2026年10月9日 『タイパ、コスパ』
初滞在からしばらくして、優真は片瀬邸に通い始めた。
大学で学習室として開放された学生会館に行ってみたのだが、
うるさい上にコンセントが少なく、卒論の執筆には全く適していなかったからだ。
(となると、やっぱり片瀬邸か)
ラジオの音には少し驚いたが、解決できたし、
何より作業がものすごく進んだ。
(移動時間を差し引いても、タイパ最高だよな、あそこ)
――という訳で、優真は頻繁に片瀬邸に通い始めた。
朝早く行って、夜に帰る。
初日こそラジオの音で驚いたものの、以降そういったこともなく。
夕方の家鳴りはあるが、ノイズキャンセリングをすれば気にならない。
ラッシュと逆方向のため電車は空いていて座れるし、作業もはかどる。
気兼ねなく音楽をかけられるし、隣から生活音が聞こえることもない。
控えめにいって最高だ。
――そして、初滞在から約2週間後、10月9日。
6回目の訪問。
優真は、金木犀の香る庭で、丸い刃のついた草刈り機で雑草をバリバリと刈っていた。
庭の物置を開けたところ、充電式の草刈り機を見つけたのだ。
使えたらラッキーだと思っていたが、こんなに高性能だとは思わなかった。
(うるさいけど、結構楽しいな)
雑草をどんどん刈っていると、紫の実がたわわに実っている低木を見つけた。
「これ、ブルーベリーだよな?」
そういえば、和美おばさんが庭の端に家庭菜園を作っていたな、と思い出す。
優真はブルーベリーを収穫すると、洗って冷凍した。
しばらくして、コンビニで買ってきたヨーグルトに入れて食べてみる。
「甘っ!」
優真は目を見開いた。
ブルーベリーは高くてなかなか買えないだけに、美味しさがひとしおだ。
「つまり、ここで家庭菜園したら、食費が浮くってことだ」
半分凍ったブルーベリーをシャリシャリと食べながら、優真は思案に暮れた。
今、優真は都内に1Rの狭いアパートに住んでいる。
家賃は10万円で、駅に近い反面、騒音がひどく、壁が薄いせいで近隣の音が丸聞こえだ、
それに比べて片瀬邸は、都心から離れている分、とても静かだ。
家も広いし眺望は最高、台所も大きくて自炊も楽にできる。
「しかも、家賃いらないしな」
優真はPCに向かうと、真面目に今後のマネープランをExcelで計算し始めた。
―――――――――――
<今の都内の家>
・月家賃10万円×12カ月= 120万円
★年額120万円
<片瀬邸>
・固定資産税 10万円/年
・火災保険 2万円/年
・修繕費 30万円/年(ネットにあった平均値)
★年額42万円
―――――――――――
優真は計算結果を見つめた。
こうやって並べてみると、差が一目瞭然だ。
(しかも、遺産の1500万円あるからな)
親は、仕送りは今まで通りくれると言っていた。
でも、東京都内で暮らす場合、バイトなしでは暮らせない。
大学院が忙しければ、1500万円を削りながら生活することになるだろう。
でも、片瀬邸に住めば、1500万円には手をつけずに暮らせる。
しかも、1500万円をそっくりNISA投資に回せば、
65歳で1億越えだって夢じゃない。
上手くいけば、FIREだってできる。
(これはもう、引っ越すしかないんじゃないか……?)
片瀬邸は、家具家電もそろっている。
何かあれば警備会社がすぐに駆け付けてくれて、セキュリティも万全だ。
(というか、普通に考えたら、引っ越さない理由の方が難しいよな……)
大学はもうほとんど行っていないし、
大学院も週1回通学+リモートでOKだと聞いている。
週に1回くらいであれば、多少遠くても問題ない。
「……ちょっと本気で考えてみるか」
優真がExcelをながめながら、真面目な顔でつぶやく。
――そして、この翌日。
頭の中でメリットとデメリットを散々秤にかけた結果、
優真は片瀬邸に引っ越す方向で検討することに決めた。
検討することに決めてしまいました。




