私のお父様はあなただけ
リリアも母親となって、強くなっています
数か月が経った。
リリアは毎日、公爵の部屋へキャロルを連れていった。
そして、抱いてもらう。
「本当にかわいい……。
なんて、かわいいのだ」
公爵はそう言って、時折、涙を流した。
「お父様?」
リリアが心配そうに、公爵の顔を見つめる。
「すまんな。
年を取ると、涙もろくなるのだよ」
公爵はそう言って、涙をぬぐった。
夫人も困惑していた。
「孫が生まれて、自分自身の血筋が悲しくなったのかもしれません。
どうしたらいいのか……。
両親に大切に育てられた私には、主人の気持ちに完全に寄り添うことはできません」
その言葉を聞いたリリアは、ある決心をした。
◇
翌日。
リリアはキャロルを抱いて、公爵の部屋を訪ねた。
そして、キャロルを公爵に渡す。
公爵は、孫娘を優しく抱きかかえた。
「お父様。
私は、お父様の本当の娘ではありません。
ですがキャロルには、正真正銘、お父様の血が流れております。
でも、血のつながりなんて、それほど大切なものではないと思うのです」
リリアが言った。
「私の本当の父親という人は、手当たり次第に女性に手を出していたのでしょう?
そして、私の母親もその犠牲になり、私が生まれました」
リリアは、ふっと息を吐いた。
「それは、私の責任ですか?」
公爵に問いかける。
「そんなわけがあるまい!
子供には、何の罪もない!
誰かに何か言われたのか?」
公爵の目が見開かれた。
「はい。
直接ではありませんが、言われております」
リリアは、にこりと笑った。
「誰だ!
そんなことを言うのは!
許せない!
親がどんな人間であろうと、生まれた子には一切罪はない!
いったい誰に、何を吹き込まれたのだ?
言いなさい!
わしが成敗してやる!!」
公爵は勢いよく起き上がり、キャロルを大事に抱いたまま、ベッドから立ち上がった。
突然のことに、キャロルが驚いて泣き出す。
公爵は腕の中で優しく揺すりながら、
「誰だ!
言いなさい!」
と、リリアに詰め寄った。
リリアは、優しく微笑んだ。
「今、私の目の前にいる方です。
お父様ご自身ですわ」
「わし?」
公爵は、信じられないという顔をした。
「はい。
お父様は、祖父様や祖母様から生まれたことを恥じていらっしゃるのでしょう?
それは間接的に、国外で罪を犯し、処刑同然に亡くなった父親を持つ私も、同じように恥じるべきだと言っているのと同じです」
リリアの顔は真剣だった。
「お父様。
いったい、何を悩んでいらっしゃるのです?
お父様は、犯罪者の娘である私に、実の子供以上の愛情をくださいました。
普通の親よりも、ずっと深い愛情です。
それは、恥ずかしいことですか?」
公爵の顔が、驚きに満ちた。
「ご自分を責めるということは、そういうことです。
お父様と私に、何の違いがありますか?
祖父様と祖母様が具体的に何をしたのか、私は存じません。
ですが、私に罪がないように、お父様にも罪はありません。
お父様がご自分の血筋を悩まれるのであれば、私も自分の血筋を悩まなければならなくなります。
違いますか?」
しばらく、公爵とリリアは見つめ合っていた。
やがて、公爵がふっと息を吐いた。
「そうだな……。
わしは、自分に自信がなかった。
父親と同じことをしてしまうのではないかと、いつもびくびくしていた」
「実際に、したいと思ったことがあったのですか?」
リリアが微笑みながら尋ねる。
「断じてない。
父親の行いに、わしがどれほど傷つけられたか分からない。
アレクには、同じ思いをさせたくなかった。
だから、精いっぱいかわいがった」
いつの間にか、公爵の腕の中でキャロルはすやすやと寝息を立てていた。
「それは、どうしてです?」
リリアはさらに尋ねた。
「両親に愛されたことのないわしには、アレクにどう接したらよいのか分からなかった。
それを妻に打ち明けたら、
『自分がどうされたかったかを考えて、その通りにしてあげればいいのです。正解なんてありません』
そう言われてね。
だからアレクには、精いっぱい『自分が親にしてもらいたかったこと』をしてきた」
公爵の目に、少しずつ力が戻っていた。
「私にも、そうしてくださいましたね。
お父様は、誰にも恥じるようなことはなさっていません。
両親が何だというのです!
そんなことを言ったら、私など、いったいどうなってしまうのです?」
リリアの目も真剣だった。
公爵は驚いたような、そして少し納得したような表情になった。
「実は私も今回、もし自分に孫ができて、お父様と同じように悩んでしまったら、キャロルに何と言ってほしいだろう、と考えました。
『私は両親に愛されて育った。祖父母なんて関係ない』
そう言ってもらえたら、きっとうれしいだろうな、と……。
一生懸命、考えたのです。
もし、間違ったことを言っていたのなら、申し訳ありません」
リリアは公爵に頭を下げた。
「いや……。
確かに、そうだ。
両親がしたことで、自分を責めるのは違う。
それを、同じ立場のそなたから言われたことで、ようやく目が覚めた。
成敗されなければならなかったのは、わし自身の考えだったのだな」
その言葉を聞き、リリアの顔に笑みが広がった。
「もう、悩むのはやめる。
つい、弱気になってしまっていた」
公爵の目には、しっかりとした力が戻っていた。
「よかったです。
それでこそ、私の大好きなお父様です。
世界でたった一人の、大切なお父様。
もう、悩まないでください」
リリアが、公爵に抱きついた。
「私のお父様は、お父様だけ。
他には誰もいません。
キャロルのおじい様も、お父様だけです。
またお元気になられるよう、皆、祈っているのです」
リリアの目からも、涙があふれ出した。
「お父様。
私に、何があったのか話していただけませんか?
きっと私なら、お気持ちが分かります」
リリアが言った。
公爵は、言葉に詰まった。
すると、リリアが先に口を開いた。
「私の母が、実はお父様の本当の妹ではないということなら、私は存じております」
公爵の目が大きく見開かれた。
「セリーから言われて、知っていました。
でも、お父様はお母様を本当の妹だと思っている。
『私は本当の姪ではない。血はつながっていない』
そう言ってしまったら、お父様が傷ついてしまう。
そう思って、あの時は黙っていました。
だから最初は、『伯父様』という言葉も言うことができませんでした。
だけど、お父様が愛してくださったから……。
『娘になろう』
そう思ったのでございます。
お父様は、私が実の姪ではないと、いつ気づかれたのですか?」
「いや……。
今、初めて聞いた。
そうだったのか。
だから、侍女の仕事を辞めようとしなかったのだな?
気づいてやれなかったのだな……。
ひどい父親だ」
公爵が力なく口にした。
「そんなことありません!
すみません!
私は、そのことで悩んでいらっしゃるのかと……」
公爵は首を振った。
「いや。
わしはむしろ、あの妹が他人だったと知って、少し気持ちが軽くなった」
そして、公爵は静かに話し始めた。
「なぜ、庶民であるセリーが、貴族令嬢である亡くなったアンドルの母親に近づけたのか。
そもそも、アンドルの母の実家であるプロムフェナク伯爵家の娘が、王弟と接触したこと自体が不自然なのだ。
あの家に、国王と謁見できるほどの力はなかった。
プロムフェナク伯爵家は、伯爵とは名ばかりの、我が侯爵家とは釣り合いが取れないほど家格の低い家だった。
では、なぜアンドルの母親は、わしの妹が結婚前に妊娠していたことを知っていたのか?
兄である、このわしですら知らなかったというのに。
さらに、事業をしているわけでもないのに、不自然なほど裕福だった。
伯爵本人は、高級娼館に出入りしていた。
そして父は、なぜか妹を、釣り合いの取れないプロムフェナク伯爵家へ、多額の持参金とともに嫁がせた。
さらに、伯爵の妹は同じ伯爵家でも、より家格の高いエピナスチン伯爵家へ、多額の持参金を持って嫁いでいる。
そして、父が床についた途端、セリーはレオンを連れてプロムフェナク伯爵家へ乗り込んだ。
あまりにも、タイミングがよすぎる。
セリーと父が関係しているとしか、思えなかった」
公爵は静かに語った。
「妹はある日、突然現れたのだ。
『地方で療養していた』と説明され、連れてこられた。
わしは兄弟が欲しかったから、新しくできた妹がうれしくて、かわいがったつもりだった。
だが、どうしても違和感が拭えなかった。
今のそなたの話で、ようやく納得できた」
「そうですね。
お母様は、セリーのいとこの娘だったのですから」
リリアが言葉を引き継いだ。
公爵が、ごくりとつばを飲んだ。
「私の本当の血筋は、お父様とは比べものにならないくらい、ひどいものです。
それでも私は、これからもお父様と一緒にいたい。
アレクシス様のおそばにいたい。
許していただけますか?」
リリアの目から、涙があふれ出した。
声も震えている。
「もちろんだ。
そなたは、わしのかわいい娘だ。
そして、息子の妻であり、かわいい孫を産んでくれた、かけがえのない存在だ」
「だったら、もう悩まないでください。
お父様がご自分の血筋を悩まれるのなら、私はこの家にいられなくなってしまいます」
リリアは、もう涙をこらえることができなかった。
「セリーがしたことは最低だ。
その手引きをしていたのであれば、わしの父も愚かだった。
だが、それは、そなたにも、わしにも関係のないことなのだな。
よく分かった。
リリア、ありがとう。
わしは、ようやく目が覚めたよ」
リリアは泣いた。
自分もまた、ずっと本当のことを言えず、苦しんでいたのだ。
(本当に、こんなに幸せでいいのだろうか)
ずっと心の隅に引っかかっていたものが、ようやくすべて消えていった。
「ずっと、ずっと『親子』ですからね。
嫌だと言われても、私は絶対にお父様と離れません」
リリアが言った。
「わしもだよ。
そなたは、どんなことがあっても、わしの娘だ。
絶対に手放したりはしない。
つらいことを口にさせて、申し訳なかった」
それを境に、公爵は少しずつ以前のような元気を取り戻していった。
チャッピー曰く
娘が父を救う話であり、父が娘をもう一度救う話
全くその通りです
読んでいただきありがとうございます




