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23 魔法講義

「魔力というのは万象一切がその内に宿す力であり、我々は意志によりその形と性質を操り干渉する事ができる……と言われておる。我々が魔法を使うにあたり、用いておる術式というのはつまり、漠然と操っておる魔力の働きを明確に定義するための公式であり法則と言えよう」


 トラヴィスと名乗った生活魔法の講師は教壇を右に左にとゆっくりと往復しながら朗々と語る。

 魔力の基礎的な知識から入る、生活魔法受講者向けの丁寧な授業だ。


「しかしそこで問題になるのが魔力資質じゃな。我々の体格、髪や瞳の色、顔の形がそれぞれ違うように魔力の質……癖がそれぞれ違う。それ故、同じ術式であっても魔力の変質方式や系統によって結果が違ってくる。つまり、向き不向きというものがあるわけじゃ」


 魔力資質。

 人によって得意な属性が違ったり、属性を跨いでも得意とする種類の魔法が違っていたりといった具合だ。簡単に言えば得意属性、だろうか?

 アシュレイやロゼッタの魔力の質を例に挙げるなら……非常に癖がない魔力資質なので他人の身体に馴染みやすく、肉体に作用する系統の魔法が得意となる。つまり属性を跨いだ治癒の魔法が得意、となるわけだ。


 俺の方は出力に優れるので攻撃魔法なら大体いける。本来何が得意なのかは最初から色々な魔力の扱い方に慣れ過ぎてしまっていて、もうよく解らないというのが実際のところだ。

 BFOの時はよく使っている属性が伸びていく感じだったからな。俺は攻撃魔法なら何でもいいというスタンスだったので色々使って遊んでいた。


 グレイスの場合は――魔力資質と言うより種族特性になってきてしまう。言葉にするなら魔力の侵食と吸収、変質と同化に向いているという感じか。


「生活魔法は発動に必要とする魔力が少なく、術式の構成が単純故に扱いやすい。魔法の扱いに慣れぬうちは、生活魔法で己の魔力資質の傾向を把握し、不慣れな魔力の扱い方を学ぶのが良かろう。無論、生活魔法本来の使い方として、これらを日常において積極的に用いる事を、我々は推奨するものであるよ」


 日常に魔法をというのは魔術師の主流派である、塔の魔術師ギルド達の理念だな。

 トラヴィスはそんな風に前置きを終えたところで生徒達に自己申告で挙手を促して、受講者を2つのグループに分けた。

 つまり、自分の身体に流れる魔力を認識できているかいないかだ。

 魔力の認識ができていれば簡単な魔力操作も可能だと思っていい。というか、順番的には魔力を術式で動かして操作の感覚を学ぶ……という感じか。


 要するに生活魔法ぐらい単純なら正しい詠唱や動作などを再現してやれば、術式の方で勝手に魔力の動きを再現してくれるわけだ。

 無詠唱はこの魔力の動きを感覚的に覚えておいて詠唱と動作無しで再現するという物。

 そしてマジックサークルは詠唱と動作の全てを魔力操作により体外に放出し魔法陣を描き、体内魔力と連動させる事で術式を発動させる、という代物だ。


「それでは実際に、簡単な生活魔法の詠唱を教える。魔力認識が可能になっている者達は各自、己の体内の魔力の動きに注意しながら生活魔法を用いてみるがよい。まだ魔力認識ができていない者達には、その間、それぞれ指導をしてこうかの」


 トラヴィスが教えてくれたのは種火を生み出す魔法と、水を集める魔法、微風を起こす魔法の3種類だった。

 一応種火の魔法などは火を扱うため、全員で室外に出され中庭で実習という形になった。

 トラヴィスは魔力未認識組の所で一人一人指導をしている。というわけで認識済のグループは自習に近い形である。

 俺も横着せずにちゃんと覚えよう。正しい手順を知らなければ無詠唱もできないし、マジックサークルに直す事もできないしな。


「あっ。見てください。できました」


 アシュレイが嬉しそうに、種火の魔法を披露してくれた。

 指先よりほんの少し離れた位置に豆粒サイズの炎を灯している。アシュレイが動いても、炎は非常に安定した形を保っており、消える気配が無い。

 アシュレイは気付いていないようだが、これは単なる発動よりもう少し先の段階の芸当だ。


「僕もやってみます」


 しっかり詠唱して指先に炎を灯してみる。

 んー。術式任せで制御とか考えなくていいんだな。非常に楽だ。家で薪に火を点ける時、加減するのが結構面倒だった。それから考えるととても使い勝手がいいだろう。


「テオドール様は生活魔法は今まで習わなかったのですか?」

「ええ。理由があって覚えたのは攻撃魔法ばかりでした」

「……そう、なのですか」


 アシュレイは僅かに眉を顰めた。


「……いや、そんなに深刻な理由では。覚えられる機会があったから覚えたというだけです」


 ……力が欲しくて父さんの書斎で魔法の教本から、攻撃魔法の組立を1からやっていたのは事実だけど。多少は形になったが、結局殆ど全ての魔法はBFOのシステムからの習得なので、別に切羽詰まった理由や血を吐くような研鑽があったわけではないのだ。


 他の連中も発動には成功しているが、生活魔法は初心者向けでもあるため、維持に至っている連中となるとやはり多くはない。

 それが出来ているのは俺達を除いて5人、か。これが多いのか少ないのかはよく解らないが。

 とりあえず生活魔法を覚える事そのものは簡単だ。ただできるなら学舎のように、きちんとした所で学ぶべきであろう。簡単な魔法であるが故に、術者それぞれに使いやすいよう勝手なアレンジが加わっていたりするから変な癖が移ったりするし。


「おい。お前」


 ぞんざいな口調でタルコットが声を掛けてきた。

 ……俺じゃなく、アシュレイの方にだ。


「なんでしょうか?」


 と、俺が声を掛けられたと勘違いした振りをしてタルコットの前に出る。


「お前じゃない。そっちの方だ。お前、シルンの領主だと聞いたぞ」


 有り得ない。何だこれは。領主だと知ってるならそれに相応しい礼儀があるだろうに。伯爵家の生まれとは言え、タルコット自身はただの子弟で、アシュレイは女男爵である。

 前にアシュレイは俺に謝罪したが……あれの方が稀なケースだと言えるのだし。


「あなたは――」

「テオドール様」


 とりあえず礼儀について大きめの声で諭して引き下がらせてやろうかと思ったのだが。アシュレイは俺に目配せをしてから前に出た。自分が名指しされたから自分で応対する、という事か。

 ケンネルの教育とアシュレイの行動は正しいとは思うけれど。それも相手に常識があればの話だ。

 もしもの時はエアバレットか何かでぶっ飛ばして対応、という事で。

 手の中にこっそりマジックサークルを握り込み、発動待機の状態にしておく。


「確かに私がアシュレイ=ロディアス=シルンですが。私に何か?」

「大分前に、お前の所に親父が縁談の書状を送ったはずだ。それはどうなった?」


 ……ああ。この馬鹿……。こんな所でする話か?

 タルコットは1年ほど前に魔法の制御を誤って、豪商の娘である婚約者に怪我をさせ破談になったという噂だ。側妻候補もその横の繋がりだったから完全にそっぽを向かれたとか何とか。

 結婚目前だったという話だったからな。それで焦った父親が婚約していない女貴族に縁談の書状を送りまくるという恥の上塗りをやらかしている。


 数を撃てば当たるってものでもないだろうに。誰がそんな醜聞の直後で首を縦に振るものか。

 外聞を気にしないのは税収が落ちていて台所事情が苦しいからという話だ。豪商の娘と縁談を取り付ける事で資金援助を、と目論んでいたのだろうが、それが破談になったものだから……。


 アシュレイもさすがに困惑した表情を浮かべる。それはそうだ。こいつは自分の名を名乗ってさえいない。


「待ってください。あなたはどこの家の方でしょうか?」

「カーディフ伯爵家のタルコットだ。俺を知らんのか?」


 アシュレイは多分知らないな。こんなのをケンネルが耳に入れるはずがない。


「そうでしたか。カーディフ伯爵家のお名前は存じ上げていますが、縁談の件は初めて聞きました。何かの行き違いかも知れません。家同士の事ですから領地の方に確認を取らせていただいてから、伯爵家の方へ改めて返答をさせていただきたいと思います」


 案の定ケンネルに門前払いを食らっているようだ。ケンネルの事だから返答はしているのだろうが、個々の結果についてタルコットは聞かされていないに違いない。全滅だったなんて知らされれば癇癪を起こして魔法をぶっ放しかねない奴だし。


 だがまあ、アシュレイの返答は完璧だ。礼儀にも則っているし、迂闊な即答は避けていて言質も与えていない。ケンネルは多少過保護で偏っている部分もあったけれど、教育自体はしっかりしていただろうし。

 後で正式に理路整然と理由を付けた拒否の返答がカーディフ伯爵家にもう一度届いて、この話は終わりだろう。

 アシュレイの表情と返答が芳しくない反応である事はさすがに悟ったか、タルコットは舌打ちした後で、俺の方を睨みつけてくる。


「シルンの領主に婚約者はいないと聞いたが。お前は何だ?」

「僕はテオドール=ガートナーです。アシュレイ様とは友人ですね」


 で、反応が悪い理由を俺に見出してきたのだろうか?

 まあ、そっちの方が解りやすくていいか。


「ガートナー……ああ、地方の伯爵家か。上の方か? 下の方か?」

「そのどちらでもありません」


 さて、どうしたものか。

 何も知らない振りをして婚約者の事を聞いてみるのがいいか。地方貴族だから中央の醜聞は知りませんでしたという事で。

 それで逆上したら身を守ろうとしただけ、という言い訳と大義名分が立つし、自制が利いたらさすがに引き下がるだろう。


「何かあったのかの?」


 が、それを実行する前にトラヴィスが向こうの指導から戻ってくる。タルコットは舌打ちをして俺達から離れていった。

 アシュレイが安堵したように息をつく。


「災難でしたね、アシュレイ様」

「いいえ。私は大丈夫です。テオドール様こそ」


 視線を合わせるとアシュレイは苦笑した。




 今度は何人かの班を作り、先行組が後発組と組んでお互いの生活魔法を見る、という形になった。そしてその班をトラヴィスが見て回って指導していく感じだ。

 俺の班は何だか低年齢層の子供ばかりになった。まあ……年齢が近いのと、アシュレイの人当たりが良いからだろうな。女の子にはアシュレイが。男の子には俺が指導するという風に落ち着いた。


「アシュレイさま、どうやったらそんなに長く火を出し続けられるのですか」

「うん。それはね、魔力を指先からゆっくり、細く出す感じで――」

「テオ、うまいね!」

「詠唱をちゃんとやれば、術式の方が魔力を動かしてくれるからね。維持はゆっくり覚えていくと良いよ」


 とまあ、こんな感じの進行である。

 トラヴィスは割と真面目な事を言っていたが、講義そのものは非常に緩い雰囲気である。


「どうしてその程度の事ができんのだ!」


 ……引っ切り無しにああだこうだと、同じ班になった者達の魔法に文句を付けている奴もいるが。


 トラヴィスは少しだけ冷ややかな目を向けたが、無視して他の班の指導を続ける事にしたらしい。

 タルコットがこの講義を受けているのは……魔法を暴発させたからだろうな。カーディフの当主も大概酷いという話だが、家の大事な時に打撃を与えたタルコットの魔法を、そのままにはしておけなかったらしい。

 だとすると講師であるトラヴィスには話がちゃんと伝わっているのかも知れないな。そうなるとタルコットの順番が回ってきた時に、相当絞られるだろうな、……みんなの前で。


「何故俺がこんな下らん魔法を捏ね繰り回さねばならんのだ……。中級魔法さえ扱えるこの俺が。実際に見せてやれば講義を抜けられるのか?」


 タルコットはまだぶつぶつと文句を言っている。

 が、その内容が風に乗って耳に届いて、俺は驚いて顔を上げさせられる羽目になった。

 タルコットのそれが、いつの間にか周囲への文句ではなくなっていたからだ。


 これ……ファイアストームの詠唱か!? 何考えてんだこの馬鹿は!?

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