24話 セネカルトのその後
ある日の事。
王国で長きに渡り戦い続け、生涯国を守り通してきた『聖騎士』が没した。享年、89。
誰もがその死を惜しみ、涙を流した。敵対していたはずの隣国からすら弔問文が届いたほどだ。
彼女の遺体は、常に戦場で共にあり続けた剣と共に埋葬された。その顔は、彼女は死したのだという事実を疑わせる程に生気に満ち溢れていた。
きっと、彼女………セネカルト=クインクスは、今も神世の何処かで戦い続けているのだろう。
国葬となり盛大に行われた葬式も終わり、涙を流しきった後は、皆、彼女の新たなる旅立ちを祝い、祈った。きっと、この祈りは彼女のもとに届き、力を与えるだろう。そう信じて。
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「………で、ここ最近調子はどうですか?セネカルト様。」
「悪くない。むしろ良い方だな。自分の配下を仕留められるのはやはり心苦しいか?デューク殿。」
「いや、特に問題はないですよ。抵抗しなければあなたが殺されますから。自己防衛なら何の問題もないんですが………」
セネカルトの魂は死後、終世「奈落」にやって来ていた。本人曰く、
「どうせ最後は転生できるのだから、行ったことの無い神世よりも終世で戦闘経験を積み続けたほうがいい」
とのことだ。デュークはこれを聞いたとき、心底呆れた。
確かに、昔「終世を兵士の訓練場にしよう!」とか言い出した事もあり、終世の中でも比較的安全な地域である「黄昏」を使わせてた事もあった。だから一応、終世での勝手は分かっている。
(しかし、どうして終世剣も無しに『奈落の主』と渡り合えるんだ………?あの人、本当に凄い人なんじゃないか………?)
「転生までに終世を制覇する」
セネカルトは生前、デュークにそう宣言していた。デュークは終世剣が無ければそれは無理だと知っていた為、それを正直に話した。のだが、あの鍛錬狂はそんな事気にも止めず、本当に神世の使いを突っ撥ねて半ば無理矢理デュークに自分を終世に連れて行かせた。
最初の頃はかなり苦戦していた。魂の直接戦闘など、セネカルトの長い戦いの人生でも体験したことはなかったからだ。当たり前だ。やられて地べたを舐めるような屈辱を味わっても、魂を食われ死にそうになっても諦めずに挑戦し続けた。
本当にどうしようもなくなった時はデュークが助けてくれた為、セネカルトは終世剣無しで「奈落」を生き延び続けた。
そして今、まさかのまさか、終世剣を必要とせずに彼女は「奈落の主」と渡り合う程となった。
ズウゥゥゥンンンン
「よし、これで討伐完了。私の勝ちだ!」
「おぉぉぉ……………まさか、本当にやるとは………流石、生前聖騎士の座を死ぬまで渡さなかっただけはありますね………」
「ふふん、どうだ?人間、やる気になって挑み続ければ何だって成し遂げられるものだ。事実、デューク殿だって終世の全てを手中に収め、王国に舞い戻って来たのだからな!」
「いや、それは終世剣があったからで………あの、話聞いてますか………?」
「さて、「奈落」は攻略したことだし、私は今度は「深淵」に向かう!崖登りにはかなり時間がかかるだろうし、しばらくはデューク殿ともお別れだな!」
「………頑張ってください」
「では、行ってこよう。「深淵」でまた会おう!」
挨拶もそこそこに、セネカルトは崖を掴み登り始めた。デュークの時は数える事もできないほどに時間を掛けたが、彼女ならそんな心配はないだろう。根拠は無いが、デュークはそう確信していた。
「………行ってしまった。セネカルト様は、何だか終世に来てからテンションハイになっている気がするな………公の立場に関係なく、心ゆくまま戦えるからか………?」
だとしたら、戦闘狂もいいところだ。あの人、昔からあんな人だっただろうか?
「………いや、セネカルト様は昔からずっと変わっていないな。」
そう、変わっていない。物心つき、騎士を志すようになってから、ずっと自分の心が正しいと思っていることを実践し続けて来た。今も、心置き無くやりたい事をやるのが自分にとって一番だと思っているからあのように振舞っているのだろう。
そんな事を考えていると、セネカルトは戻って来た。
「何か忘れ物でも?」
「いや、もしデューク殿にこれから神世に行く用事があるのなら、私に先立った者達に『会えなくなってすまなかった』と、言伝を頼まれてはくれないか?」
「………分かりました。伝えておきましょう。」
「そうか、良かった。では私は崖登りを再開するとしよう。………ただ登るのでは時間がかかりすぎるな………」
そう言って、今度は掴みながらではなく、駆け上っていった。速い。速すぎる。
「………言伝には、すぐにまた会えるでしょうとも付け加えておこう。」
「………文武、人格を両立した人間というのは恐ろしいものだな。」
セネカルトが「根源」をも制覇した時、もうデュークは彼女に勝てなくなるだろう。今はまだ、「奈落」を変えようとしているだけに過ぎない。しかし、そんな未来が来るのはそう遠くはないだろう。
「………私も、自分のやりたい事をやるか。「深淵」でまた会いましょう。では。」
デュークは自分のやりたい事の為に終世を一度出た。もう見えなくなった尊敬する友に礼をして。
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「さて、と………ここが「深淵」か。中々、骨のありそうなやつらが揃っているな。」
奈落の蓋を渡り切り、その先で待っていたのは闊歩する「深淵」の猛者達。身震いが、抑えられない。
恐怖?断じて違う。これは、喜び。自身の成長を助ける豊富な餌を前にして、喜ばない武人などいないだろう。
「さぁて、行くぞ!」
セネカルトは終世を駆ける。いつかの転生する、その日まで。彼女は何処までも、止まらない。




