番外1417 新しい力を
ゼルベル解呪祝いの席から一夜が明けて。
まずは素の状態でのゼルベルの変化を調べて魔石に刻む術式の調整を行い、装備品を仕上げる必要がある。
というわけでテスディロス達や中継役のティアーズといった面々を連れて造船所へと向かった。
「それじゃあ、早速始めようか」
「ああ。解呪してどう変わったかにも興味があった。確証はないが……変化した事で能力の新しい応用ができる気もしていてな。ま、違ったらそれまでの事だが」
ゼルベルはそう言って四肢に闘気を纏わせる。燃えるような赤い闘気。同時に魔力も纏っているが……こちらも赤い靄となって全身から立ち昇っている。結晶化や管のようなライン、体表面の質感の変化は無くなったか。
髪の毛も……解呪前程ではないが伸びているようだ。これについては変身というよりゼルベルの覚醒能力の特性のようなものだな。
それに……新しい応用、か。解呪で瘴気ではなくなって闘気と魔力になったが、だからと言ってそれは純粋な弱体化を意味しない。瘴気であったからこそできなかった事、変化したからできるようになる事というのもあるだろう。そういう部分で何かしら……違う使い方ができてもおかしくはないな。
ゼルベルの言葉に既に解呪しているオルディア達やこれから解呪するテスディロスも少し思案を巡らせている様子だ。
とはいえゼルベル自身も確信はない様子だし、研究や検証が必要というのは間違いない。
「それじゃ、まず通常の測定を進めてから検証もしてみよう」
「ああ」
そう提案するとゼルベルも同意する。というわけで装備品無しの状態での測定を始める。と言っても……専用装備を身に着けた時の測定と、やる事そのものは変わらない。
強く力を放出した時にその負荷で身体に反動を受けないよう、俺が安全装置の役割を果たすぐらいのものだ。
ゴーレム相手に掌底や貫手、裏拳に手刀、回し蹴りに膝蹴り、踵落としと、ゼルベルは思うさま技を出していく。ストーンゴーレムを簡単に破壊していくぐらいに解呪されてもゼルベルの攻撃能力は高いものと言える。
そんなゼルベルの様子を、リュドミラも真剣な表情で見守っていた。
ゴーレムが受け止めた一撃の重さ、衝撃、制御能力を無くすまでの時間といった数値は把握している。ウィズが分析して解呪前との比較も行っているな。
バロールが破壊された分だけゴーレムを次々と作製、配置していく。
メダル入りのゴーレムも交えて防御能力を増強したり、身体能力面の測定も行って、と……今まで行っていた手順通りに進めていった。
「やっぱり装備品がないと結構変わる気がする」
「まあ……多少威力が弱まるし瞬発力も下がるのは想定の内だな。感覚の違いは装備品込みで慣れれば良いだけの話だ」
リュドミラの言葉にゼルベルは答え、自分の腕に向かって闘気の一閃を見舞って浅く切る。
その傷口も……あっという間に塞がっていく。再生能力もゼルベルの能力だが、一切躊躇しないのは思い切りの良さというか。
「こっちは……あまり変わったように感じないな。もっと遅くなっている可能性もあると思っていたのだが……そうなる、か」
ゼルベルは顎に手をやって思案しているようだった。
「その辺でさっき言っていた事と繋がるのかな?」
「ああ。侵食があるから他者の治癒目的では使えなかったが、今はどうなのかと思ってな。直感では応用が利くんじゃないかと思っているんだが」
尋ねるとゼルベルが答える。では……試してみるか。
魔力の刃を展開して、腕を浅く切ってみる。先程のゼルベルと同じぐらいの傷だな。
「……俺が言うのもなんだが、テオドール公も躊躇しないな」
ゼルベルの言葉に少し笑って応じる。
「こういう実験は人に頼むのも気が引けるからね。自分で試しておけば効果の程もより詳しく検証できて安心だし、なるべく傷痕が残らないように切ったつもりだ」
「なるほどな。では……試させてもらおう」
苦笑するゼルベルに傷口を診てもらう。魔力の動き等はしっかり見せてもらおう。ゼルベルは静かに傷口に手を翳し、そこに向かって魔力を送る……と、傷口が逆回しを見るように塞がっていった。綺麗に元通りだ。
「おお……。これはかなりのものだな」
「素晴らしい能力かと」
と、それを見てテスディロスとウィンベルグが言う。
「再生能力の増強、かな。効果としては。治癒術式と違う点に注意が必要だけれど……かなり便利だと思う」
「少し再生の速度が遅かったのが気になるな」
「他者の場合は外側から増強しているからね。内外から再生能力を増強している本人程の再生速度は出ないのは仕方がない」
そう言うと、ゼルベルは興味深そうに頷いていた。
能力を他者に行使する場合はその辺を考慮に入れる必要があるが……いずれにしても回復役を担えるというのはかなり大きい。
再生能力の増強という事は、治療対象の体力も考える必要があるな。体力回復の術式や魔道具等を併用するのが望ましいだろう。限界値……どれほどの怪我まで対応できるのかは、データを解析して予想を立てるというのが良さそうだ。流石にそのあたりの限界を調べるというのは実験で確かめるというわけにもいかないからな。
その辺りの注意点や予測についてもゼルベルに伝える。
「分かった。まあ……俺としてはリュドミラや仲間を守る手札が増えるなら、それに越した事はないと思っているから新しい力の使い方は歓迎だ」
そんなゼルベルの言葉に俺も頷いて応じる。新しい力の使い方、か。そうだな。魔力に変化した事で幅も広がる。術式で補助する事で細かな制御をしてやれば、各々の特性に応じてできる事も増えるだろう。専用の術式を考えてみるというのも面白そうだな。
というわけでその足で工房へ向かい、ゼルベルの特殊能力と身体能力のデータを反映した制御術式を紙に書きつけ、アルバートに渡す。
「再生能力の増強はそのまま応用が利くからね。装備品を身に付けたら他者の再生強化も増幅されるはずだ」
「なるほどね。新しい応用方法と噛み合っているわけだ」
そういう事になるな。まあ、術式補助による個々の能力応用については今後の課題という事で考えておこう。
「専用装備に関してはもう土台部分ができあがっているからね。それほど時間もかからないはずだ。出来上がったらまた連絡するよ」
「ああ。ありがとう」
そんなやり取りをアルバートと交わす。
少し応用法を考えていたが、もう一つ思いついたことがある。工房から城に戻ったら相談してみよう。
『なるほどな。加護や祝福を受けての強化、か』
「そうだね。儀式の直後に全体的に能力が向上していたから……二人の力を加護として借りる事ができれば、解呪した面々の、一時的な強化が可能なんじゃないかって思う」
城に戻ってから通信室へと向かい、ヴァルロス、ベリスティオと連絡を取った。この辺は……応用を考えていた時に思いついたことだ。
ヴァルロスやベリスティオはまあ……テスディロス達にとっては軍神的なイメージもある。そういう意味では加護を受ける事で一時的な増強を行うというのは恐らく可能だろう。
『神格に絡んだことだが……まあ、可能だという予感めいたものはあるな。そういう加護や祝福という形を取るというのは……解呪の儀式を後世に残す事にも繋がるか』
「ああ。その辺を見込んでいる部分もあるかな」
ベリスティオの言葉に答えると、納得したように二人は頷いていた。解呪儀式を構築したようにまた新しく加護を得るための儀式魔法を構築する必要があるが……こちらも何とかなりそうだな。