2027年1月15日 『疎外感』
本日3話目です。
画商の上村とのやりとりは、結局写真で終わった。
どうやら、過去に見たことがある絵がほとんどだったらしい。
写真を送った翌週に専門業者が絵を取りに来て、そのまま梱包して持っていった。
欲しがる人がいたら、その時にまた連絡をくれるらしい。
それが終わると、優真は急に忙しくなった。
卒業論文を教授に見せたところ、あれこれ厳しい突っ込みが入ったからだ。
何度も直したものの、なかなかOKが出ない。
そんな訳で、優真は渋々都内の自宅に戻ると、
工事が終わった大学図書館に通い始めた。
何度もやり直しを食らい、教授からOKがもらえた頃には、すでに年末になっていた。
片瀬邸に戻る間もなく、優真は福岡の実家に帰った。
年始を過ごした後、東京に戻ってすぐアパートを引き払い、ついに片瀬邸へと引っ越す。
――引っ越した、その日の夜。
近所のおばさんがやってきた。
どうやら、町内会に入らなければならないらしい。
おばさんはおしゃべり好きらしく、優真に色々なことを話した。
「和美さんね、本当にいい方だったのよ。町内会の活動にも熱心でねえ。よく子ども会にお菓子の差し入れをしていたわ」
どうやら、和美おばさんは近所の人たちに好かれていたらしい。
優真は、ふと思い出して尋ねた。
「そういえば、この家ってゴールデンレトリバーいましたよね」
「ええ、ソラちゃんね」
「あの犬って、どうなったんですか?」
「奥さんが亡くなってすぐに亡くなったと思うわ。奥さんと同じ子ども好きの優しい犬だったわね」
優真の脳裏に、キラキラした目の茶色い犬が浮かんだ。
初めて家に招かれた時は、ものすごく吠えられて怖かったが、すぐに仲良くなった。
家にいるときはずっと優真にべったりで、和美おばさんに「兄弟みたいねえ」と言われた記憶がある。
(飼いたいな、犬。でも、世話とか大変か)
そんなことを考える。
*
そして、引っ越しが終わった翌週、2027年1月15日
冷たい風が吹く曇天のお昼過ぎ。
優真は、大学の学食の片隅でスマホをいじっていた。
卒論の提出に来たついでに、久々に友人たちと会うことになっている。
しばらく待っていると、友人3人がやってきた。
1年の時から何となく仲良く一緒にいた3人だが、就職が決まっているせいか、みんなどこか大人びて見える。
1人が優真を見て、驚いたような声を出した。
「優真、お前、ちょっと痩せたか?」
「いや、体重測ってないから分からない」
「そうか、なんか顔が痩せた気がするぞ」
優真は右手で顔を撫でた。
実は、実家に帰った時も母親に言われた。
やたらたくさん食べさせられて太ったと思ったが、そうでもないらしい。
その後、優真は3人と食事をした。
3人が4月から社会人ということもあり、会話の内容はほぼ就職関係だった。
「内定者懇談会、面倒だよな」
「それな」
「4月からいきなり関西で研修だってさ」
「それだるいな」
優真は食事をしながら黙って話に耳を傾けた。
1年前まで騒がしかった3人も、どこか落ち着いて見える。
(なんか……置いて行かれた気持ちだな)
LINEグループの話題に付いていけないなと思っていたが、
こうやって会って話すと更に疎外感を感じる。
引っ越しの話をしようかと思ってはいたものの、何となく言い出せず。
2人が用事があるということで、昼食後すぐに解散となる。
鷺ヶ首に向かう電車の中で、優真はため息をついた。
これからの生活の変化を実感し、切ない気持ちになる。
鷺ヶ首の駅に到着すると、すでに夕方の気配が漂い始めていた。
気温がぐっと下がり、冷たい風が吹いている。
「今日は寒いな……」
優真は駅前のスーパーで買い物をすると、肩をすくめながら片瀬邸に帰った。
家は冷え切っており、ものすごく寒い。
ネットニュースを見ると、寒波が来ているとのことだった。
「暖房費、かかりそうだな」
そんなことをつぶやきながら、温かい自分の部屋に引きこもる。
――しかし、この年の寒波は洒落にならなかった。
観測史上初の寒さを記録し、そこからもどんどん寒くなっていく。
家の中でダウンを着るなど、寒さ対策をしていた優真だが、さすがにマズイと思い始める。
――そして、寒波が来てから5日目、1月20日の夜。
優真は部屋で震えていた。
「ヤバい、マジで寒い」
特に足がとても冷える。
もっと暖かくしなければと考えて、彼はふと、和美おばさんの部屋に炬燵があったことを思い出した。
部屋で炬燵に入ってミカンをもらった覚えがある。
「ちょっと借りるか」
優真は、廊下に出ると、2階の階段に通じる扉を久々に開けた。
キィィィ
薄暗い廊下に扉がきしむ音が静かに響く。
暗い階段の奥から、淀んだ古い油の匂いが漂ってくる。
優真は階段の電気をつけると、2階に上がった。
絵を置きにいって以来、約3か月ぶりに、和美の部屋の扉を開く。
淡いピンク色の部屋は変わらず静かで、閉め切っていたせいで空気が淀んでいる。
優真は手を伸ばして電気をつけた。
部屋を見回し、首をかしげる。
「あれ、取れてる」
埃が被らないように母子の絵に掛けておいた布が落ちており、絵がむき出しになっている。
優真はそれを戻すと、「失礼します」とつぶやきながら、クローゼットを開けた。
奥の方に、折りたたまれた炬燵が入っている。
「あったっあった」
優真は炬燵を取り出した。
どこかに炬燵布団があるはずだと、探し始めた――そのとき。
バサバサバサッ
上から、大量の大学ノートと封筒が降ってきた。
どうやらクローゼットの棚の上に置いてあったらしい。
何気なく1冊を開いてみると、それは何かの記録帳のようなものだった。
和美おばさんのものらしき丁寧な字が並んでいる。
見つけてしまいました。
続はまた明日。




