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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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24 賭けと試合

「ファイアストーム!」

 タルコットが叫ぶと、班の中心辺りに炎の渦が上がった。周囲から悲鳴が巻き起こる。
 ファイアストームは指向性が曖昧で割と扱いが難しい魔法だ。乱戦には向かないとされている。
 だが、渦は中央から動かない。
 確かに。言うだけあって制御そのものは出来ているようだ。被害が大きくなりそうな場合は多少の怪我人が出るのを承知で広域水魔法と言った別の対抗魔法を発動させるつもりだったが……これならまだ大丈夫だろう。

「どうだお前ら、見てみろよ! 俺に生活魔法なんか必要ない!」

 タルコットは得意げな顔で笑っている。その笑い声に合わせて炎の渦も揺れる。結構危なっかしいな。余裕がないなら集中しろと思うが。
 あいつ自身の意識を刈り取ると、炎がどう動くかに確信が持てない。かと言って、このまま放置していて何時まで渦をあの場所に維持し続けられるのかも解らない。
 制御を離れた時、ファイアストームがこっちに来ないとは限らないわけで。まず事故が起こらないように、この炎を消さなきゃならない。
 手前にいた受講者を押しのけ、待機させていた魔法を発動させる為に手を突きだす。

「フレイムアブソーブ」

 俺の手から放たれた闇の球体に炎が吸い込まれていく。炎と球体を結ぶ直線上に人がいては火に巻かれてしまう。引火した火も吸収出来るが、吸収する前の炎に触れれば火傷はするのだし。
 その為、近付いてから炎の柱に向けて魔法を使用する必要があったのだ。
 熱気だけ残して。何もかもが綺麗に消え失せた。

「な、に?」

 タルコットは目を見開いて俺を見てくる。逆上して攻撃してくる、という反応ではない、か。

「お前、今何の魔法を使ったんだ?」

 どうやらタルコットはフレイムアブソーブを知らないらしい。
 トラヴィスは……あ、ダメだ。腰が引けてる。
 塔の魔術師で生活魔法が専門。どう考えても戦闘畑の人物じゃないよなぁ。ここでトラヴィスがタルコットをきっちり締めて生活魔法の重要性なんて語ってくれると格好がつくんだが、無理なら仕方が無い。飛び出してしまったからにはもう当事者だし。さて、どうしたものか。

「……火炎の対抗魔法です。何故こんな馬鹿なことを?」

 左手にマジックシールドの、右手にエアバレットのマジックサークルを展開させて握り込み、発動待機の状態で、話しかけた。
 いや、問答無用で意識を刈り取るのが最適解とは思うのだが。どうにもタルコット自身に「暴れた」という意識が欠けているように思えてならない。
 ここまで無茶をやらかしてくれると、逆に興味の方が勝るというか。俺の思考ルーチンからは想像の埒外過ぎて。

 例えばアシュレイの所はケンネルがするべき事はしていたからか、目立たずにあまり俺の耳には噂が入って来なかったが……悪評というのはとかく目立つ。
 こいつやカーディフ伯爵家に関する話は色々聞いている。
 魔法を使って使用人や領民を何人も怪我をさせているだとか。
 父親が農法で失策をやらかして領民が近隣に逃げてしまい、税収そのものが減っているとか。
 醜聞は確かに聞こえてくるんだ。逆に言うならゴシップでしか俺はこいつを知らないし。
 あまりに俺とは違う考え過ぎて……情報が歪められていたとしたら伝聞だけで判断するのはなとも思ったのだ。異母兄弟を見ているようで嫌悪感が先に来るところは確かにあるんだけど。
 婚約者の怪我はそれほど大した事が無かったと言うが……例えば婚約者を傷付けてしまって自責の念に駆られているとか――?

「うん? 馬鹿かお前は。俺の言葉を聞いていて解らなかったのか? お前こそどうして俺の邪魔をしやがる? 返答如何では痛い目を見てもらうぞ?」

 とか思ったのだが。
 タルコットは力が証明出来てご満悦と言う感じで、追い詰められている悲壮感や、人を傷付けてしまうかも知れない事への自責めいたものはない。逆に不思議そうに聞かれる始末だ。
 普段からこうやって自分の意見を押し通しているのだろうが……。外でそれをやったらどうなるか解らないんだろうか?

 そうすると――先程までの不満振りは自分の実力が低く見られている事への不満や、制御を学べと言われた事に対する抗議だろう。
 暴発で怪我をさせた事は不本意だったのかも知れないが……それはあくまで怪我をさせた事ではなく、意図せず暴発させたことに対する不本意の方が大きい、という所か。汚名返上への花道として派手な事をしたかった、と。
 曰く、魔法の才能があって乱暴者。領地の者からは確か番犬……じゃなくて。ああ、思い出した。「カーディフの猛犬」なんて言われている次男坊である。

「あなたの制御能力の程度を僕は知らないもので」
「……なんだと?」

 タルコットが気色ばむ。ああ。制御能力を疑っているという意味で間違っていない。また何か短絡的な行動を取る前に、ちょっと方向性を誘導しよう。俺より小さな子供もいるし。暴れられても困る。

「――要するに、あなたは魔法の扱いに優れている者が偉いと。そう考えているのでしょう?」
「当たり前だろう? そこの爺だって偉そうな顔をしていたが、今じゃあの有様だ。俺はずっとこうやって来たぞ?」

 番犬ではなく、猛犬。
 その用途はけしかける為。つまり――領民を力で抑え付ける為の都合の良い暴力装置としての役割を父親に求められているわけだ。まあ、大体納得が行った。
 そりゃ、家と領地しか知らなければこうもなるか。魔法さえ出来れば周囲が持ち上げてくれるわけだから。こいつはともかく……モーリス伯爵はちょっと擁護しようがないがな。

 色々げんなりする話だが、俺が未だに貴族に幻想を抱き過ぎなんだろうか。ノブレス・オブリージュなんて理想論だと。……ま、基本的に自分の為に動いている俺が、貴族について語るべきでもないか。

 タームウィルズは尚武の土地。いざという時に腕が立つ奴が正しいという風潮や価値観は……まあ、確かにある。モーリス伯爵も若い頃は武闘派の魔術師だったはずだが……タルコットのこれはそういう事ではないだろう。

 だがまあ。そういう事なら話は早い。こいつの思考はある面、理解しやすい部類ではある。
 俺がフレイムアブソーブを使った事で、俺の話を聞くに値すると思っているようだしな。
 どうせ納得させなければ向こうは絡んでくるのだし、力の論理で動いているのなら、力関係をはっきりさせる事で後腐れがないようにしておこうか。

「……解りました。僕と賭けをしましょうか?」
「賭けだと?」
「僕と試合をして、負けたなら――あなたは学舎からどういう扱いをされるにしろ、貴族教育や座学をしっかりと学ぶ事です。その際、さっきのような不平不満は一切言わない事。ですが、あなたが勝ったら」
「勝ったら?」
「これを。教えてあげましょう」

 意味有り気に笑って、掌の上にマジックサークルを展開させる。
 返答を聞かずとも、その表情から食いついたのが解った。魔法の用途に荒事を想定しているならさぞかし魅力的だろうな。中級魔法にだって詠唱がいらなくなるし制御能力だって強化される。

 まあ、それも俺に勝てればの話だし、どっちにしてもタルコットは何かしらの処分を受けるだろう。
 制御も一応出来ていた事。実害が出ていない事。タルコットの年齢。伯爵家である事。タームウィルズの気風と、武闘派魔術師への将来への期待。
 それら諸々をひっくるめると……どの程度の処分になるかが少々予測出来ない。ま、処分を下す側の考え方次第だろうから、そちらはあてにしない。

 とは言え、賭けと処分はあまり関係が無い話だ。
 勉強はやる気があればどこでだって出来るのだし。タルコットが自らの矜持に賭けた事柄に関わる約束を、履行出来るかどうかの問題でしかないのだから。

「……その賭けの内容では相手を殺すわけにはいかないな。高度な魔法は寧ろ邪魔、と言う事だ。つまり――」
「無詠唱での下級魔法の撃ち合いが主体になるでしょうね。試合ですから」

 通常の魔法戦闘ではそうだろう。下級ならマジックサークルより無詠唱の方がやや早いのだし、その程度の魔法でも直撃させれば充分に戦闘能力を奪えるから、魔術師同士で1対1で向き合うと言うような状況なら、基本的に早撃ちが有利と言う事になる。
 マジックサークルを賭けの景品にするのに、これを使って勝つのは、という部分もあるしな。

「なので、今回はサークルを使いません。相手に参ったと言わせる、と言う事にしましょうか。勿論気絶や逃亡も負けです」
「良いだろう」

 タルコットの口元に笑みが浮かんだ。無詠唱での撃ち合いに自信があるようだが。

「テオドール様、これは……!」

 騒ぎを聞きつけたのか人が集まってきている。その中にグレイスもいた。

「こっちは大丈夫。ただの試合だから。ただ、二人は流れ弾に気をつけて」
「解りました。こちらはお任せを」

 グレイスは頷く。ほんの少しだけ彼女の、影の輪郭が蠢いた。

「もし怪我人が出たら……私もお手伝いできると思います」

 アシュレイが自分の胸に手を当てて言う。俺はアシュレイに頷いてから、タルコットに向き直った。



 ほんの少し離れた場所まで移動し、対峙する。
 タルコットは杖を抜いて半身に構えた。それにしても非殺傷、無詠唱で魔法の撃ち合いか。BFOの稼働初期の頃のPvPを思い出すな。

「杖無しとは……舐めているのか?」
「ご心配なく」

 俺の方は魔法杖無しだが……長物を学舎に持ち込んでも邪魔になるだけだったしな。
 それに、今回焦点になっているのは制御能力だ。だから杖術で潰すよりは……制御能力をしっかり鍛えた場合に取れる戦術を見せてやった方がタルコットも理解しやすいだろうし。

 タルコットは歯噛みすると、魔法杖の先端を光らせて、その場に青白い魔力球を残し、俺を中心に反時計回りに走る。
 マジックスレイブ。自身の魔力の塊を停滞させて残しておく事で、遠隔から魔力操作する事で魔法発射の砲台として使う事が出来る。単純に手数を増やしたりできるので戦闘職の魔術師なら習得しておくべき技術だろう。
 俺も循環状態にならなければ使える事は使えるが……バトルメイジは近接戦闘を得意とする魔術師なので。手数は別の方法で補う。

「エアバレット!」

 タルコットの持つ杖から放たれたのは白い靄のような、風の弾丸だった。
 まあ、非殺傷での対人用攻撃手段としては正しい。目に見えにくいからだ。だが――。

「エアバレット」

 連続発射された風弾を、動作とタイミングから大凡の弾道を読み、こちらも同じ魔法で応射して撃ち落とす。向こうまで俺の放った魔法の余波が届いて、タルコットの髪と衣服を強風にはためかせた。

「何!?」

 タルコットは目を見開いた。こちらのエアバレットの方が、威力が上というのが明白だからだ。俺の魔法は射程距離が短く、ある程度離れると威力が通常の魔法より早く減衰してしまうが……この距離で、しかも迎撃となれば。

 風魔法はやや見えにくいだけに、避けるならある程度余裕を持って避けないといけない。真っ向から防ぐなり撃ち落とすなりした方が楽だ。そして向こうが射撃戦の為に走り回るなら、こちらは真っ直ぐ、最短距離を詰めて有効打を叩き込むだけである。

「くっ!」

 こちらが無造作に間合いを詰めた事で、タルコットは俺の近接戦闘の手札が豊富だと思ったのか、距離を保とうと走りながらエアバレットを立て続けに放ってくる。
 下級魔法を用いた無詠唱での射撃戦となると、対応策を練られない限りは同一の魔法を連射するのが基本となる。無詠唱で魔法を切り替える為には一々制御の為の再集中が必要となるからだ。その点、同一の魔法なら一定の感覚を保ったままで連射出来る。

 それを――呼吸を合わせるように撃ち落としていく。軌道読みの魔法相殺。PvPで散々繰り返した。
 こちらに向かって魔法を放つ傍らで、タルコットの視線が泳ぐ。
 視線を向けたら狙いもタイミングもバレバレだ。
 俺は奴の滞空させていたマジックスレイブに向けて第1階級火魔法、クラッカーボムを放った。斜め後方、スレイブから迫って来た風の弾丸が俺の放った赤い魔力弾とぶつかり合って爆ぜる。正面から来た魔法もエアバレットで撃ち落とす。

「ダブルスペルだと!?」

 無詠唱なら一種の魔法を連射。それはあくまで基本の話だ。
 会話をしながら車の運転が出来るように。ピアノの演奏が左右の手で違う動きをするように。同時に違う作業をするぐらいの事は慣れればどうという事も無い。魔力操作も然りだ。
 意識的に1つの魔法を操り、呼吸をするようにもう1つの魔法を操る、という具合。……考えてみれば生活魔法ならダブルスペルの訓練するのにうってつけではあるな。

 右手からはエアバレット。左手からはクラッカーボム。こちらの手数が単純に2倍になった。
 相殺出来ずに迫る赤い弾をタルコットは転がって避け――られない。

「ぐわっ!」

 エアバレットが直撃してタルコットの身体が地面を転がった。
 せめて、応射は継続したままで回避をするべきだった。回避に専念する為魔法を撃たないと言う事は、魔法の相殺も出来なくなると言う事だから。
 後は偏差射撃――腕を交差させて、タルコットの移動先を予測して風魔法で撃ち抜いてやればいい。

 反撃が完全に途切れたタイミングで一気に地面を蹴って間合いを詰める。
 起き上がろうとしているタルコットの背中を取ると、腕をその首に交差させるように絡める。BFOの武技ではない。単純なスリーパーホールドだ。
 近接戦闘を全く想定していないのか、タルコットはろくに反応出来ずに頸動脈を極められた。

「ぐっ!?」

 詠唱は間に合わず、エアバレットを食らったばかりでは無詠唱の集中は出来ない。特に、首を絞められているような状況では。
 落してしまえば考える事も出来ないから魔法での反撃も当然無く、試合の勝利条件にも完全に合致する。

「寝てろ」

 子供の細い腕だから極まりやすいな。僅か数秒でタルコットの全身から力が抜けた。ま――こんなものか。
 タルコットはほぼ無傷だ。後は学舎側が適当に落とし所を用意してくれると思うけれど……モーリス伯爵だし、どうなる事やら。
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