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庭には三羽、ニワトリがいる。  作者: 優木凛々
第1章 序章:遺産

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2026年9月10日 『鷺ヶ首、片瀬邸』③


本日4話目です。

 

「とりあえず、家に行ってみませんか? 実物を見ないと雨宮さんも判断できませんよね」

「え、ええ、そうですね」



 小林が全員分のお金を払うと言って少し揉めたものの、それぞれお金を払って店を出た。

 小林と逢坂が一緒に来たい申し出たため、なぜか4人で家に向かう。


 優真の横を歩いていた三浦が申し訳なさそうに囁いた。



「すみません、まさかああいった方が買いたいと言っているとは思わなくて」



 優真は、後ろを歩く2人をチラリと見ながら苦笑いした。

 普通はあんな人来ると思わないよな、と思う。



「雨宮さんが売りたくなければ断ってください。2人がしつこいようだったら、私の方で対処しますので」

「はい、ありがとうございます」



 弁護士の三浦が一緒で良かったと思いながら、優真は周囲を見回した。

 坂を上るにつれ、以前遊んだ公園や、お使いに行った小さな商店などがあり、懐かしい気持ちになる。


 そして、坂を上がってしばらくすると、洋館風の屋根が見えてきた。

 漆喰の高い塀に囲まれており、2階の窓がかろうじて見える。


 優真は目を細めた。



(そうだ、ここだ。よく遊びに来てた)



 重そうな木の門に到着すると、銀色の警備会社のシールが貼られていた。



「そういえば、警備会社と契約してるんでしたね」

「はい、塀や家の窓などにセンサーが付いていて、侵入者がいたら駆けつける仕組みになっています」



(たしかに、こんなお屋敷が空き家だったら、泥棒入りそうだもんな)



 三浦が鞄からカードキーと鍵束を取り出した。



「こちらのカードがセキュリティ解除用で、こちらが門の鍵、こちらが家の鍵になります」

「ずいぶん新しいですね」

「入院される前に取り換えられたようです」



 優真が門を開けようとすると、逢坂がそわそわし始めた。

 熱っぽい目で家を食い入るように見つめ、入りたそうにしている。


 優真は強い嫌悪感を覚えた。

 家を好奇の目で見つめる逢坂に不快さを感じる。


 三浦が逢坂に向かってやんわりと言った。



「まずは相続人に中を確認していただきます」

「それはそうですが、相続人ご本人が良いと言えば問題ないですよね?」



 ニコニコしながらそう言う小林に、優真はそっけなく言った。



「すみませんけど、まずは俺1人で見てこようと思います」

「わかりました。セキュリティの解除方法は分かりますか?」

「はい、大学の研究室とたぶん同じだと思うんで」



 優真は三浦に「念のため」と渡された懐中電灯を持って、門の鍵を開けた。



 キィィィ



 軋む音と共に、門がゆっくりと開き、少し先には洋館風の大きな家が佇んでいる。


 優真は後ろにいる三浦を振り向いた。



「じゃあ、ざっと見てきます」



 そして、中を覗き込む逢坂の視線を遮るように門を閉めた。

 嫌な気持ちでいっぱいだ。



「……何なんだ、あの人たち」



 優真は息をつくと、気を取り直すように歩き出した。

 ふと横を見ると、雑草が伸びた広い庭が見える。

 庭で犬とプールで遊んだことを思い出し、目を細める。



「懐かしいな……」




 彼は家の前に立つと、扉の鍵を開けた。


 ギィィ、と軋むような音がして、扉がゆっくりと開き、薄暗い玄関が目に入った。

 長らく閉め切られていたせいか、淀んだ空気の匂いがする。


 優真は、玄関横でせわしなく、ピッピッピ、と鳴り続けるセキュリティパネルに、カードキーをかざした。



『解除しました』



 機械的な声が響き、赤いランプが緑に変わる。



「……お邪魔します」



 優真は玄関で靴を脱ぐと、そっと上がり込んだ。

 玄関横に置いてあるスリッパを見つけ、そういえば和美おばさんが出してくれたなと思い出しながら、自分で出して履く。


 家の中は、窓からの光が差し込んでおり、思ったよりも明るかった。

 懐中電灯がなくても大丈夫そうではあるものの、念のため懐中電灯を点けたまま廊下を歩き始める。


 そして、角を曲がって長く続く廊下に出て、彼は思わずあっと声を上げた。


 廊下の足元の壁には、たくさんの絵が立てかけられていた。

 置き場がなくなって置かれているような雰囲気だ。


 優真は立ち止まると、それらの絵をながめた。

 全て母子を描いた水彩画で、庭や海などで楽しそうに遊んでいる。


 優真は「はあ」と安堵の息をついた。



「……なんだ。子どもの絵って、子ども“が”描いた絵”じゃなくて、子ども“を”描いた絵ってことか」



 実のところ、本当に子ども“が”描いた絵がいっぱいあったらどうしようと思っていたのだが、

 子ども“を”描いた絵であれば、怖がる話でもない。


 優真は胸を撫でおろしながら絵をながめた。



「……これ、洋一おじさんが描いたのかな」



 風景画を描いているイメージだったが、

 どうやら人物画も描いていたらしい。


 そして、もっとよく見ようと、懐中電灯でその絵を照らして――。



「……ん?」



 優真は絵の中の女性の顔を凝視した。



「これって、和美おばさん……?」



 絵に描かれている女性はどれも、記憶の中にいる和美おばさんよりも少し若いおばさんの姿だった。

 そして、子どもに目を移し――優真は首をかしげた。



「……顔が、ない?」



 後ろや横を向いていたり、陰になっていたり、子どもの顔を描いてあるものがないのだ。

 不気味さを感じながらも、そういうテーマの絵なのかもしれないと考える。


 そして、何となく薄気味悪くなって玄関に戻ると、

 迷った末に、玄関横にある2階につながる階段の扉に手を掛けた。


 ギイィ


 扉が音を立てて開き、古い油と埃が混ざったような独特な匂いが漂ってくる。

 優真は軽く顔を顰めた。



(これってたぶん、画材の匂いだよな)



 息をつめて2階に上がると、そこはぼんやりと明るかった。

 天窓から差し込む光が、洋一のアトリエだった部屋の扉を静かに照らしている。



(変わってないな)



 脳裏に浮かぶのは、1回だけ和美と入ったことのある洋一のアトリエの様子だ。

 大きな窓のついた明るい部屋で、窓の向こうに青い海が見えるのだ。


 優真は懐かしい気持ちでドアノブに手を添えた。

 扉を少し開くと、古い油の匂いがプンと漂ってくる。

 そして、ゆっくりと扉を開けて中に入り――彼は思わず息を飲んだ。



「こ、これは……」



 部屋はカーテンが閉じられていて薄暗く、壁一面におびただしい数の絵が貼られていた。

 風景画もあるが、それより圧倒的に多いのは、廊下に並べられていたような母子の絵だ。

 どの子どもにも顔がなく、うち数枚の子どもの顔には、明らかに乱暴に黒く塗りつぶされた跡がある。



「……っ!」



 優真の全身に冷たい汗が滲んだ。

 同じ絵の多さと、子どもの顔が塗りつぶされていることに狂気を感じる。

 そして、早く部屋を出なければと本能的に思った、その瞬間——



 ピシッ……ピシッ……



 どこからか鈍い音が響いた。

 家全体がじわじわと息をし始めたかのような、鈍い圧迫感を覚えると同時に、1階から何か音がする。



「……っ!」



 優真は、とっさに窓に飛びついた。

 カーテンと窓を勢いよく開けると、外の光と冷たい空気が部屋に流れ込み、重苦しい空気が一気に薄れる。



「はあ、はあ、はあ……」



 窓枠を掴みながら、優真は荒い息を整えた。

 振り返って外の光に照らされた絵に目をやると、それはごく普通の風景画や母子の絵だった。

 子どもの顔が描かれていないことを除けば、どれも楽しそうな絵だ。



「……なんだ、普通の絵じゃんか」



 優真は、ホッとしながら窓枠に寄りかかった。

 ポケットからスマホを取り出すと、家鳴りについて調べる。


 ―――――――――――

 Q. 家鳴りってなんですか?


 家の木材や壁が温度や湿度の変化で伸び縮みし、その際に「ミシッ」「パキッ」と鳴る自然な音のことです。特に古い家や木造住宅でよく起こる現象で、異常なことではありません。


 ―――――――――――



 優真はホッと胸を撫でおろした。



(……だよな)



 この世の中に説明のできない超常現象なんてある訳ないと思う。



(たぶん、久しぶりに家に外気が入ったから、ピシピシ鳴ってるんだな)



 警備会社が入っているのだから、人がいる可能性はない。

 1階から聞こえた音も、おそらく家鳴りだろう。


 そうは思うものの、聞いていてあまり気分は良いものではない。

 優真はポケットからノイズキャンセリングのイヤホンを取り出した。

 耳にはめると、窓を閉める。



「よし、ちゃっちゃと見て回るか」



 優真は2階をざっと見回ると、階段を下りた。

 先ほどより少し暗くなった廊下を歩き、リビングに入る


 広いリビングは、どこか見覚えがあった。

 カーテンの隙間から外をのぞくと、灰色の海が見える。



(そういえば、ここから海が見えたっけ)



 ふと壁を見上げると、1枚の大きな絵が掛けられていた。

 絵は若々しい和美おばさんが小さな子どもを抱えて笑っており、その足元には犬が座っている。



「……この絵、ちょっと他の絵と雰囲気が違う気がする」



 立派な額に入っているし、子どもの顔がある。

 他が水彩画なのに対し、こちらは油絵具でしっかり塗られており、他が練習作でこちらが完成品、といった風情だ。

 おばさんの顔も艶やかで、まるで生きているように見える。



「さすが画家、めちゃくちゃリアルだ」



 感心してながめながら、優真はとあることに気が付いた。



「この子……和美おばさんに似ている」



 それは、和美の面影を宿した可愛らしい男の子だった。

 笑顔でおばさんを見つめている。


 優真は首をかしげた。



「確か、子どもがいなかったよな」



 母親が、子どもが欲しかったけど出来なかったんじゃないかと話をしていたのを思い出すし、

 優真は、ふと思った。



「……もしかして、洋一おじさんは、和美おばさんに子どもを抱かせてあげたかったのかもしれないな」



 家にあるたくさんの子どもの絵は、おじさんがおばさんのために描いたものなのかもしれない。

 何度も描いて、上手く描けず、ヤケになって塗りつぶしたりして、ようやく上手く描けたのがこの絵なのかもしれない。



「そういえば、仲が良さそうだったもんな、あの2人」



 何となく切ない気持ちになり、優真はため息をついた。



「……やっぱり、あの怪しい人に売るのはナシだな」



 確かに、子どもの絵がたくさんあって不気味なところはある。

 でも、ここは幽霊屋敷なんかじゃなくて、人の思い出が詰まった普通の家だ。




 ――と、その時。



 優真のポケットでスマホが震えた。






本日はあと2話投稿します。

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