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庭には3羽、ニワトリがいる。  作者: 優木凛々
第2章 片瀬邸

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9/24

2026年10月15日 『旧友の姉』①

 

 優真が片瀬邸を相続してから、約1か月後。



 ジリジリジリ



 薄暗い部屋でスマホの目覚ましが鳴った。

 優真はむくりとベッドの上で起き上がると、スマホに手を伸ばす。



「……8時か」



 彼は大きなあくびをすると、伸びをした。

 ベッドから降りると、窓を開ける。


 窓の外には金木犀(きんもくせい)が植えられており、オレンジ色の小さな花々が朝の冷たい風に揺れていた。

 優真はそれを、のんびりとながめた。



「いいな、静かで」



 ちなみに、優真は今片瀬邸にいる。

 引っ越しを本格的に決める前に、泊ってみた方が良いと思ったからだ。


 今日で宿泊3日目なのだが、なかなかに快適だ。



「やっぱり外の騒音がないっていいよな」



 都内の家は、駅に近い反面、電車や車の音が夜遅くまで響いていた。

 でも、ここはそれがない。


 家が古いせいもあり、夕方から夜にかけてピシピシ家鳴りがうるさいが、

 最近は慣れて気にならなくなってきている。


 ちなみに、Web通話で父母に引っ越しの相談したところ、母は渋い顔をした。

 母はこの鷺ヶ首(さぎがくび)に良い思い出がないらしい。



「優真は分からなかったと思うけど、鷺ヶ首ってかなり閉鎖的な街なのよ」



 母によると、町内会に参加したところ、

 優真が1人っ子であることを、かなり言われたらしい。



「子どもは2人産んで一人前、みたいなことを言うおばあちゃんがいて、ものすごい居心地が悪かったのよ」

「そうだったの?」

「そうよ。子どもの生まれた家のお箸を借りて使うと子宝に恵まれるよ、とか散々言われてね……」



 どうやらそういった地域信仰を信じているお年寄りがいたようで、

 善意の押し売りをしてきたらしい。

 結局、母親に限界がきて、1年もせずに引っ越しを決めたらしい。


 優真は合点がいった。

 1年もしないうちに引っ越したので、ヤケに短いなと思っていたのだが、どうやらそういう理由だったらしい。



(確かに古い街ではあるよな)



 古い家も多いし、商店街も古い。

 立ち話をしているおばさんたちを見ていると、人間関係も密そうだと思う。



(でもまあ、今は令和だしな)



 過疎が進んでいるせいか、駅には移住者を募集の張り紙などもあり

 積極的に外部の人たちを受け入れようとしている雰囲気がある。


 優真は男だし、何か言われてもスルーすればいい。

 そこまで深刻に考えることもないだろう。



 問題は、今の都内の家が退去の3か月前に申し出なければならない点だ。

 普通は1か月前申告なのだが、どうやら3か月前に設定されているらしい。



(たぶん、引っ越しするなら、この3か月で少しずつ荷物を運び込む感じになるんだろうな)



 そんなことを考えながら、優真はシャワーを浴びてリビングに向かった。

 卵とハムの簡単な朝食を作ると、青い海をながめながら食べる。


 その後、洗濯機を回すと、広々としたリビングで卒論の執筆を始めた。

 音楽を掛けながら集中して取り組む。


 そして、ある程度のところまで書くと、彼は伸びをして立ち上がった。

 時計を見上げ、お昼すぎたことを確認する。



(なんか買ってくるか)



 彼は立ち上がると、財布とエコバッグを持った。

 セキュリティを起動させると鍵を閉め、青い空の下、ゆっくりと歩き始める。


 このあたりには、コンビニ以外に買い物をできる場所が3つある。

 商店街と、駅前のドラッグストア、そして少し離れた海岸近くにあるスーパーだ。


 いつもなら、駅前のドラッグストアに行くところなのだが、



(今日は天気もいいし、スーパーに行ってみるか)



 優真は海岸に向かって歩き始めた。

 音楽を聴きながら、古い住宅街をのんびり進んでいく。


 そして、住宅街の端まできて、ふと1軒の家が目に入った。

 黄色の屋根の少し変わった家で、『新倉(にいくら)』という表札がかかっている。



(ここって、確か、(みなと)の家だよな)



 ――新倉湊(にいくらみなと)

 なかなか馴染めなかった優真に、唯一できた友人だ。

 小学校4年生の時にクラスが一緒になり、優真が引っ越す8月までよく一緒に遊んだ。

 外で遊ぶよりは、絵を描いたり本を読むのが好きなタイプで、よく漫画の話をした覚えがある。



(楽しかったな)



 当時の記憶が蘇り、優真は懐かしくなって家の前で足を止めた。

 湊の部屋だった2階の窓を見上げる。



(湊、まだここに住んでいるかな)



 湊も自分と同じく、22歳。

 もう家を出ているかもしれない。


 優真がそんなことを考えていた、そのとき。



 ガチャッ



 突然、玄関の扉が開いた。

 中から、目がぱっちりした髪の長い女性が出てくる。

 彼女は優真を見て、訝しげな表情をした。



「あの……何か御用でしょうか」



 優真は慌てた。

 これでは単なる怪しい人だ。


 彼は必死に謝った。



「す、すみません、俺、湊君の昔の友人で、小4のときに埼玉に引っ越したんで、湊君いるかなと思って」



 支離滅裂(しりめつれつ)な言葉に、女性が驚いたような表情を浮かべた。

 しばらく考えた後、優真の顔を見る。



「もしかして、湊にベイブレードをくれた……?」

「っ! そうです!」



 優真はうなずきながら思い出した。

 引っ越しの際に、湊に自作のベイブレードをプレゼントした記憶がある。


 女性がぺこりと頭を下げた。



「はじめまして、湊の姉の美咲(みさき)です」

「あ、雨宮優真です」



 優真は慌てて頭を下げ返すと、尋ねた。



「あの、湊君はまだこの家にいるんですか? 久しぶりに会えたらと思っているんですが」



 美咲がどこか寂しそうに頭を下げた。




「ありがとうございます。そう言っていただけて、きっと湊も喜びます。……でも、湊は今どこにいるか分からなくて」

「え?」

「実は、10年前から行方不明なんです」

「……っ!」







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