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引き渡し

 街を訪れる人というのは、街の規模が大きくなればなるほど増える傾向にある。

 いや、むしろ人が増えるからこそ、街が大きくなるという方が正しいかもしれない。人が集まると街は発展する。そこから人が増えてまた発展し、それが連鎖的に繰り返されていくことで、街は次第に大きくなっていくのだ。

 そして、訪問者が増えるということは、街の入口を監視する兵士の仕事も増える。訪れてきた人が怪しくないか。危険なものを持っていないか。一人一人チェックする必要があるからだ。そういった場所では、朝から晩まで対応に追われることも珍しくない。


 だが、ここピレートの門にいる兵士は暇を持て余していた。リルシャートの端――国境付近にあるこの街の大きさは至って普通。人の往来もさほど多くない。フリフォニアから定期的に来る商隊の検査で列ができることはあるが、普段は忙しさと無縁の仕事場だ。


「ふぁあ……」


 そして、例に漏れず今日もあまり人が来ない。兵士も朝早くから立っている必要があるのかと、疑問を感じずにはいられないのだろう。噛み殺すことができず、大きな欠伸が出てしまう。ただ、それを見ていたもう一人は顔をしかめていた。


「おい、仕事中だぞ」


「おっと、すんません、隊長。ただ、どうも暇なもんで」


「気持ちは分からんでもない。だが、もう少し緊張感を持て。弛みが常習化してきては、もしもの時に大失態を犯すぞ」


 彼らの仕事は街を訪れる人のチェックだけではない。街を襲わんとする外敵が来た際、それをいち早く察知し、即座に知らせるのも一つの役目だ。発見や報告が遅れれば、その分だけ住人を危険に晒す可能性を高めてしまう。


「それにだ。朝っぱらから欠伸をしている兵士の姿を住民が見たらどうなる? 頼りない兵士だと思われるに決まっているだろう。お前だけの評判が悪くなるのは構わんが、それが兵士全体にまで広がれば不信感が募って――」


「あー、分かりました、分かりましたって! 俺が悪かったです! 本当にすんませんでした!」


 このままだと長々と説教が続くと悟ったのだろう。今も危ういというのに、さらに眠気を誘う行為をされては、再度欠伸を炸裂させるどころか居眠りにまで発展しかねない。そうなったら、怒りの鉄拳制裁が下されることは間違いない。


 眠気を吹き飛ばすために頬を叩き、自らに喝を入れる兵士。隊長はまだ何か言いたそうであったが、その姿を見てとりあえずは大丈夫だろうと判断し、周辺の監視を再開する。


「ん? おい、何だあれは」


 だが、ふと目の端に何かを捉える。魔物の類かと思って目を凝らすが、どうやら人の集団のようだ。こちらに向かって近づいてきているということは、目的地はここで間違いないだろう。


「冒険者のパーティ……? いや、それにしては数が多いか。フリフォニア方向から来たってことは、フリフォニアからの商隊じゃないっすか?」


「それだと馬車の姿が見えないのはおかしい。商隊なら馬車の五、六台はありそなものだが」


 維持費がかかるため、馬車を持たないという行商人もいるにはいる。だが、そういった者は近場でしか行商を行わないのがほとんどだ。長距離、ましてや国を跨いだ行商ともなれば、一度に多くの荷を運べる馬車を使わないわけがない。


 首を傾げる隊長。だが、集団がハッキリと視認できる距離まで近づいてきたところで、表情を一変させる。


「あ、あいつらの服装、見覚えがあるぞ! この前の報告にあった盗賊団じゃないか!」


「なんで盗賊団がこんな街の近くまで!? いつも森に引きこもってばっかりじゃ!?」


 盗賊の戦術は待ち伏せと不意打ちが基本だ。襲いやすいポイントに隠れ、そこへ何も知らずにやってきた人を襲撃する。獲物を見つけるために周辺を探索することもあるが、縄張りから離れすぎることはない。

 そんな野生の肉食動物のような彼らが森を離れるどころか、こんな街の近くにまで出てくることなど考えられなかった。


 ただ、あの盗賊達が街を襲撃しにきたところで、ピレートが彼らに占拠されるということはまずありえない。何せ、迎え撃つのはこの街に駐屯している軍の兵士達。数も練度も盗賊なんかとは比べ物にならない。総戦力としては圧倒的にこちら側が勝っている。

 もっとも、それはあくまで街にいる全体の戦力の話だ。今ここにいるのは門を監視するごく僅かな数の兵士のみ。数で劣っている分、局地的な戦力はあちらが勝っているかもしれない。


「ちょ、隊長、ヤバイですって! 自分らだけであの数は面倒見切れないっすよ! 増援呼んできます!」


 今すぐ応援を呼ばなければ自分達だけでなく街にも被害が出かねない。危機的状況にあると理解した兵士は盗賊の襲撃を知らせるべく、街の中にある詰め所に向かうべく駈け出そうとする。


 しかし、ずっと盗賊達から目を離していなかった隊長があることに気づく。


「待て! あいつらの体、よく見てみろ!」


 腕を体の横にピッタリとくっつけたままの盗賊達。何故あんな歩き方をしているのかと思えば、胴体が縄で縛られていた。


「あれは、縄? どうして連中、自分で自分をグルグル巻きになんか……」


「いや、さすがに誰かにやられたんだろう」


 盗賊が自らを縛り上げて街へとやってくるなど、捕まえてくださいと言っているようなものだ。そもそも、自分の腕を巻き込んで自分で縛るのは困難である。

 ならば誰かが盗賊を捕縛したと考えるのが自然。彼らが暴れようともせず大人しく歩いているということは、あの中にその人物がいると考えられる。


「おいお前達、止まれ!」


 集団がすぐそこというところまで近づいてきたところで、隊長が構えて制止するよう呼びかける。その声に従うかのように、集団の歩みがパタパタと止まった。


「そこにいるのは、この近くで活動していた盗賊達だな? 見たところ全員捕らえられているようだが、捕縛者がいるなら名乗り出よ!」


「はい! はいはいはいはーい! 俺、俺でーす!」


 集団の中からドタドタと走り出てきた一人の男。その登場の仕方に、少々呆気に取られる隊長だったが、すぐに気を取り直す。



「お前があの盗賊達を?」


「そうですとも! いやー、ピレート目指して歩いてたら、突然、こいつらに襲われてね。ただ、力量が違い過ぎたっていうやつ? もう俺一人でこいつら全員、けちょんけちょん。大人しくなったところを捕まえたってわけ」


 その時の様子を再現するように、武器を振るう真似をする男。その動きのどこにも強者らしいキレはない。だが、隊長もそれを指摘しようとはしなかった。


「そ、そうか。一人でということは、向こうにいるのは全員盗賊ということだな?」


「いや、やったのが俺ってだけで連れがいるぜ。ただ、どっちも残念で頼りない奴らだったもんで、一人で頑張るしか――」


「誰が残念で頼りない奴ですか」


 後ろから聞こえてきた声に、今まで饒舌だった男の口が止まる。


 隊長が彼の後ろに目を向けると、そこには一人の少女――恵菜の姿があった。それに加えて、目の前の男に呆れ果てた顔をしたもう一人の小柄な男もいる。

 そう、姑息なトラップを仕掛け、恵菜に襲い掛かろうとした盗賊二人組の一人である。もう一人がどこにいるのかは言わずもがなだ。


「あ、兄貴……流石に往生際が悪いっすよ……」


「な、何言ってやがんだ!」


 子分に慌てて駆け寄り、その首を引っ掴んで耳元に顔を近づける兄貴。見るからに怪しい行動に隊長達は疑問符を浮かべているが、そんなことはおかまいなしだ。


「いいか? このままだと俺らは仲良く独房行きだ。だが、もしここで俺らが盗賊を捕まえたってことになったらどうだ? 犯罪者から一転、俺らはヒーロー! 報奨金も手に入ってウハウハよ!」


 コソコソと自らの考えたストーリーを語りだす。

 この男、あろうことか恵菜の手柄を自分で横取りしようという魂胆なようだ。牢獄送りになるのをどう回避するか道中ずっと考えた結果、このような博打的な行為に出たらしい。


「そうは言っても兄貴。これを兄貴がやった証拠がないっすよ」


「ないからこそなんだよ! 誰がやったか分かんねえのなら先に言ったもん勝ちだ! 後であの(むすめ)が何を言おうが、明確な証拠にはならねえ!」


 人間、生への執着心はあってしかるべき。だが、この醜い諦めない姿勢には呆れるしかない。現に、それを聞いた子分も「うわぁ……」という顔を隠しきれなかった。


 そして、考え抜いた作戦も上手くいけば良かったのだが、悲しいことに詰めが甘い。


「じゃあ、ここの盗賊の中から一人選んで話を聞いてもらいますか?」


「へ?」


 間抜けな声を出しながら、兄貴がいつの間にか後ろに立っていた恵菜を見上げる。そんな彼女の顔も呆れ顔だ。


「この人達は、今は私の言うことに従う状態です。私が本当の事を話すように言えば、誰にやられたか教えてくれますよ」


「げっ……」


 思わぬところから出てきた証拠。信ぴょう性も充分にある。作戦が一瞬で崩れ去ったことを悟り、彼の顔が一気に青ざめる。


「どうします? 反省していないようなら、あなたの罪も重くなるかもしれませんけど」


「わー! 分かった! 悪かった! 俺じゃないです、さっきの嘘でした!」


 その場で膝をついてひれ伏し始める。ほぼ土下座なそれを見た恵菜は、もうため息しか出てこない。


 とにもかくにも、この男が馬鹿な真似をしでかしてくれたことで、兵士達は混乱気味だ。早急に何があったのかを伝える必要があるだろう。恵菜は兵士達の方へ向き直り、事情を説明することにした。


「すみません。ちょっとドタバタしましたが、私が捕縛者です」


「き、君がか? なら、後ろの二人は?」


「あの集団とは別の盗賊です。未遂に終わりましたけど」


「どういうことだ?」


「実は――」


 あったことを一つ一つ説明していく恵菜。だが、傍で未だに土下座を続ける輩のせいだろうか。説明が進んでいっても、隊長の目は恵菜のことをあまり信用していないように見えた。


「――というわけです。……やっぱり信じられませんか?」


「いや……その、君があの集団を捕まえたと言われても、ちょっとなぁ……」


「さっきの男の方がまだあり得そうな感じがするんすよね? 隊長」


 どうやら、信頼されないのには恵菜側にも理由があったらしい。こんな少女が後ろにいる十数人の盗賊を一人で捕らえたなど、普通に考えておかしな話だ。操り人形になっている盗賊一人に話させて裏付けをしてもいいのだが、今彼らが疑っているのは恵菜の実力だ。


「これで信用してください」


 恵菜が懐から冒険者カードを取り出す。やりたくはなかったが、これなら一発で実力を示せる。それに、どうせ街へ入る時にも見せることになるのだ。手っ取り早く話を進めるためにも、こっちの方が断然良い。


「ば、馬鹿な! 白金だと!?」


「うぇ!? ほ、本物っ!?」


 ここ最近でもう三度目となる反応が返ってくる。先ほどまでの疑いの眼差しはどこへやら。代わりにカードと恵菜との間を往復させる彼らの目には、驚きや畏怖といった感情が混じりあっていた。


「本物ですよ。私の手に反応して情報が出ましたよね」


「た、確かに」


「す、すまなかったな、実力を疑って」


「いいですよ。いつもの事ですから」


 疑われたから証拠を見せ、人外扱いされるまでがワンセット。それはこの国に来ても変わらない。いっそのこと化け物の巣にでも行けば人間扱いされるかもしれない。


「それで、盗賊はどうすればいいですか?」


「ああ、こちらで身柄を預かるぞ」


 それを聞いて恵菜が安堵する。ここまでの道中とは違い、街の中は人目がある。そんな中でこの薄気味悪い集団を引き連れて歩くのには抵抗があった。牢獄まで連れて行ってくれと言われたらどうしようかと思っていたのだが、そうはならなくて一安心である。


「そうだ、マインドコントロールはあとどれくらい持ちそうなのか教えてくれないか? 突然解けて暴れられても困る」


「数時間は持ちますよ。さっき掛けなおしたばかりですから」


 マインドコントロールは時間経過で解けてしまう。ただ、再度掛けなおすことで時間を延長することが可能だ。その都度、新たに魔力を消費してしまうが、上級魔法が使える魔術師なら一日近く持続させることができる。


「そうか。それなら問題ないな。それとそこの二人だが、即処刑の盗賊扱いではなく、暴力行為を働いた扱いとさせてもらいたい。君の話を聞く限りだと、まだ更生の余地がありそうだからな。構わないか?」


「はい。反省するようならそれでいいです」


 先ほど約一名が見苦しい足掻きをしたが、あの盗賊団に比べれば命を奪うほどの悪とも言い難い。善良な人間として生まれ変わり人の役に立つかもしれないのなら、それに賭けるのもいいだろう。恵菜もそれに不満はなかった。


「盗賊を捕縛した君には報奨金が出る。これを街にある本部に持っていくといい」


 そう言われて恵菜が受け取ったのは、盗賊を捕縛した旨が書かれた紙だった。襲われたときは自らの不幸を呪った恵菜だが、こうして臨時収入を得られたのは素直に嬉しいことである。


「ありがとうございます。それじゃ、私はこれで」


「ああ。盗賊を退治してもらったことに感謝する。ゆっくりしていってくれ」


 通行の許可が出たところで街の中へと消えていく恵菜。その後ろ姿を兵士らは見つめていた。


「あんな小さな娘が白金かぁ。世の中広いもんですね、隊長」


「そうだな。お前達もよく生きていられたもんだ。白金ランクの冒険者に襲い掛かるなんて馬鹿みたいな真似しておいて」


「い、いや全くだぜ。盗賊の真似事がこんなに危ねえとは……」


「兄貴、もう自分達に見合った生活するのが一番っすよ」


 盗賊コンビも彼女が相当な実力者だとは思っていたが、まさか白金ランクの冒険者だとは予想できなかったようだ。彼らにしてみれば、欲に目がくらむあまりドラゴン相手に手を出したようなものである。

 恵菜じゃなければ殺されていてもおかしくなかった。その事実が彼らに今更ながらも後悔を与えていた。この調子なら、もう二度と悪事に手を染めようとは思わないだろう。


「さて、俺達も仕事だぞ。お前はこの事を本部に連絡して、応援を呼んでこい」


「あの娘の事はどうします?」


「当然、それも報告するんだ。ランクのことは特に、な」


「了解」


 小走りに駆けていく兵士。残った隊長は一人空を見上げる。


「彼女が希望になってくれるといいんだが……」


 ポツリと零した言葉。誰に届くでもなく、ただ虚空へと消えていったそれは、どことなく期待が込められていた。

優しいのか、甘いのか、それとも……。

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