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庭には三羽、ニワトリがいる。  作者: 優木凛々
第1章 序章:遺産

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2/7

2026年9月10日 『鷺ヶ首、片瀬邸』①


本日2話目です。

 

 三浦との電話があってからも、優真はいつも通り過ごした。


 朝早く麦茶を持って大学の図書館に行って、大学院試験の勉強。

 夕方にスーパーに寄って、アパートに帰る。


 暑い日が続いており、帰ると部屋は蒸し風呂状態だった。

 クーラーをつけて一息つくと、今度は隣人の生活音が気になり始める。


 優真はため息をつきながら、ノイズキャンセリングのイヤホンを耳に入れた。



「壁薄いよなあ……」



 狭い台所で野菜炒めを作り、スマホを見ながらダラダラ食べる。

 ベッドにもぐり込んでイヤホンを外すと、外から電車やバスの走行音が聞こえてくる。



「駅近、家具家電付きに釣られてここにしたけど、失敗だったな……」



 引っ越したい。

 そう思うものの、大学院試験のためにバイトを辞めてしまったため、金がない。


 ふと遺産のことが頭をよぎるが、優真はすぐに首を振った。



(アレを考えるのはやめよう。どう考えても怪しいだろ)



 そもそも、話がうますぎる。

 下手に考えて期待したら、ダメだった時のダメージが大きすぎる。


 ちなみに、母によると、優真は和美おばさんと5年くらい前に会っているらしい。

 当時住んでいた埼玉県の駅で偶然会ったようだ。



「ほら、あんた挨拶したじゃない」



 そう言われてみれば、そんなこともあった気もするが、 

 5年前に一度会ったからといって、遺産を譲られる理由にはならないよなあ、と思う。



(……まあ、とりあえず今は試験に集中するか)



 優真は考えを振り払うように勉強を続けた。

 よく分からない遺産より、今は大学院試験の方が数百倍大事だ。



 ――そして、8月末、優真は今通っている大学の大学院に合格。


 ホッとしつつ三浦と連絡を取り、

 その約2週間後、9月10日に鷺ヶ首に行くことになった。




 *




 9月10日、お昼過ぎ。

 優真は麦茶を持って家を出た。


 ビルの間から見える曇った空をながめながら最寄り駅まで歩き、閑散とした電車に乗る。


 彼は端の座席に腰を下ろすと、スマホを取り出した。

 ネットで到着時間を確認する。



「ええっと、鷺ヶ首駅まで、1時間半ってとこか」



 ちなみに、三浦と駅前の喫茶店で待ち合わせることになっている。


 もともとは、三浦と2人で会う予定だったのだが、

 1週間ほど前に、こんなメールが届いた。



 ―――――――――――――――

 雨宮優真様


 いつもお世話になっております。三浦です。


 先日、東京都内に実店舗を有する「小林不動産」代表の小林克己氏より、

『片瀬邸の購入を検討したい』旨の申し出がございました。


 小林氏は雨宮様と直接面談のうえ、お話を伺いたいとの希望を示しております。


 現在、鷺ヶ首では空き家が増えており、物件の売却が容易ではない状況です。

 すでに買い手候補が現れていることは悪くない話かと思われます。


 雨宮様のご意向をお知らせいただければ幸いです。

 面談につきましては、私も同席させていただきます。



 三浦

 ―――――――――――――――



 このメールを見て、優真は目を瞬いた。



「不動産屋……?」



 まだ遺産をもらうかどうかも決めていない状態で、

 こんな話が出るとは思いもしなかったからだ。


 父親に相談したところ、「とりあえず話を聞いてみたらどうだ」と勧められた。

 悪い話ではないと思ったらしい。



(……まあ確かに、現金化できるのは強いよな)



 その後、三浦とやり取りをして、

 全部いっぺんに済ませた方が良いだろうと、今日不動産屋とも会うことになった。


 三浦は13時半から、不動産屋とは14時半から約束している。



(一体どんな感じになるんだろう)



 そんなことを思いながら、優真はスマホから顔を上げた。

 高層ビルや家が立ち並ぶ風景から、緑生い茂る自然豊かな風景へと変わっている。



(なんか、旅行みたいだな)



 のんびりと外をながめていると、電車が鷺ヶ首駅に到着した。

 ホームに降りて周囲を見回し、優真は目を細めた。



(……なんだか懐かしいな)



 そこには、記憶と変わらぬ風景が広がっていた。

 目の前は海で、振り返ると山がある。

 山肌には、かつて自分が住んでいた住宅街が張り付くように並んでいるのが見えた。



(こうやってみると、結構な山の上に建っていたんだな)



 駅の改札を出ると、曇り空の下にロータリーが広がっていた。

 駅周辺にはほとんど人影がなく、1軒のレトロな雰囲気の喫茶店が静かに佇んでいる。



(そういえば、母さんと1度お茶を飲んだっけ)



 そんなことを思い出しながら店の扉を開けると、

 カランカラン、という小気味よい音が鳴り響いた。



「いらっしゃいませ」



 中年の女性が愛想よく声を掛けてくれる。

 優真は軽く頭を下げると、昭和の雰囲気漂う店内を見渡した。


 奥の席に座っていた紺のスーツの男性が立ち上がる。



「雨宮さんですね、初めまして、三浦です」

「はじめまして、こちらこそよろしくお願いします」



 三浦は、30代くらいのスーツをきっちり着こなした眼鏡の男性だった。

 胸には弁護士のバッヂが光っている。



(真面目そうな人だな)



 優真は座ると、とりあえずアイスコーヒーを注文した。

 待っている間、三浦が鞄から封書を取り出す。



「こちらが、片瀬様の遺言の写しになります」



 優真は慎重に封筒を開け、中の紙を開いた。

 紙は一部黒塗りがしてあり、関係ないところは隠してあるらしい。



 ―――――――――――――――

 遺言状


 2026年4月5日 私は次のとおり遺言する。


 一.雨宮優真に、現金一千五百万円および下記不動産(片瀬邸)を遺贈する。

 所在地:神奈川県鷺ヶ首市2丁目××番地×× 

 地積:約二百坪  

 建物:昭和後期建築の洋館風住宅


 二.片瀬一志に、目録■■■■■および■■■■を遺贈する。

 三.片瀬太一に、目録■■■■■および■■■■を遺贈する。


 四.本遺言の内容を実現するため、遺言執行者として、三浦拓哉弁護士(三浦法律事務所所属)を指定する。


 住所:神奈川県鷺ヶ首市2丁目××番地××

 片瀬洋一

 ―――――――――――――――



 ちなみに、片瀬一志と太一は、洋一の兄弟らしい。

 それぞれ墓などの管理をする代わりに、洋一が所有していた複数の土地やビルなどを遺産として受け取った、とのことだった。


 優真は目を見開いた。



「え、土地やビル?」

「はい、片瀬家は地主家系ですので」



 優真は腕を組んで考え込んだ。

 それだけ財産があったら、1500万円と家なんて端金なのだろうか、と思う。



(いや、でも端金でも、赤の他人に遺すかな……)



 優真の難しい顔を見て、三浦が声を掛けた。



「どうされましたか?」

「いえ……、その、実は俺、なんで遺産を譲られたのか、理由が全く分からなくて」



 優真は正直に今の状況を説明した。

 洋一とは10年以上会っておらず、顔も覚えていないこと。

 親も驚いているし、自分も非常に戸惑っていること。


 三浦が、なるほど、という風にうなずいた。



「恐らくですが、雨宮さんが覚えていらっしゃらないだけなのではないでしょうか」



 三浦によると、洋一はしきりに優真について話をしていたらしい。



「優真さん、“青くん”と呼ばれていませんでしたか?」

「“青くん”?」

「はい、片瀬様は画家でいらっしゃったせいか、親しくなった人を色で呼ばれることがありました」



 洋一は優真を「青くん」と呼んでおり、庭で妻と犬と3人でプール遊びをしていたことを楽しそうに話していたらしい。



「恐らくですが、奥様と過ごした楽しい思い出の一部だったのではないでしょうか」



 優真は考え込んだ。

 確かに小学校の頃に青いTシャツばかり着ていた記憶はある。

 自分が覚えていないだけで、洋一ともそれなりに仲良くしていたのだろうか。




 その後、優真はアイスコーヒーを飲みながら三浦の説明を聞いた。


 遺産を受け取る場合の手続きについては、洋一が三浦に依頼してくれたらしい。

 放棄する場合も、手続きを代行してくれるとのことだった。



(洋一おじさん、ずいぶんしっかりやってくれたんだな)



 遺産をもらう理由はピンとこないが、そこまで怪しい話でもなさそうな気もしてくる。


 そして、大体の説明を聞き終えた、そのとき。



 カランカラン



 店のドアベルが鳴った。

 優真が顔を上げると、そこには少し奇妙な感じのする2人が立っていた。


 1人はポロシャツにジャケットを羽織った、小柄な中年男性。

 もう1人は優しげな雰囲気の中年男性で、黒いスーツを着てマスクをしている。


 小柄な中年男性は、奥の席に座る三浦を見ると、笑顔で近づいてきた。



「こんにちは、三浦さん、小林です。今日も暑いですねえ」



 それは、約束より30分も早くやってきた、小林不動産の小林だった。





本日はあと4話投稿します。

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