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恐怖の壁

臆病者視点。

 この世で一番怖いものは何か。そう聞かれたとき、どう答えるですか?


 まず、魔物と答える人がいると思います。はい、怖いです。あれは見境なく人を襲ってくるです。追い払うだけの技量があればいいですが、そうでなければ襲われると痛い目に遭うです。痛いのが好きっていう変な人じゃなければ、怖いと感じるはずです。


 また、犯罪者と答える人もいると思います。ええ、それも怖いです。犯罪者も場合によっては襲ってくるですからね。それに相手が男で自分が女の場合、怖さがさらにプラスされるです。魔物と違って、何をされるか分かったものじゃないです。


 さらにさらに、生きていない物に恐怖を感じる人もいると思います。それこそ、他人が何とも思わないような物に。所謂、トラウマってやつです。幼い頃にそれで心に傷を負ってしまうと、大人になってもその恐怖心はなかなか消えないですよね。


 と、人によって恐怖を感じる対象は多種多様です。同じものに恐怖することもあるとは思いますが、人の数に近いぐらい恐怖の対象は存在するです。

 ただ、それは本当に一番怖いものですか? もう見ただけでアウトなレベルのもの。それ以外にはないっていうもの。そういったものが別にあるのではないですか。


 ……え? 私が一番怖いと感じるものですか? そんなの一択ですよ、一択。これ以外あり得ないです。それに、私じゃなくても、これが一番怖いっていう人はいるはずです。


 私が一番怖いもの。それは――。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 上も下も右も左も、前後以外が岩と土で囲まれた空間。静かすぎるこの場所では、私がいくらゆっくり歩いたとしても、足音が大きく聞こえます。


「うぅ、不安です~……」


 まったく、どうして洞窟っていうのは、こう、真っ暗なのでしょうか。いつどこから何が出てくるか分からないせいで、怖さしかないです。手元に松明はありますが、この程度の明かりでは洞窟全体は照らせないです。気休めにしかならないです。

 もっと明かりを灯せばいいじゃないかって話ですが、そうなると松明をいっぱい用意する必要があるです。そんなにいっぱい松明を抱えると暑いです。ていうか何の儀式です?


 ――ォ……。


「ひぃっ!?」


 な、何か聞こえませんでした!? いや聞こえたですよね!? 絶対聞こえたですよ!?


 ――オォ……。


 や、やっぱり何か聞こえるです! そこを曲がった先から誰かが呻くような声がするです! 私の直感が、この先に何か危ないものがいると告げているですぅ~!


「こ、ここは一旦、引くことも考えるべきでしょうかぁ……?」


 直感が正しければ、このまま進むのは危険です。もうそれこそ見たこともないような怪物が曲がり角で誰か来るのを待ち構えているんです。そこに差し掛かった瞬間、私の首の一つや二つ、簡単に持っていかれるんです。私に首は一つしかないですが。


 で、でも、ここまでは昨日も来てるです。ここで帰ってしまっては、今日は何の進展もないということになっちゃうです。ここでずっと立ち止まっているのと何ら変わらないです。それはマズイです。


 それに、戻ったところでどうなるのでしょうか。回り道があるのなら撤退もアリなのですが、そんな都合の良いものはありません。この洞窟はいくつも分かれ道がありますが、既にここ以外の道は確認済みです。もうあそこを通る以外に、この先へ進むことはできないのです。


「い、いずれ通る場所なのです。が、頑張るのです」


 音を立てないように慎重に慎重に歩を進め、曲がり角にちょっとずつ近づいていきます。それにつれ、段々と聞こえてくるうめき声が大きくなってきました。


 ――ウオ、オォ……。


 あぁ、か、帰りたいです~……。このままお家に帰ってベッドに逃げ込んでお布団を被って何もなかったことにしたいです~……。これは悪い夢であってほしいですぅ~……。

 で、ですが、それだといつまで経っても先へ進めないです。私にはこの先へ行って、やらなくちゃいけないことがあるのです。進めなくなるまで、一歩でも先へ進むしかありません。


 い、いざ、意を決して……てぃ!


「…………あ、あれ?」


 曲がり角から顔を出して、ゆっくりと目を開けた先には、今まで私が通ってきた道と同じような光景。何の変哲もない洞窟がそこにありました。怪物はおろか、それ以外には何も見当たりません。

 ただ、空気の流れを感じるです。洞窟の入口は一つしかないはずですが、どこかに外から風が吹き込むような場所でもあるのでしょうか?


 あ、もしや、さっきから聞こえていたうめき声みたいな音は、この風の仕業なのでは? お家の隙間風もあんな感じの音を出していた気がするです。あの時は怖くて一週間、自分のベッドの上からほとんど動けませんでした。


「な、なぁんだ~。怖がって損したです……」


 原因不明の音なんて恐怖以外の何物でもないですが、種が分かってしまえば恐るるに足りません。あそこで引き返していたら、絶対明日も引き返していたに違いないです。

 ふぅ、私の怯え症にも困ったものです。いい加減、こういったことには慣れてもらわないと。


「帰ろうかと考えていた私が馬鹿みたいです。このまま先へ進んで――」


 ――クイクイ。


「ふぇ?」


 き、気のせいでしょうか……今、後ろから袖を引っ張られたような……? あれ、おかしいですね。ここにいるのって、私だけのはずでは?

 あ、あぁ、ふ、振り向きたくないです~……! でも、何の確認もせずに進むのも怖すぎるです~……! 後ろから襲われるのは御免ですぅ~……!


 い、いや、大丈夫です。さっきも勇気を出せばなんてことはなかったではないですか。さっきから袖を引っ張られているような感覚がしますが、多分きっと恐らく壁のでっぱりに引っかかっているだけなんです。きっと今回も何事もないはずです。そうであってほしいです。


 心に勇気を充電したら振り向きましょう……。まずは深呼吸。スゥー……ハァー……。


 それでは、覚悟を決めて……てぃ!


『ウ、ヴォ、ァ……』


 振り向いた瞬間、思いっきり目と目が合ったのは青白いゴーストさん。地面から上半身だけを出し、私に助けを求めるように、袖に縋り付いています。どうりで袖に重みを感じるわけですね。


 …………あ、え? ゴー、スト……?


「ぴゃあああああああああああああああああああああああ!? 『ソ、ソウルプリフィケーションー!』」


 もうパニックで「こんにちは」なんてしている余裕はありません。縋り付いているその腕を振り払って、ゴーストさんにバイバイの魔法をかけます。


『オオオオオォォ……』


「撤退撤退撤退~! 撤退ですううううううううううぅ!」


 消えゆくゴーストさんを見守ることなく、ダッシュでその場を引き返します。


 無理です! これ以上は先に進めないです! 私のメンタルが持たないですぅうううううううう! 見た感じだと一体だけですが、この騒ぎでさらにゴーストさん達が寄ってくるのは勘弁願いたいです!


 せっかく勇気を出して一歩進めたのに、このまま逃げるのはちょっともったいない気もします。本当はもうちょっと先へ行くつもりだったのですが……。

 い、いや、でも今日は昨日よりも先に進んだです。ノルマは達成したはずです。この調子で少しずつ進めば、いつかは目的の場所までたどり着けるはずです!


「だ、だから、今日は逃げるですううううううぅ~!」


 結局、私は一時間以上かけて歩いた短い道のりを数分で駆け抜け、無事洞窟から脱出できました。ただ、安堵感と共に感じるのは達成感じゃなく、不甲斐ない自分自身へのやるせなさ。


 あぁ、どうして私はこうも臆病なのでしょうか……。

昨日よりは前へ進む。一歩だけ。

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