【閑話①】2026年11月26日 『画廊』
本日は、閑話2話+本編1話を投稿します。
ぐっと気温が下がり、紅葉も終盤に差しかかった11月末の午後。
エコバックを提げた優真が、駅前のスーパーから帰ってくると、ポストに手紙が入っていた。
――――――――――
神奈川県鷺ヶ首市2丁目××番地××
片瀬 洋一様
――――――――――
波の模様が入った特徴的な封筒が使われており、
差出人の場所には、横浜市の住所と『海風アートギャラリー』とあった。
(なんか、絵画関係っぽいな)
優真は手紙を持って家に入った。
キッチンからハサミを持ってきて、丁寧に開封する。
中には封筒と同じ波模様の便せんが入っており、丁寧な字でこんなことが書かれていた。
――――――――――
片瀬洋一様
こんにちは。海風アートギャラリーの上村です。
いつもお世話になっています。
お預かりしている『海辺の白い帆』ですが、
購入を希望されているお客様がいらっしゃいました。
先に電話とメールでもお知らせしたのですが、
お忙しい時期かと思い、念のため手紙でもお伝えしておきます。
販売についてのご意向(進めてよいか、価格の確認など)を
ご都合のよいときに教えていただければ助かります。
いつもありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
上村雄一
――――――――――
優真は腕を組んで考え込んだ。
洋一おじさんの絵を買いたい人がいる――ということは、たぶん相続関係だ。
(これは三浦さんに連絡だな)
優真は三浦にメールを書いた。
手紙の写真を撮って添付して送る。
返事はすぐに来て、
海風アートギャラリーにはこちらから連絡を取ります、と書いてある。
(頼りになるなあ、三浦さん)
そんなことを考えながら、優真は台所に向かった。
エコバックから玉ねぎ、にんじん、肉などを取り出すと、袖をまくる。
「さて、作りますか」
今日は、カレーを作る予定だ。
適当に作っても美味しい上に、いっぱい作れば3日はもつ。
「便利だよなあ」
玉ねぎに泣かされながら、野菜や肉を切り、鍋でぐつぐつ煮込み始める。
ふと窓の外を見ると、庭が目に入った。
元家庭菜園の場所にはススキが生えている。
「……春になったら、本格的に畑作るか」
大量のくん炭と、埋められているゴミをどうするかという問題はあるが、
畑が上手くいけば、カレーの材料くらい育てられそうだよな、と思う。
――そして、そこから3日後の夕方前。
優真がサンルームに置いてあるベビーリーフの植木鉢に水をやっていると、三浦から電話があった。
「連絡が遅くなり、申し訳ありません。少し調整しておりました」
三浦によると、『海風アートギャラリー』は、洋一が生前付き合いのあった画廊らしい。
画商の上村さんは、洋一が亡くなっていることを知らず、とても驚いていたという。
「絵の販売価格ですが、手数料抜きで30万円ほどだったそうです」
「え! そんなに高いんですか!?」
「はい、大型の油絵だったそうです」
三浦から、遺産相続人である洋一の兄弟に相談したところ、
2人は優真に任せたいと言っていたらしい。
「家の一部のようなものだから、ということでした。売っても手元に置いても、どちらでも良いそうです」
優真は思わず苦笑いした。
自分にとって30万円は大金だが、その人たちにとっては大したことないのかもしれない、と思う。
ちなみに、欲しいと言っている人は洋一の絵をとても気に入っているようで、ぜひと言っているらしい。
優真は思案した。
きっと欲しいと思っている人の手元に渡る方が、洋一も喜ぶだろう。
「わかりました。販売の方向で進めてください」
「では、上村様にはそのようにお伝えしておきます」
三浦と相談し、ここからは絵の持ち主である優真と上村さんがやり取りをすることになる。
――そして、それからさらに数日後。
優真のスマホに、海風アートギャラリーから電話がかかってきた。
「はじめまして。私、海風アートギャラリーの代表を務めさせていただいております“上村”と申します」
「はじめまして、雨宮優真です」
どこか品の良さを感じる、穏やかな年配の男性の声だ。
上村は残念そうな声を出した。
「この度は、本当にご愁傷さまでした……」
どうやら、洋一にはかなり世話になったらしい。
「片瀬様は、私がまだ駆け出しの画商だった頃から、快く絵を置いてくださいまして……」
上村によると、洋一は年に何度か画廊を訪れていたという。
「奥さまも、よくご一緒にいらっしゃいました。夏になると、白いパラソルを差していらっしゃいましてねえ」
上村が、懐かしそうな声で言う。
「片瀬様は、隣の駅にある、とんかつ屋をとても気に入っておられましてね。ご一緒した時は、“ここは辛子をたくさん付けて食べると美味しいんだ”と教えてくださったものです」
優真は相槌を打ちながら、興味深く話を聞いた。
和美については、近所の人から何度か聞いたことがある。
でも、こうやって洋一の話を聞くのは初めてだ。
(無口だけど、優しい人だったんだな)
その後、優真と上村は、今後について相談をした。
上村は、もし自宅に油絵が残っているようであれば、ギャラリーで預かりたいと思っているらしい。
「欲しがるお客様もいらっしゃると思いますので」
優真は思案した。
あの誰もいないアトリエに置いておくよりは、欲しがる人がいるところに置いた方が良いのかな、と思う。
「わかりました。預かって頂けるとこちらも嬉しいです」
「ありがとうございます。では、お手数ですが、アトリエにある油絵の写真を送っていただけませんか」
まず写真を見て、必要であればこちらに来て直接確認したいらしい。
断る理由もなく、優真はうなずいた。
「はい、もちろんです」
週末に写真を撮って、メールで送ることになる。
(つづく)




