420 夢魔の後始末
体力回復の魔法でレスリーの顔色も多少良くなってきたが、言うなれば病み上がりの状態だ。無理はしないほうが良いが、屋敷もあちこち穴が開いたりと壊れてしまっている。
なので、公爵家の面々はグレイス達が泊まる予定だった中央区の宿に移動してもらい、そこで休んでもらってはどうかという話になった。
公爵家の使用人と警備兵達については王城にある宿舎へ。俺と公爵はメルヴィン王に報告を行うために王城へ向かう必要があろう。
レスリーに関しては……俺は休んだほうが良いだろうと思うのだが、本人はどうしても王城へ行って自分の口からも説明したいとのことなので、その意を汲むことにした。
「それでは、私達は皆様を宿屋に送ったら、先に家に戻っています」
屋敷を出たところでグレイスが言う。
「うん。また後で」
「ん。テオドール」
「また後でね!」
グレイスに笑みを向けて頷くと、彼女も微笑む。マルレーンやシーラ、マルセスカが手を振って各々馬車に乗り込んでいった。
夢魔を倒した時に派手な魔法を使ったせいか、王城から騎士や兵士達も駆けつけてきている。まあ……移動中の安全という面では心配あるまい。
護衛は当然ながら王城へ向かう俺達の側にもつく。王城へ帰るステファニア姫達と公爵を護衛するような形で、タームウィルズの兵士達と公爵家の警備兵が隊列を組んで街を進む。やたら目立つが移動している人間の顔触れを見れば納得する部分でもあるかな。
ステファニア姫、アドリアーナ姫、エルハーム姫にドリスコル公爵にレスリーという顔触れだ。重要人物ばかりだな。
レスリーはまだ自分は陛下の沙汰を受けていない、と王城からやってきた騎士達と一緒に馬車に乗った。クラークもレスリーが病み上がりであるので、その看病にもう一台の馬車に乗っている。
さて……。馬車で移動しながらで、まだこれからのことが確定したわけではないが、公爵に明日以降のことを少し相談してしまうか。
「公爵。少し良いでしょうか?」
「何ですかな?」
「屋敷を魔法建築で修復したいと思っているのですが」
俺の言葉に公爵は一瞬目を見開いたが、少し慌てた様子で手を振る。
「いや、大使殿にそこまでしていただくわけには……」
「ですが、今の状態から片付けるとなると大変でしょう。レスリー卿も、慣れた環境で休んだほうが回復も早いと思います」
まあ、俺が使い魔に破壊させた部分もあることだし。
「むう……。ではお恥ずかしながらお頼みします。重ね重ねの御恩、感謝しますぞ」
公爵は少し唸っていたが、頭を下げてきた。
「では、屋敷の修復については明日ということで」
「はい。私や警備兵達も片付けを行いますゆえ」
「分かりました」
壁や床の素材は破壊されたとは言えそのまま残されているし……資材を用意しなくてもある程度は修復可能だろう。
家具も破壊されてしまったが、これも状態の良いものと悪いものに選別し、修復できるものは修復する、というのが良さそうである。
「魔法建築ですか。テオドール様の行うものとなれば、さぞかし凄いのでしょうね」
エルハーム姫が言うと、ステファニア姫が笑みを浮かべて頷く。
「それはもう。領地のお城に手を加えてもらったりしたことがあるけれど、見事なものだったわ。あっという間に部屋や通路が作られていくの」
「ほう。それは興味深いですな……」
ステファニア姫の言葉に、公爵は感心したような声を漏らした。
「一度間近で見てみたいですね」
「ふむ。どうでしょうか。大使殿さえよければ……」
せっかくだし姫様達も見学に、ということだろうか。ふむ……。造船所を作った時もそうだが、魔法建築は意外に楽しんで見てもらえるようだしな。
「僕は構いませんよ」
と答えると、ステファニア姫達はお互いの顔を覗き込んで嬉しそうな表情を浮かべた。
「私達も片付けを手伝いましょう」
「そうね。レビテーションやクリエイトゴーレムは使えるのだし、魔法は役立てていくべきだわ」
「金物の修理ならお任せください」
それぞれが一国の王女なのにフットワークの軽いことだが……魔法を使い慣れた面々でもあるので確かに即戦力だろう。
そんな話をしているうちに馬車が王城に到着する。迎賓館の前で馬車から降りると、そこにはメルヴィン王とジョサイア王子が待っていた。
「此度の事件の報告に参りました」
「うむ。大儀であった、テオドール。ドリスコル公爵も怪我が無いようで何よりだ」
「はい。大使殿のお陰で家族や使用人共々、無事に夢魔の襲撃を切り抜けることができました」
メルヴィン王から声を掛けられて、ドリスコル公爵が答える。
クラークに支えられる形でレスリーも馬車から降りてきた。
レスリーはメルヴィン王とジョサイア王子の姿を見るなり、臣下の礼をとって跪く。
「レスリー=ドリスコルです。私の不注意と心の弱さが此度の騒動を引き起こしてしまいました。メルヴィン陛下とジョサイア殿下には合わす顔もございませんが……此度の仕儀は兄の与り知らぬこと。何卒、罰は私にのみお与えくださいますよう」
「公爵領の古城にあった呪物に宿っていた悪魔――夢魔グラズヘイムを名乗る者がレスリー卿に取り憑いて操っていたようです。夢魔はレスリー卿から引き剥がし、退治しました」
「……なるほど。つまり、あれの時と似たような状況か」
掻い摘んで状況を説明すると、メルヴィン王はその言葉で大体のところを察したらしかった。
あれ、というのはローズマリーのことだな。王城の隠し部屋にあった古文書のことでもあるし、ローズマリーが魔法の罠が仕掛けられていた古文書に囚われた時の話でもある。
細部に違いはあるが、その両方の状況に似ているともいえる。
「しかし……凄まじい光の柱が王城からも見えたゆえ、それほどの大魔法を用いるほどの相手かと思っていたが、悪魔とはな。その足で報告というのは助かるが、無理はしておらぬか?」
「僕はそれほどの怪我でもありませんでした。レスリー卿の消耗のほうが大きいかも知れません」
「確かに顔色が優れぬ様子。話は中で聞こう。典医を迎賓館へ呼ぶように」
「はっ」
メルヴィン王から指示を受けた兵士が走っていった。迎賓館の中へと皆で移動する。
「礼を言う、テオドール君。君のお陰で無事に和解の席が迎えられそうだ」
と、ジョサイア王子が話しかけてくる。
「それは何よりです」
「両家の和解を広く周知するという意味で、ある程度盛大に行わなければならないからね。憂いが無くなったというのは大きい。本当に……感謝している」
確かに……和解と言っておいて必要以上に物々しい警備を付けていたら不安材料があると言っているようなものだからな。
「――以上が夢魔グラズヘイムがその口で語ったことと、レスリー卿から僕が聞いた話の一部始終になります」
迎賓館の一室に場所を移して報告を終える。
「なるほど……。話を聞く限り、故意に引き起こしたということではあるまい。レスリー卿。今の話に偽りはないな?」
医者から体調を診てもらっていたレスリーは、メルヴィン王の問いに頷く。
「今の私の立場であれば、当然魔法審問を受けるべきかと存じます。しかし私の警戒が足りなかったのも、私の兄を羨む気持ちが夢魔に付け入る隙を与えてしまったのも事実です。操られていたなどと、それだけで私に責任が無かったなどとは思いませぬ」
「それを言うのであれば、私の不徳が招いた事態でもあります。責任の一端は私にもありましょう」
レスリーと公爵の言葉を受けて、メルヴィン王は静かに目を閉じた。少しの間思案していた様子だったが、やがて目を開き言った。
「あい分かった。では、魔法審問は体調の回復を待って、手短に済ませるのがよかろう。レスリーの言葉に偽りがないことが証明された場合……そうさな。罰としてカーティスとしての活動により生じる不利益等の収拾に協力をすることを申し付ける」
「それは……」
レスリーが目を見開く。罰と言っているが……名目だけに近い恩情判決だな。グラズヘイムのやらかしたことの後始末に、レスリーの協力は不可欠なのだし。
「そなたが己の失敗に後悔し、罰を望む気持ちは理解した。その思いは、ヴェルドガル王国に住まう全ての者達のために用いられることこそが贖罪であると心得よ」
「は……はっ! 全霊を以って尽力致します!」
レスリーは感極まった様子でメルヴィン王に跪いた。メルヴィン王はふと表情を柔らかいものにする。
「まあ……古い時代の魔法絡みの遺産については手に余るというか、如何ともしがたいところがあるからな。正直なところを話すのならば、余も至らぬことばかりで、そう強くは言えぬさ。こちらも魔人絡みの状況が落ち着き次第、管理なり把握なりを進めていかねばならぬ事柄であろうが……。テオドール。その際、そなたの力を貸してもらえるか?」
「はい。微力ではありますがお力添え致します」
頷くと、メルヴィン王は穏やかな笑みを浮かべた。
さて。レスリーの立場についてはこれで一先ず落ち着いたか。
事情から考えればメルヴィン王の下す沙汰が厳しいものになるとは思っていなかったが……こうしてはっきりと今後のことが確定すると公爵としても安心だろう。




