが、水があった方が簡単に氷漬けにできる。
「ぐっ、うぅ……」
自分の体が氷に覆われてしまった執事。抜け出そうと体に力を籠めるが、恵菜がさらに魔法を強くしてそれを許さない。
「もう動けないと思いますけど、まだ続けますか?」
「こ……降参、いたしますぞ」
身動きが取れないとは言え、執事はまだ魔法を撃てる。だが、動けないというのはもはや負けに等しい状況だ。どんな魔法が来ても避けることができないのだから。
「しょ、勝者、エナ!」
若干遅れた勝ち名乗りを受け、恵菜が魔法を解く。同時に、執事を覆っていた氷は即座に消えてなくなった。
「大丈夫ですか?」
「ホッホッホ……お優しいですな。ですが、問題はございません。そう簡単に倒れるほど、やわな鍛え方はしておりませぬ」
体が冷えてしまったせいで少々動きは鈍い。だが、一人で立って歩けるところを見ると、執事が言う通り問題はないようだ。随分と年が行っているように見えるのだが、普段どういった鍛え方していればこうなるのだろうか。
「しかし、あのような魔法は初めて拝見しました。あれはどういった魔法でございましょうか?」
「さっきも言いましたけど、ものを凍らせる魔法ですよ。フェンリルがよく使うんですけど、見たことないですか?」
「恥ずかしながら、フェンリルとは戦ったことがなく……。ですが、フェンリルが氷を操るというのは聞いたことがございます。まさか、それが魔法だったとは」
彼らからしてみれば、フェンリルの魔法は人間に真似できないものだったらしい。しかし、それも仕方のないことだ。古代語による正確な詠唱文は存在せず、フェンリルから教えてもらう(神聖語の習得必須)以外に方法がないのだから。真似できないと考えるのが自然である。
「魔法はそれなりに極めたつもりでございましたが、あなたの様な魔術師がいるとは。……世界は狭いようで広い」
「そうですよ。私もまだ全然、見れてないんですから」
この世界へ来たのは随分前だ。しかし、今までに恵菜が見てきたのは、その中のほんの一部でしかない。井の外には出られたかもしれないが、まだ大海原を知らない蛙のままだ。
それでも、一歩ずつ進み続けている。大海原よりも広大なものを見たいがために。
※ステッキには丈夫で折れづらい素材を使用しております。




