二話 春灯祭
春季大祈祷祭――通称、"春灯祭"。
王都全域を巻き込んで行われる、国家規模の合同祭祀である。
教会。
寺院。
社殿。
三大宗教勢力が共同で執り行う、一年で最も大きな祈祷儀礼。
豊穣祈願。
魔導水路の安定化。
街道守護祈祷。
都市結界更新。
そして、国家の繁栄祈願。
百年以上続く平和を支えてきた、"春の再確認"だった。
◇
祭り当日、王都は朝から騒がしかった。
大通りには祈祷旗が並び、露店商が香辛菓子や焼き串を売り歩く。
楽師たちは広場で演奏し、子供たちは社殿の配る色紐を腕へ結び合っていた。
神殿鐘の音が、春空へ静かに響く。
「平和だ」
誰かが呟く。
その言葉通りだった。
王都は豊かだった。
魔導灯は昼間でも柔らかく灯り、浄化水路には澄んだ水が流れている。
街道は整備され、市場には地方産の品が並ぶ。
少なくとも、中央だけを見ればこの国は盤石に見えた。
「レオ」
振り返ると、アルスがいた。
異父兄は祭祀用の黒衣を着込み、いつも以上に官僚らしい顔をしている。
「ま〜た周囲ばかり見てるのか」
「兄上」
「今日は休みみたいなもんだ。少しくらい、祭りを楽しめ」
そう言いながら、アルスは屋台で焼き菓子を二つ買った。
一つを押し付けられる。
「・・・ありがとうございます」
「お前は昔から考え込みすぎなんだよ」
兄は笑う。
「東部の件なら、政庁も大公家も把握してる。すぐどうこうなる話じゃない」
その言い方は、自分へ言い聞かせているようにも聞こえた。
レオは返事をせず、人混みへ視線を向ける。
確かに、祭りは賑わっていた。
だが。
去年より衛兵が多い。
商会護衛の武装率も高い。
門前では入都検査が行われ、流民らしき集団が外壁側へ誘導されている。
祭りなのに、妙に武装した人間が目についた。
「気のせいならいいけど・・・」
「何がだ?」
「人が、増えてます」
「祭りだからな」
「・・・そうじゃなくて」
傭兵だ。
歩き方で分かる。
視線。
姿勢。
腰の重心。
武器を持ち慣れた人間特有の、空気がある。
しかも、その多くが東部訛りだった。
◇
昼過ぎ。
中央広場では、三勢力合同の奉納儀礼が始まった。
教会神官たちが、白金の祈祷衣を翻す。
巨大な儀礼陣が展開され、空中へ淡い光文字が浮かび上がる。
続いて寺院側。
武僧たちが錫杖を打ち鳴らし、低い詠唱を重ねていく。
地面そのものが共鳴するような、重圧感。
最後に、社殿側の巫女たちが舞い始めた。
鈴音。
花弁。
柔らかな光。
観客席から、歓声が上がる。
「綺麗」
近くの少女が、目を輝かせる。
その瞬間、三勢力の術式が重なった。
空へ、巨大な光輪が浮かぶ。
王都全域の魔導灯が、一斉に淡く脈動した。
どよめき。
拍手。
歓声。
王都が、一つになる瞬間だった。
これが、この国の平和。
この巨大な魔法文明を支える光景。
本来なら、そう思うべきだった。
だが。
「今年、術師少なくないか?」
誰かが、小さく呟いた。
「東部派遣が増えてるらしいぞ」
「また、武装した寺院か?」
「流民鎮圧とも聞く」
ざわつきは、すぐ歓声へ呑まれる。
誰も祭りの日に、不吉な話などしたくない。
◇
夜。
春灯祭は、最後の大祈祷へ移る。
王都中の灯りが落とされた。
静寂。
祈り。
そして。
夜空へ、巨大な光が打ち上がる。
歓声が上がった。
青。
金。
白銀。
祈祷光は夜空で幾重にも広がり、建国神話の光景を描いていく。
神獣。
聖樹。
王冠。
守護結界。
まるで、空そのものが神話になったようだった。
誰もが空を見上げている。
けれどレオだけは、地上を見ていた。
広場外周だ。
武装した神官。
増員された衛兵。
商会同士の密談。
東部使節団の、険しい顔。
そして。
広場の隅で、疲れ切った顔をした流民の子供が、落ちた菓子を拾っている。
その向こう側に、黒衣の老人が立っていた。
エーヴェル・アルディン。
伯父は、夜空を見ていなかった。
東部使節団を見ている。
まるで。
もう祭りの終わりを知っている人間みたいに。
次の瞬間、夜空で最大の祈祷光が炸裂した。
王都全域から歓声が上がる。
あまりにも美しい光景だった。
だからこそレオは、ふと思ってしまった。
――この光景は、あと何年続くのだろう、と。




