一話 最近、書状が増えている
最近、書状が増えている。
レオがそれに気付いたのは、春季祈祷祭を七日後に控えた朝だった。
政庁西棟、第三書記局。
魔導灯の淡い光が照らす書庫で、レオは机の上へ積み上がった封書の束を見つめていた。
羊皮紙。
封蝋。
祈祷印。
そして、赤い"至急"刻印。
「・・・多いな」
思わず呟く。
地方領主からの徴税延期願い。
寺院間調停依頼。
街道封鎖報告。
流民受け入れ申請。
東部諸領からの警備増強要請。
しかも妙なのは、同じ地域から同時期に集中していることだった。
「また、書状なんか眺めてるの?」
背後から声がした。
振り返ると、姉のセシリアが書類箱を抱えて立っていた。
灰色の長衣。
腰に提げた簡易祈祷具。
第三監査局所属を示す銀章。
アルディン家の人間らしく、彼女もまた幼い頃から政庁実務へ関わっている。
「姉上」
「そんな顔してると、伯父様にまた"書類に呑まれるぞ"って言われるわよ?」
「でも、今年は変です」
レオは書状の束を指差した。
「東部関連が多すぎですよ・・・」
セシリアは適当に一通を手に取り、封蝋を確認する。
「徴税拒否か。最近多いわね」
「街道封鎖も増えてます」
「・・・東部だもの」
それだけ言って、彼女は肩を竦めた。
王都の人間にとって、東部とはそういう土地だった。
荒っぽい地方領主。
武装化する寺院。
独立色の強い都市群。
昔から、揉め事が絶えない。
中央の秩序が、届きにくい土地。
「でも最近は、ちょっと違う気がします」
「何が?」
「全部が、繋がってる感じがするんです」
徴税拒否。
私兵増加。
傭兵契約。
街道封鎖。
寺院武装化。
流民増加。
別々の問題に見えて、実際はどこかで繋がっているという、そんな嫌な感覚があった。
セシリアは少しだけレオを見つめ、それから小さく笑った。
「相変わらず、変な勘だけは鋭いわね」
言われ慣れた言葉だった。
レオ自身、自分が特別優秀だとは思っていない。
魔法技術も平均程度。
信仰心も人並み。
前世の知識だって、曖昧だ。
ただ、空気の変化に敏感なのだ。
平和が崩れる前の、あの妙なざわつきに。
「それより」
セシリアが声を潜めた。
「今日は伯父様が、東部の報告を直接確認する日よ。機嫌悪いと思うから、気を付けなさい」
その瞬間、書記局の空気が静まった。
廊下の向こうで、人々が一斉に道を開けていく。
靴音だけが近付いてくる。
レオは、無意識に背筋を伸ばした。
黒衣を纏った老人が、歩いてくる。
痩せた身体。
鋭い眼差し。
豪奢さはない。
だが政庁で働く者なら、誰もが彼を恐れていた。
エーヴェル・アルディン。
アルディン家当主。
現大公の養育者。
そして、この国の実務権力を支える中心人物の一人。
王家が国家の象徴なら、大公家は国家そのものを動かす機関だった。
軍。
税。
物流。
治安。
その全てが、大公政権を通して動く。
そして伯父は、その中枢にいる。
老人は通り過ぎる途中、積み上がった書状へ視線を向けた。
「・・・また東部か」
低い声だった。
それだけなのに、周囲の文官たちが息を呑む。
伯父は一通を手に取り、赤蝋印を確認した。
「槍を持った坊主が、また街道を止めたらしいな」
誰も答えない。
いや、答えられない。
老人は、静かに書状を戻した。
「増えている」
ぽつりと漏らされた言葉。
それが何を意味するのか、レオには分からなかった。
けれど。
その瞬間だけ、この国を支えてきた巨大な秩序に小さな亀裂が入った気がした。




