2026年11月21日 『家庭菜園』②
本日2話目です。
美咲との約束の日まで、優真は忙しく過ごした。
卒論が大詰めを迎えたことに加え、気温が急に下がったため、冬支度をする必要があったからだ。
幸い、この家は暖房が整っており、新たに買う必要はなかった。
しかし、家が広く、暖房費が心配だ。
考えた末、優真は、夜は1階の自室で過ごすことにした。
窓ガラスにプチプチした断熱材を張り、防寒に努める。
暖房を付けるようになったせいか、家鳴りが頻繁になった。
特に天井からの音が大きく、夜は特に気になる。
(ちょっとうるさいんだよな……)
隣の生活音よりは100倍マシだが、
うるさいものはうるさい。
部屋にいる時は、ノイキャンを付けることで対処することにする。
美咲とは、何度かメッセージのやり取りをした。
11月21日、土曜日の10:00、
ドラッグストアの駐車場で待ち合わせることになる。
優真は少し浮かれた気分になった。
別に下心がある訳ではないが、女性と一緒に出掛けると思うと、なんだか楽しい気持ちになる。
***
そして、迎えた11月21日。
優真は、約束の5分前にドラッグストアの駐車場に到着した。
キョロキョロしていると、ライトブルーのコンパクトカーから美咲が出てきた。
優真を見て微笑みながら口を開く。
「こんにちは、時間ぴったりですね」
「はい、今日はよろしくお願いします」
優真はカクカクと頭を下げた。
美咲に促されるまま助手席に行儀よく座る。
車がゆっくりと走り出した。
優真がやや緊張しながら外をながめた。
(こういう時って、何を話せばいいんだ……?)
密かに頭を悩ませていると、美咲が何気なく声を掛けてきた。
「雨宮さんって、2丁目のどこのへんにお住まいなんですか?」
「ええっと、端の壁が高い家って分かりますか?」
「……もしかして、片瀬さんの家ですか?」
どうやら、美咲は片瀬邸を知っているらしい。
「昔、湊がよく言っていたんです。庭が広くて茶色い可愛い犬がいるって」
そう言われて、優真は思い出した。
確か、湊と一緒に遊びに行って、和美おばさんにお菓子をもらったな、と。
「よく覚えてますね、俺、言われるまで完全に抜けてました」
「私、そのころ中学生だったんで、結構覚えているんです。画家のおじさんに絵を褒めてもらったって喜んでいました」
「ああ、湊、絵、上手かったですよね」
共通の話題を探しながら、車は道路を進んだ。
隣の地区にあるホームセンターに到着する。
入り口近くの園芸コーナーに行くと、肥料や植物の苗などが並んでいた。
お年寄り数人が熱心に苗を見ている。
優真は美咲の勧めで畑用の肥料と、野菜培養土を購入した。
植木鉢でベビーリーフを育てるなら、土と培養土を混ぜた方がいいらしい。
「美咲さん、詳しいんですね」
「ええ、仕事で勉強したんです」
美咲は近くの小学校の先生で、園芸部の顧問をしているらしい。
優真は納得の目で美咲を見た。
面倒見が良い人だと思ったら、先生だった。
2人は、それぞれ肥料や腐葉土の大袋を購入すると、台車で車に運んだ。
優真が車の荷台にそれらを積み込む。
そして、最後の1袋を積み終わり、
やれやれと思って顔を上げると、優真の目に道路の先に鳥居が映った。
「ずいぶん大きな鳥居ですね」
「このあたりで一番大きい神社ですね。せっかくですから、行ってみましょうか」
2人は歩いて神社に向かった。
神社はかなり大きく、広々としている。
境内を歩きながら、美咲が口を開いた。
「ここの神社って、ちょっと面白いんですよ」
「そうなんですか?」
「はい、ビー玉みたいなお守りがあるんです」
社殿の前に到着すると、あちこちに竹の柵で囲まれている場所があった。
柵の中には、地面に埋まった賽銭箱のようなものがあり、中がキラキラと光っている。
傍の立札には、こんなことが書いてあった。
―――――――
<埋納祈願の由来>
当社に伝わる「埋納」は、
願いを込めた供物を地中に納めることで成就を祈る、古くからの信仰に基づく祈願です。
その始まりは平安末期、
源頼朝公が石橋山の戦いに敗れ、追手に囲まれた際の出来事と伝えられています。
頼朝公が身に帯びていた玉を地に埋めたところ、不思議と道が開け、難を逃れたと語り継がれています。
―――――――
優真は顎に指を当てて考え込んだ。
(そういえば、このあたりで源頼朝が逃げ回ったって、日本史でやったな)
美咲によると、神社ではビー玉のようなお守りを受けることができ、
それに願いを込めて穴の中に投げ込むらしい。
「新年に勘掛けすると、願いが叶うって有名なんですよ」
優真は穴の中をまじまじと見た。
確かに、ものすごい数の玉が入っている。
(1個500円としても、この穴だけで100万円くらいありそうだ)
雨が降った時どうするんだろうな、と何となく考える。
――その後、2人はお昼を食べようと、近くのファミレスに入った。
とりとめない話に花を咲かせる。
話をしながら、優真は居心地の良さを覚えていた。
(話しやすいし、大人だし、なんか良い感じの人だな)
ファミレスに2時間ほどいた後、優真は美咲と共に鷺ヶ首に戻った。
まず、美咲の家に腐葉土を降ろし、次に優真の家に肥料と培養土を降ろす。
美咲がにっこり笑った。
「野菜を植えるとき、何か分からないことがあったら、遠慮なく聞いてください」
「ありがとうございます」
優真はお礼を言うと、思い切って言った。
「あの、LINE、交換しませんか?」
「はい、いいですよ」
優真は美咲をLINEを交換すると、手を振って見送った。
車が見えなくなると、ふう、と息をつく。
気持ちが高揚して、今すぐ畑を作りたい気分だ。
「よし、まだ明るいし、やるか」
優真は張り切って、肥料培養土を物置に運んだ。
ジャージに着替えると、ついでに買ってきた軍手をする。
そして庭に出ると、周囲は少し暗くなり始めていた。
優真はスコップと鋤を手に取ると、庭を見回した。
おばさんが家庭菜園を作っていた場所がいいだろうと考えて、
その場所の土をスコップで掘り始めた。
ザクッザクッ
土は思いのほか柔らかく、苦労せずに掘り進められた。
畑の真横に植えられた金木犀が、盛りが過ぎた甘い香りを漂わせている。
そして―――
「……ん? なんだこれ?」
優真は首をかしげた。
よく見ようと、しゃがみ込む。




