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41 王城セオレムにて

 晩餐会――今年は催し物――という事だが、シーラの集めてきた情報によると、例年では夕食と歓談を楽しむ割とオーソドックスな代物だそうな。ただ中庭で騎士団員が日頃の訓練の成果を演武や試技として披露しつつ、それを見ながらというのがやや普通とは違う。

 あくまでもヴェルドガル王国の騎士団が自分達の訓練の成果を王族に披露し、栄えある王国騎士団の優秀さ、勇猛さを示すためのものである、という趣旨だそうな。


 今年は殉職した兵士達の勇気を称え、王国の平穏を護るための誓いを新たにするという意味合いをそこに付加してくる感じだろう。

 こういった晩餐会に出席する場合、招待客は婚約者や結婚相手がいるなら同伴させるのが普通だ。晩餐会や舞踏会は貴族が見合い相手を探す場として活用しているから、見定めた相手に婚約者がいるのかいないのかを含めて声をかけるかどうか判断するものだから。


 と、いうわけでグレイスとアシュレイの2人と共に王城セオレムへ向かう。


 グレイスはいつものエプロンドレス姿ではなく、イブニングドレスである。黒を基調に鮮やかな青の装飾をあしらったもので、元々のメイド服に近い色調だけによく似合っていると言えよう。

 これはガートナーの屋敷にいる時、使用人ではない立場として晩餐会や夜会などに出席する事があったら着るようにと作ってもらった物らしい。


 アシュレイはと言えば白を基調としたドレスの上からラベンダーのような色調の、淡い紫のボレロという出で立ちだ。フリルやリボンも同じ色で染めてある。上品ながらも落ち着いた可愛らしいデザインであるが、これまたアシュレイにはよく似合っている。


 ……いや、並ぶと壮観だな。

 俺の服装はと言えば、例によってお仕着せの礼服だ。それなりにかっちりとしたフォーマルな物なので、形だけ格好が付いていればそれでいいだろうと諦めている。

 というのも2人の容姿が飛びぬけた美少女であるのに対して、俺は割合平凡というか普通の見た目だと思うので。2人の横に並んで釣り合いが取れているかは微妙なところである。

 まあ……この辺は言っても始まらない事なので仕方が無いだろう。精々エスコート役としてボロを出さないように気を付けたいところだ。


 2人とも髪に色の付いた花の飾りを付けている。これは自分には既に決まった相手がいるから誘わないでほしいという意味だそうで。自動的に一緒にいる男がその相手、ということになる。2人して揃いの飾りなのは、多分合わせてきたのだろう。


「じゃあ行こうか。手を」

「はい」

「ふふっ」


 宵闇が迫る、赤く染まったタームウィルズの街並み。

 王城セオレムから迎えに来た馬車に、2人をエスコートする。


「それじゃあ気を付けて」

「ああ。ちょっと行ってくる」


 見送りに来たシーラに小さく手を振って馬車は出発した。

 

「何か裏がありそうだと解ってはいるのですが……その。こんな風にテオにエスコートしてもらうというのは……何だか嬉しいです」

「そうですね。テオドール様とこんな風にお出かけするというのもわくわくしますね」


 2人はなかなか楽しそうにしている。こんな事で喜んでもらえるというのであれば――もっとこういう機会を作っても良いかな。夜会とかでなく、どこかに遊びに行くとか。

 ……そうだな。せっかくタームウィルズは海が近いのだから、今度出かけてみようかな。




 跳ね橋を渡り、見上げるような巨大な石作りの建造物、王城セオレムの中へと馬車は進んでいく。

 王城セオレムと一口に言うが、城壁の内側にある建造物の集合体を指した言葉だ。一際大きな中央の建物が王族の暮らしてる王の塔である。

 今回催し物が開かれるのは騎士の塔と練兵場に隣接する迎賓館だそうだ。迷宮が作り出した建造物ではなく、騎士団が様々な用途に使うために後から建て増ししたものらしい。


 広い空地になっている練兵場は、魔法の明かりと篝火によって全体に渡って煌々と照らされている。騎士団員達が騎馬や騎竜を並べて待機している事から見るに、ここで演武などを行うのだろう。

 館の一階部分はダンスホールから繋がってカフェテラスのようになっていて、テーブルが並べられている。このイベントを行う事を前提とした作りとなっているのが窺えた。

 既に着飾った招待客が集まっていたが、招待状を渡すと2階のバルコニー席に通された。

 ……VIP待遇か。うーん。

 騎士団としての意向がよく解らないな。俺に喧嘩を売っているのか、尊重しているのか。


「おお、テオドールか」


 と、笑みを浮かべて声を掛けてきたのは冒険者ギルド副長、剣聖オズワルドだった。

 騎士団主催の武芸イベントともなれば。彼を呼ばずに誰を呼ぶのかという人選ではある。


「どうも。良い晩ですね」

「うむ。そこの席が空いておるぞ。まあ、こんな老骨の隣のテーブルで良ければの話だがな」

「オズワルド様と武芸鑑賞というのは――中々面白そうではありますね」


 勧められるまま隣のテーブルに腰かける。


「俺としてはお前が演武してくれる方が面白そうなんだがな。魔人の時は避難誘導と護衛に時間を取られてしまって噂の空中戦と杖捌きを見られなかったしな」

「残念ですが、今日の僕はエスコート役ですので」


 衣服1つ取ってみてもそうだ。杖を持って暴れるような格好では来ていない。

 両手を広げてそんな風に答えると、オズワルドはグレイスとアシュレイの髪飾りを見て、ふむ、と頷く。何に納得したのかは解らないが、あまり聞かない事にしよう。

 互いを互いに紹介してから、オズワルドに尋ねる。


「オズワルド様は毎年招待を受けるんですか?」

「一応な。顔を出してはいるが最近は小さく纏まってしまっていて面白い奴がおらん」

「そうなんですか」

「今の騎士団長辺りは中々のものだったのだがな。剣を振り回す立場でもなくなってしまったようでな」


 練兵場の向こうを見ながらオズワルドは肩を竦めた。


「チェスターという若い騎士をご存じで?」

「あの飛竜乗りか。今の騎士団では頭一つ抜けているとは思うぞ」


 竜騎士チェスター。騎士は騎士でも、あいつは竜に乗る方の騎士だそうだ。

 シーラの調べによると文武両道で非の打ちどころがないと評判らしいが……どうも胡散臭いというのがシーラとの共通の見解である。あの振る舞い1つ取ってみてもそんな人物像と繋がらない。

 だとするとあの振る舞いはわざとだろうとは思うのだが――何のためにそんな事をしたのかがよく解らないというか。


「チェスター様、今日の試技の御武運お祈りしていますわ」

「どうかお怪我なさらないでくださいまし」

「はは。大丈夫だよ。優秀な治癒魔術師も待機しているし、武器は刃引きしてあるからね。滅多な事は起こらない」


 思案していると、そんな話し声が聞こえてきた。当人であるチェスターが式典用の装束を身に纏ってバルコニー席に姿を見せたようだ。

 どこかの貴族の子女達を周りに引き連れており、周囲からも視線を集めている。まあ……騎士団の中でも出世頭という事なんだろう。まあ、確かに如何にもという感じで絵にはなるが。

 チェスターは笑みを浮かべて、周囲の令嬢達に声を掛けてその場に待たせると、真っ直ぐオズワルドの所に近付いてきた。


「これはオズワルド様。よくいらしてくださいました。少々予定が遅れておりまして。僕がそのお知らせとお詫びの挨拶に参った次第です」

「そうかね。今日の演武、お前には期待している」

「ご期待に沿えますよう、努力致します」


 と、オズワルドに一礼する。


「そしてテオドール君。今日はよく来てくれたね」

「ええ、チェスター卿」

「僕達の演武を楽しんでいってくれたまえ」

「拝見させていただきます」


 態度としては前と同じだが、な。


「そして――お美しいお嬢さん方、初めまして。僕はチェスターと申します」


 と、チェスターがグレイスとアシュレイに声をかけたが……グレイスは一瞬冷ややかな視線を送って目礼だけで済ませた。アシュレイもだ。欠片も愛想笑いを浮かべず軽く一礼をしてそれで終わりである。

 まあ……それもそうだろうな。ギルドでの振る舞いもシーラからの情報も、2人は聞いているし知っている。今更愛想良くされても信用するに値しないというか、卒なく行動すればするほど胡散臭く見えるというところなんだろう。

 それでも俺の立場があるから形だけでも挨拶はした、というように見える。見えるというか、実際そうなんだろうが。

 期待していた反応が無かったからなのか、チェスターの表情が笑顔のままで一瞬固まった。


「これは、困ったな。照れているのだね。それでは、他に挨拶回りもありますので失礼させてもらうよ」


 などと、すぐに再起動して立ち去っていった。

 底なしのポジティブシンキングか、取り繕っただけか。今1つ解らないが……どう見ても照れてはいないだろう。相当絶対零度の対応だったぞ、今のは。


「何というか、バイロンを思い出します」


 と、グレイス。

 ああ……。大人の前での猫の被り方は上手かったな、あいつは。

 要するにグレイスからあいつへの評価は地の底、という事だ。


「よく解らない人ですね。それより、このテーブルクロスの刺繍……細かくてすごいですよ」

「ああ、本当ですね。これ、私もした事のない技法が使われてますよ」


 2人は気を取り直して、という感じでガールズトークを始めてしまった。

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