2027年1月20日 『和美の部屋』①
優真は炬燵を取り出した。
炬燵布団を探し始めた――そのとき。
バサバサバサッ
上から、大量の大学ノートと封筒が降ってきた。
どうやらクローゼットの棚の上に置いてあったらしい。
何気なく1冊を開いてみると、それは何かの記録帳のようなものだった。
おばさんのものらしき丁寧な字が並んでいる。
―――――――――――――
■2005年9月1日
・基礎体温:36.18℃
・処置:クロミッド服用5日目。副作用か、少し頭痛がする。
―――――――――――――
優真は首をかしげた。
「クロミッドってなんだ?」
スマホで検索してみると、それは女性の排卵を促すための薬だった。
主に不妊治療に使われる薬の名前らしい。
「もしかして、和美おばさん、不妊治療していたのか?」
優真は続きを読み始めた。
―――――――――――――
■2005年9月1日
・基礎体温:36.18℃
・処置:クロミッド服用5日目。副作用か、少し頭痛がする。
また生理が来てしまった。これで9回目。
覚悟していたつもりなのに、やっぱり辛い。
洋一さんは「焦らなくていい」って言うけれど、私はそんなに平気になれない。
■2005年10月3日
・基礎体温:36.74℃
・処置:HCG注射。下腹部が張って痛い。期待しすぎてはいけない。
町内会の集まりで、また「子どもはまだ?」と聞かれた。
笑ってごまかしたけれど、心の中はぐしゃぐしゃだ。
泣きたい。
■2005年 11月15日
・基礎体温:36.31℃
・処置:
まただめだった。
年賀状を整理していたら、友達の“子どもが生まれました”の写真がいっぱい出てきた。
嬉しいはずなのに、置いていかれるような気がした。
洋一さんはのんびりしてるけど、もう少し分かって欲しいというのは求めすぎなのだろうか。
―――――――――――――
優真は深いため息をついた。
「……なるほど、おばさんは、ずっと不妊治療をしていたんだな」
脳裏に浮かぶのは、母の言葉だ。
「鷺ヶ首って考え方がすごく古い街なの」
「子どもが2人いて一人前っていう考え方があるみたいで、お母さんもずいぶん言われたわ」
続けて読むと、そこには和美おばさんの苦悩が書かれていた。
妊娠を期待してはダメ、の繰り返しで、疲弊していくのが見て取れる。
優真はやるせない気持ちで息をついた。
「おばさん、辛かっただろうな……」
洋一おじさんが、和美おばさんが子どもを抱いている絵を描いていたのは、
この苦悩を見ていたからかもしれないな、と思う。
そして、何の気なしに、一番新しそうなノートを開いて見て――
優真は眉をひそめた。
(……なんか、ちょっと雰囲気が変わったぞ)
文字はボールペンではなく、マジックのようなもので書かれており、
文字も乱れている。
――――――――――
■2015年6月30日
これで10日毎日夜に神社に祈願に行っているが、効果はない。
もっと夜中に行くべきなのだろうか。
■2015年7月2日
向かいの家に子どもが生まれたというので、土をもらってきた。
庭に撒いた。効果があればいいけど。
■2015年8月10日
子どものお茶碗をもらってきて埋めた。
気持ちが楽になった。
■2015年9月5日
生理が遅れた。
子ども服を埋めたからだ。やはり子供に近いものは違う。
――――――――――
「……なんだこれ」
優真は思わず目を見開いた。
もう治療の内容はどこにも書いておらず、
迷信にすがる狂気のようなものが伝わってくる。
あまりの不気味さに、優真の背筋に冷たいものが走った。
たまらなくなってノートを閉じる。
「や、やばい、これ」
優真の呼吸が浅くなった。
見てはいけないものを見てしまった気がする。
「……も、戻ろう」
優真は震える手でノートをまとめた。
急いで棚の上に戻そうとして、誤って上に乗せた封筒を落としてしまう。
バサバサッ
封筒の中身が床にばらまかれた。
慌てて拾い集めようとして、
「……っ!」
優真は大きく息を呑んだ。
見てしまいましたね。




