番外1574 地脈と魔法路
人払いの術式を施したり、ティアーズ達を中間地点の監視、維持用に配置する。魔法生物達の方がワームの捕食対象にもならないしな。
「ティアーズ殿達は素直な性格をしておりますな」
ナヴェルはティアーズ達にも挨拶をしていたが、ぺこりと身体を傾けるようなお辞儀を返されてうんうんと頷いていた。
ナヴェルの種族はまだはっきりとしていないが、魔法生物に近い部分もあるようにも感じたしな。ティアーズ達には親近感のようなものがあるのかも知れない。
「お待たせしました」
そんなナヴェルに準備ができたことを伝えると、こちらに視線を向けて頷く。
「そうですな。では参りましょうか」
そう言ってナヴェルは移動を始める。ちょこちょこと歩き始めたかと思うとマジックサークルを展開した。
何やら地面から少し浮いているな。小さな身体なので長距離の移動はどういったものになるのかと思っていたが、ああした形になるわけだ。
感じる魔力波長からすると……地面に何か干渉する効果もありそうだ。地下生活している種族独特の術式という感じがする。
ナヴェルはそのまま亀裂の方向へと向かう。先程上から軽く確認した感じでは取り立てて変わった魔力反応も生命反応も見受けられなかったが、細かく見れば何かあるのかも知れないな。
「亀裂側からナヴェル殿はやってきた、というわけですな」
「そうですね。岩陰に通路があるのです」
オズグリーヴの言葉にそう答えながら俺達を先導してくれる。
浮遊するナヴェルの後ろについて移動していくと……崖の中腹あたりに少し盛り上がったような岩がせり出している部分があり、上からは見えないように横穴が陰に隠されていた。光源などを持っていても陰になっていて、横穴も入り口部分から少し迂回するように続いているので普通に見ていては奥に続いている事に気付きにくくなっているな。
自然の横穴のように見える場所ではあるが……特に魔法等はかかっていない。少し下方向に傾斜しているようで、更に下層へと進むことになるか。
「気付きにくくはしてあるようですが、穴自体は結構大きいのですね」
「私達の場合、種族的に体格差も結構違いがありますからね」
なるほど。大体の体格に対応できるように、か。コルリスとアンバーも、壁や床に潜行しなくても進める程度の広さではある。それでもやや手狭なので身体を半分程潜行させていたりはするが。
隊列に関してはここに至るまでとほぼ同じだ。バイロンが抜けてルトガーも加わったのに伴い、少し隊列に変更がある。
ルトガーは戦闘経験も豊富なので、隊列のどこにいてもそれに応じた動きをしてくれるとは思う。当人としては戦える位置を希望しているので、バイロンがいた位置より隊列の少し前の方にいる形だな。
傾斜のついた大空洞の通路を進んでいくと先の方に明かりが見えてくる。
また開けた場所に出た。広々とした空洞だ。岸壁の高所にバルコニーのようにせり出した足場があり、その下方が明るい。
上から見下ろすと……マグマ溜まりが眼下に広がっていた。ここにまでむっとしたような熱気も下から伝わってくる。いや、だがこれは……。
「自然の溶岩……ではありませんね。熱気も恐らくは人為的にそう感じさせているだけ、でしょうか?」
「流石に……一目で分かってしまうのですね。そう。あれは偽のものです」
ナヴェルが頷く。
溶岩全体に奇妙な魔力反応。俺達のいる足場の少し下にも何か仕込んであるようだ。わざわざ大空洞を進んできて、こんな開けた空間をマグマ溜まりに向かって下降する者もいないだろうからな。偽装としては良いものだと思う。魔力反応を感知できるならばやや不自然というのも分かるか。熱気に関しては火の精霊の力を借りているようなので、精霊使いには逆に少しわかりにくい、かも知れない。
「では、あそこに降りていく形になる、という事ですか」
「そうなります。危険はないのですが、やはり見た目にはどうしても忌避感は出てしまいますな」
武官達の質問にナヴェルが頷く。そうだな。流石に偽物とわかっていても、いきなりあの場所にレアンドル王に進んでもらうというのは護衛としては気が進まないだろう。
「試しに、先行して降りて見てみますね。本物でも対応できますし」
熱を遮断する技術はゼヴィオンやアルヴェリンデとの戦いでも鍛えられたしな。
ナヴェルと一緒にゆっくりと下降していく。熱気は降りていく途中でいきなり途切れた。赤熱している溶岩は……上に降り立ってみると熱を発していない。
「何でしょうか。溶岩に見せかけたスライム状の物体を発光させている、といった感じでしょうか?」
結構弾力があってしっかりとした感触で、上に立っても別に沈み込んではいかないな。
水溶き片栗粉のように急激な変形には固形物のように振る舞い、ゆっくりとした動きには液体のように振る舞うという特性を持つものをダイタラント流体というのだと景久の記憶にはあるが、それとは少し違うらしい。
このスライムの場合は溶岩のように粘性のある流体でありながら、上に立つとその部分が硬化しているように感じられる。衝撃ではなく、圧力全般に対しての硬化、だろうか。
「はい。これ自体の維持も環境魔力を利用しているので、結構効率的なのですよ。偽装であると同時に、魔法路から降りる際の目標地点にもなっています」
確かに偽装スライムの魔力と共に土地由来の魔力は感じる。
「ここが地脈の上となるわけですね」
「そうです。地脈を利用して魔法路を開き、それに沿う形での各所への移動が可能となっています。使用許可を得ている者が同行していることで初めて利用可能となるので、情報を知っていてもそれで活用できるというわけではありませんが」
魔法路か。転移門形式ではなく、特別な空間に入る……いわゆるSFで言うところのワームホール航法というか。
ナヴェルは意識レベルを落としている間にここまで流されたと言っていたが、流されるという事は魔法路自体にも流れがあって……地脈に沿って動くものなのだろうし、駅のように各所に移動していく必要があるというのもこういった部分が理由なのだろう。
それに、今起こっている問題や持ち上がっている脅威が魔物や邪精霊の類だったとしても、ナヴェルと同じ方法で移動することはできない、という事でもあるな。
ナヴェルの仲間達がいきなり本拠地に攻撃をされてしまうとか、そういったことは一先ずなさそうだ。ナヴェルがそうしたように、退避するのにも便利そうだし、そこは良い情報だろう。
安全確認も終わったところでみんなにも降りてきてもらう。偽装のマグマ溜まりは結構広々としていてみんなで降りても十分にスペースはあるな。
「中々面白いものですね、これは。見た目は本物そっくりなのに、全然熱くありません」
オルディアがスライムに触れながら言う。みんなも少し不思議そうに足元の偽装スライムの感触を確かめていた。
「では、参りましょうか。皆さん、近くに寄っていただけると助かります」
ナヴェルの言葉にみんなも頷いてその周囲に集まる。そうしてナヴェルがマジックサークルを展開すると、それに沿うように足元に魔法路に繋がる穴が広がった。
魔法路内部は――ぼんやりとした青白い光を放つ空間になっているようだ。
「呼吸等々も問題ないはずです。そのまま楽にしていていただければ問題ありませんよ」
「これは――中々できない体験だな」
レアンドル王は楽しそうに笑っているが。そうして俺達はナヴェルと共に魔法路内部へと入っていくのであった。