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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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419 家族の絆

 デュラハンを見やると、手に持った首を静かに縦に振る。うん。グラズヘイムはきっちりと滅ぼすことができたようだな。きっちりと止めを刺したことで胸の奥で渦巻いていたような激情も、少しずつ収まってくる。

「テオドール様……!」

 庭に降りるとアシュレイが駆けて来る。

「お怪我を見せて下さい……!」
「……ん。ありがとう」

 グラズヘイムの角を受け止めた時に掌を怪我したからな。必要の無くなった変装を解いて、傷を見てもらう。アシュレイが俺の掌を手に取って治癒魔法を用いてくれた。
 治癒魔法の光ですぐに痛みが和らいでいく。アシュレイの足元から光の円が展開して、そこから立ち昇る淡い光に包まれると、手刀を受け止めた腕や、巨木を受け止めた時の衝撃のダメージも同時に癒されていく感覚があった。
 更に魔力ソナーで体内にダメージが残っていないかまで確認してくれて、アシュレイの治癒魔法が以前よりも万全になっているのが分かる。

「どうでしょうか?」
「ん……。痛みも無くなった。どんどん上手くなってるね」

 拳を握ったり開いたりしながら調子を確かめて笑みを返すと、アシュレイは静かに頷いて、そっと寄り添ってくる。アシュレイの肩を抱くと、小さな声で言った。

「……最後の……テオドール様の記憶……。私達にも、見えましたから」
「……ああ」

 最後に受けた幻術に関しては……諸々の対策を突き抜けてきたあたり、何か夢魔ならではの特異な技だったのだろう。奴の結界の内部にいたというのも関係しているかも知れない。それとも、色々対策していたからあれで済んだ可能性もあるけれど。
 みんなにもあの光景が見えてしまったのなら、心配させてしまったところはあるな。

「ありがとう、アシュレイ。その……俺は当時の気分まで戻されたところはあるんだけど……アシュレイは大丈夫だった?」
「……はい。私達はただ……見えただけ、だと思います」

 そう言うと、アシュレイは腕の中で小さく頷いて、頬を寄せるように目を閉じる。そこにグレイスもやって来る。

「テオ……」

 俺の名を呼ぶグレイスの表情は、悲しそうなもので……。そうだな……。母さんを慕ってくれているアシュレイもそうだろうし、グレイスには光景だけだったとしても辛いものだろう。頷いて封印状態にすると、そのまま強く抱き締められた。アシュレイの肩を抱いたまま、グレイスの腰に手を回して、3人で寄り添うように抱き合う。

「……グレイス。最後、心配をかけた」
「はい……。良かった、テオが無事で……」

 ゆっくり時間をかけて抱き合い、離れる。するとマルレーンが俺の胸に顔を埋めるように抱き着いてくる。

「テオドール……元気、出して」

 鈴を転がすような声。それから俺の顔を見上げて、少し潤んだ瞳で心配そうに覗き込んでくる。

「ん。マルレーン」

 そのまま小さく笑みを返して、マルレーンの髪を撫でる。マルレーンにとっても母親のことを考えてしまうような光景だったかも知れない。胸に顔を埋めるマルレーンを抱きしめていると、今度はクラウディアに頭を掻き抱かれてしまう。

「テオドールは……弱音を言わないから、逆に心配になる時があるわ」
「……そうかな。だとしたら……みんながいてくれるからだと思う」

 クラウディアだって、弱音を言わないしな。みんながいてくれるから頑張れるというのも、本当のことだと思うし。

「気持ちが分かるとは軽々しく言えないけれど……。そうね、側にいることはできるわ」

 と、ローズマリーが俺とマルレーンを一緒に抱きしめてくる。

「ああ。マリー」

 ローズマリーの回してくる手に、俺の手を重ねて答えると、向こうも更に少しだけ力を込めてくる。顔を見ようとすると目を閉じてしまったが。

「テオドール、怪我が治って良かった」
「そうね。無事で良かったわ。テオドール君」
「ああ、セラフィナ、イルムヒルト」

 離れたところをセラフィナに抱き着かれて、そのままシーラやイルムヒルトからも髪を撫でられたりしてしまった。

「テオドール、お疲れ様」
「うん。シーラ」

 ああいった幻術系の攻撃だといつも以上に心配をかけてしまうな。目を閉じ、大きく息をついてから気持ちを切り替え直す。それから心配そうに見ているエリオットとフォルセト達、それからステファニア姫達にも視線を向けて頷いて見せた。

「……申し訳ありませんな、大使殿。私達の家……いや、一族の不始末で迷惑をかけてしまった。私達の命まで身を挺して守っていただくとは……」

 と、そこで公爵が静かに頭を下げてきた。

「いえ。あの悪魔を野放しにすれば、ヴェルドガルにとっても大変な事態になっていたと思いますので。それより、レスリー卿は大丈夫ですか?」
「目立った怪我はないようですな。レスリーだけでなく、私達にも使用人達にも、お陰様で怪我はないようです」
「それは何よりです」

 公爵の言葉に頷く。
 オスカーとヴァネッサに上体と頭を支えられる形で地面に横たわっているレスリーであるが……念のために手を取って、循環錬気で魔力の様子を見てみる。
 ……魔力に大きな乱れはないようだな。生命力はやや衰弱気味だが……これは通常の体力の消耗の範疇だろう。
 状態からすると眠っているだけのように見えるが……心の傷といったものは循環錬気でも見えないのでまだ分からない。

「う……」
「あ、叔父様!」

 ヴァネッサが声を上げ、レスリーが薄く目を開く。みんなの見守る中、周囲の状況を見渡して、レスリーは辛そうに目を伏せてかぶりを振った。

「ああ、やはり……。夢では、無かったのか……」

 静かな声。レスリーは辛そうではあるから手放しに喜べるわけではないが、理性も意識もきちんとあるという点では安心できる反応と言える。

「叔父上、まだ動いては」
「い、いいんだ。オスカー。私は……どうしても話をしなければ。い、異界大使殿……でいらっしゃいますね?」

 レスリーはふらつきながらも立ち上がり、俺を見てくる。

「はい」
「申し訳ありませんでした。どうか、私をメルヴィン陛下のところへ。王国の安寧を乱した罰を受けねばなりません」
「……夢魔のような特殊な種族が絡んでいるだけに、そうすべきかどうかは、僕には判断が付きかねます」

 そう答えると、レスリーは荒い息を吐きながら膝をついた。レスリーに体力回復の魔法を用いながら言う。

「見たところ消耗が激しいようですし……まずは身体を休めて、話を伺ってからでも遅くはないでしょう。贖罪の気持ちを持っておられる方が、逃げようとするとも思えませんし」
「私が……弱かったのです。兄上を羨んだりしなければきっと……あの夢魔に付け込まれるようなことも無かったはず」

 それは……罪になるのだろうか。内心で思うだけのことと、実際に行動に移すことでは大きな隔たりがある。普通、理性や良心、感情がブレーキをかけるからだ。
 ましてや、ああいう性質の悪い夢魔が取り付いていたのなら。現に夢魔がいなくなったら、この状態だ。体力の消耗よりも、自分のやってしまったことで憔悴しているような印象を受ける。

「あの首飾りは、どこで?」
「……古城の、隠し書斎です。首飾りを見つけた経緯は今まで忘れてしまっていましたが……。あの首飾りをどこかで見つけて気に入って、つけてからは愉快な夢を見たり、不安や悩みが軽減されたり……とにかく調子が良かったのです」

 つまり、最初は懐柔からだな。使役しようとして失敗したとか、そういうことでもなさそうだ。手に入れた経緯ごと忘れさせられてしまっていたのなら対処は難しい。

「あなたは、カーティスとして行動する時にどういう状態だったのです?」
「……ずっと……夢を見ているのだと思っていました。その時はそうするものなのだと、何となくで納得して動いていたような気がします」

 言葉にしにくいが……確かに夢というのはそういうところがあるな。普通に考えたら絶対にしないような行動でも、そうするものなのだと何となく納得して動いてしまうような。

 奴は同調、と言った。だが、それはグラズヘイムがレスリーに同調するのではない。実際は全く逆だ。
 主導権を握っているのはあくまでもグラズヘイムだから、奴の目的に沿うようにレスリーの感情を誘導して同調させるというものだったはずだ。
 レスリー卿が公爵を羨む……或いは憧れるような感情を利用され、誘導されていったとしたら。しかもそれを夢だと思っていたとしたら。もうどうしようもない。

「……僕から聞くべきことは以上です」

 公爵を見て、頷く。俺としては今聞いたことを、ありのままメルヴィン王に伝えればいいだろう。レスリーは勿論、襲撃の実行犯達にも恩情のある沙汰が下るのではないだろうか。文字通りに悪魔に唆されたというわけで。

「……羨む、か。私から言わせてもらえば、どんな時もこつこつと努力できるお前のほうが羨ましかったのだがな」

 公爵が自嘲気味に言うと、レスリーが驚いたような表情で顔を上げる。

「そう。私は昔から飽きっぽくて不真面目だったからな。弟であるお前が頑張っているから私もと、自分に言い聞かせていたところはあるよ」
「兄上……。わ、私は……みんなから慕われる兄上が羨ましかったのです。確かに憧れていたけれど……。結局兄上のように器用にはなれなくて……」
「慕われていたではないか。オスカーには」

 レスリーを見て、オスカーが頷く。オスカーの表情を見たレスリーは静かに目を閉じた。先程オスカーの叫んだ言葉は、記憶に残っているのだろう。

「……結局、そういうことなのだな。もし私が先にあの首飾りを見つけていたとしたら、私がお前に害を成していただろう」
「父様や叔父様だけでなく……私だってそうだったと思います」
「……ヴァネッサ」

 公爵はレスリーの肩を抱くと、軽く背中を叩いて言った。

「よく、無事に帰って来てくれた。お前が罪の意識に苛まれるのも理解するが……私は今のお前の言葉を信じるし、またみんなで笑い合うためならば、陛下に嘆願もしよう」
「……兄上」

 目を閉じるレスリーの目から、一筋の涙が伝う。オスカーとヴァネッサも公爵とレスリーに寄り添うように抱き合う。公爵夫人もハンカチで目元を拭っているし、クラークももらい泣きしていた。

 ……夢魔が取り付いている間に起こした行動をレスリーがどう思い、それを公爵達がどう受け取るかは気がかりだったが……。この分ならきっと、公爵一家は大丈夫だろう。
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