挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

43/1266

40 斥候

「天井に3匹、それからあの水の深い所に2匹で、計5匹」

 シーラの耳がぴくぴくと動き、時折臭いを嗅ぐ仕草を見せると、まるで予言か何かのようにそう宣言する。

「グレイス様。蝙蝠はお任せください」
「では、蛙は私が」

 グレイスが深みに向かい、アシュレイが詠唱しながら蝙蝠の潜んでいる暗がりに近づく。
 途端、水の中から蛙が飛び出した。更にもう一匹の舌が呻りをあげて伸びてくる。が、グレイスは左手の斧で飛び掛ってきた方を斬って捨て、もう一匹の舌鞭を右手の斧の刃で絡め取ってそのまま力任せに引き寄せた。
 猛烈な勢いで水から引っ張り出された蛙に向かってグレイスが無造作に鎖を巻きつけた腕を振るうと、真っ直ぐ飛んで行って壁面に平らにへばり付いた。

「――ベノムミスト」

天井から飛んできた蝙蝠はと言えばアシュレイの放った紫色の煙に突っ込み、突然失速して地面に落ちる。第4階級水魔法だから、アシュレイにとっては手持ちの魔法の中でも行使の難しい部類なのだろうが……事前に来る方向が解っていれば悠々と魔法の準備が出来るというわけだ。

「良いですね。見落としがないので奇襲を受けませんし」

 と、グレイスが笑みを浮かべる。
 確かに、な。別に魔法で強化しているというわけでもないのに、シーラの五感は尋常なものではない。視覚、嗅覚、聴覚が人間の比ではなく、まるで生体レーダーといった印象だ。自分から己の腕を売り込むだけの事はある。
 ライフディテクションなどの感知魔法もあるが、こういった探知の目と手段は多ければ多いほど良いのだし。

 さて――あの後、病み上がりのイルムヒルトとあまり長話をするというのも何なので、程々の所で切り上げて予定通り迷宮に潜ることになった。
 誘拐事件の被害者達は「商品の質――つまり値段を保持する」と言う事で手荒な扱いはされなかったようだし。イルムヒルト自身はラミアである事を隠していたので、食事を摂れずに弱っていただけと言う事なので病み上がりだとか衰弱と言ってもそう深刻な事態でもないようだけれど。

 何故迷宮探索にシーラが付いて来ているのかと言えば……理由は大きく分けて2つ。俺とシーラの利害が一致を見たというのと、チェスターの振る舞いがイルムヒルトの事で神経を尖らせていた彼女をかなり怒らせてしまったようで。
 それで、5日後の催し物までに騎士団に関する情報を収集してくるからと、シーラは俺にそう申し出てきたのだ。

 イルムヒルトは他の2人に比べると、やや微妙な立場だ。イルムヒルトが種族を隠して街中で暮していた事と、魔人リネットが人間に扮していた事と。その発覚が重なった事が間が悪いとシーラは見ているようだ。そんなわけで、彼女の処遇がどうなるか少々不透明だと見ているのだろう。

 イルムヒルトは冒険者登録しており、ある程度依頼や迷宮探索で実績を重ねているし、誘拐された被害者と励まし合っていたそうだから、冒険者ギルドは彼女寄りの立場だ。冒険者にも味方をしてくれる者もそれなりにいるだろうが、それはあくまでもギルド側の話で、王国側の立場とは関係がないのだし。

 だから――ああいう場に出方の解らない、しかも公職についている人物に踏み込んでこられるというのはシーラとしてはとても困るわけだ。しかも手順や手続きを軽視しているタイプの人間となると尚の事である。
 独善でイルムヒルトを裁きに掛かったり、騎士団に戻ってから主観で讒言(ざんげん)を吹聴したりだとか……ないとは言えない。

 そういうチェスターに対する反感に加え、イルムヒルトの現在の立場を視野に入れた上で、自分を売り込んで俺との繋がりを作っておきたい、と言う事らしい。俺の隣にグレイスがいるから信用が置けると見ているのだろう。

 まあ……そういうギブアンドテイクなら歓迎したい所だ。より多くの情報を握っている、或いは集められる手段があるというのは強力な武器にも盾にもなるのだし。
 俺は個人的感情から盗賊ギルドをあまり好かないし、こちらにいる知り合いもまだ少ない。今後情報屋などを利用するにしてもシーラの介在があるならば労力的にも心情的にも楽だ。

 そこでシーラが迷宮探索に、と言う所に繋がってくるわけだ。
 ギブアンドテイクとは言っても――彼女から情報を貰って、後はイルムヒルトに便宜だけ図っていれば良いのかと言われればそうではない。情報収集をしてもらうに辺り、俺が後ろにいる事を明確にしておいてやりたい。

 シーラ個人で動いていたと言うのと俺の意向で動いていたと言うのでは、もしもの場合――つまり情報収集中にシーラが捕まった時など、彼女の処遇が違って来るからだ。
 この際、誰が発案したのかは重要ではない。その話に乗った以上は俺が責任を負うべきなのだと思う。後ろ盾というほど大した人脈があるわけではないが……そうする事で多少なりとも彼女の身を護る事に繋がってくるだろうし。

 ヘザーには建前上シーラとパーティーを組むかもと話をした事もあり、一緒に迷宮探索をする事で俺との繋がりがある事を明確にしておこうというわけだ。
 それらの事をグレイス達を交えて話し合って、迷宮探索の面でもシーフ役やスカウト役がパーティーにいた方が良いという結論を出し――今に至る。
 シーラの実力に不明な点はあったが、この辺の階層であるなら迷宮に連れていく事にあまり問題や不安は感じない。情報収集能力の高さや感覚の鋭さは解っていた事だしな。

「今度は、私自身が前に出ても?」
「大丈夫なんですか?」
「自信はあるつもり。私の腕を買ってもらうわけだから、出来る事は見せておきたい」
「解りました」

 シーラを先頭に洞窟エリアを探索していく。暫く進んでいくと、彼女はその足を止めた。

「見つけた。行く」

 そう言ってシーラは逆手にダガーを握った。そのまま何もない壁に向かって走るが、かなりの速度で疾駆しているのに足音が聞こえない。壁面を駆け上がって高く飛び上がりながら、何も無い空間に向かってダガーを振り抜けば、まるで吸い込まれるように飛び出してきた蝙蝠が、二つに切り裂かれて落ちてきた。空中で転身して地面に降り立つ。

「お見事です、シーラさん」
「ありがとう」

 なるほどな。
 居場所を把握し、挙動を予測しているから相手が動き出すよりも早く攻撃に移れる、と。
 体術もかなりな物だが、もし戦う事になったら相手は実際の動きよりも早く感じるだろう。身軽さが売りで、武器も軽量だから相性はあるのだろうが、前衛に回るのが彼女の仕事というわけではないし。
 まあなんだ。シーラが足手まといになると言う事は無さそうだ。
 この分なら今まで以上に効率良く進む事が出来そうである。



「――次。来る」

 洞窟の奥から、のっそりと豚頭の魔物達が姿を見せた。
 オークだ。計4体。膂力が強く、タフな戦士ではあるのだが、頭は良くない。
 地下17階から出てくるようになった。オークと言えば繁殖力が強くて他種族の雌を追いかけ回している印象があるが、迷宮に出てくるオークはそういう事も無い。……いや、俺よりグレイス達に向かっていく感じはするけれど。

「ブギィイ!!」

 グレイスに向かって戦斧を振りかぶるが、彼女は真正面からそれを迎え撃つ。オークの戦斧とグレイスのラブリュスがぶつかり合って、金属音を立てた。
 が、僅かたりとも拮抗などしない。打ち勝ったのはグレイスだ。鉄拵えの柄ごと、熱せられた飴細工のように折り曲げ、振り抜いた勢いそのままにオークをなぎ倒した。遠心力を殺さず、竜巻のように回転、更にもう1体を巻き込んで粉砕する。オークをして丸っきり赤子扱いである。

 そんなグレイスに気を取られたオークは、音も無く上から降って来たシーラに首を掻き切られる。血しぶきが飛び散るより早く、シーラが肩を蹴って後方に跳躍して離脱した。
 残り1体。アシュレイは後方に控え、ノーマークになった俺が前に出る。
 魔法杖を風車のように回してオークを巻き込みながら、頭から地面に叩き落とす。
 同時に喉を踏みつけ、マジックサークルを展開。足裏からの雷撃で止めを刺した。

 さて……オーク、か。一応食用になるから剥ぎ取れる箇所は多いんだが……ヒューマノイドな魔物は現物を知ってるとあんまり食欲が湧かないんだよなぁ。



 地下18階への階段と、石碑を見つけた所で撤収する事にした。俺達はともかく、シーラにはこの後やる事が山積しているだろうからな。

「テオドールが強いのは解っていたけど……逆に自信が無くなって来た」

 神殿に戻ってくると、シーラはそんな事を言った。
 グレイスはちょっと別格な所があるし、アシュレイも同年代の子供に比してすこぶる優秀だしな。シーラとしてはまだアピールが足りなかったとでも思っているのだろうが……俺も別に、そこまで要求する水準は高くないんだが。どう思われているかは気になる所だ。

「いや、十分でしょう。今後ともよろしくお願いします」
「……うん。よろしく」

 シーラは頷く。

「そうと決まれば、今日から調査に移る」
「とりあえず、1人で危ない橋を渡るのは無しにしてください。そう言う時は相談した上で決定します。その際は使い魔をお貸ししますので。なにせ5日後ですし、要注意人物を纏めて貰える程度でも十分です。後、1日1回は顔を見せてくれると、無事が確認出来てこちらとしても安心なんですがね」
「解った」

 方針をシーラに伝えると、少しだけ、嬉しそうに彼女は笑った。
 俺の事なので、あまりシーラが無理をする必要はない。
 誰に気を付け、誰が信用出来そうかぐらいが解っている程度でもこちらとしては立ち回りが楽になるのだし。
 さて――5日後、か。どうなる事やら。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ